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同盟と芋

 永禄五年(1562年)一月、美濃、明智城にて

 海野幸稜


「良し、休憩にしよう。段蔵、皆に伝えてくれ」

「へい」


 段蔵は、まだ武家としての気持ちができていないのか返事が成ってない。だが、堅苦しくないので周りに他の武家がいないときは嗜めることはしない。


 しばらく待てば自ずと変わる。

 環境が段蔵を変えてくれる。

 上の者が、下の者が、段蔵の立場を作っていくのだ。

 段蔵が望む、望まぬに関係なく。


 段蔵は、声を張り上げ明智城を普請改修している分水衆に休憩だと触れ回る。


「殿、茶です」

「お、ありがたい。角雄、いっしょにどうだ」

「では、ありがたく」

 角雄は一度下がり自分の茶を持って戻ってきた。


「どうだ、改修の首尾は。順調の様に見えるが?」

「順調です。桜が咲く迄には仕上がるでしょう」

「はあ、やっと越後に帰れるな」

「そうですな。殿は戦が苦手ですか」


「まあな、兵の指揮もできなければ、馬にも上手く乗れない。槍使いや刀使いは鍛えているが……まずまずと言った処だ。今のままで戦に出ても敗けるのが目に見えている」

「なるほど、だから村上様や須田様が、殿に見所があると言っていたのですか」

「ん?」


「いえ、お二人は殿が勝つか敗けるか分かるだけの分別がある。であれば勝つ戦を選んで戦えば良いだけだと言っていました」

「なんだか、誉められた気がしないな」


「そうですか」

「それに、戦いを選べたらどんなに楽な事か。今の織田を見ろ。東から上杉勢が、西から斎藤勢が押しては引いて、引いては押してとじりじりと絶え間なく攻めてくる。津島や熱田の銭がなかったら今頃滅んでいることだろう。それに先日の津島の火事騒ぎだ。とても、織田が選んで戦をしているようには見えないぞ」


「殿、それは殿がその様に仕向けたと皆が噂しております。斎藤家との同盟、犬山城の落城、墨俣の占領、津島の火事騒ぎ、三河の一向宗騒動、そして、この度の岩倉城攻め」


「待て待て、お前までそう思っている訳じゃないだろうな」

「その様に思っておりますが」

「角雄、その様な噂を聞いたら否定しておけ。その様に持ち上げられても録な事にならん。魑魅魍魎どもが集まってくる」


「魑魅魍魎ですか」

「そうだ。手柄に乗っかろうと、擦り寄って来る者。手柄を妬み、足を引っ張ろうとする者。手柄を褒めて、競争を挑んでくる者。そして、邪魔者と考えて、亡き者にしようと企む者たちだ」


「恐ろしいですな」

「商いで大儲けした時と同じさ。人は聖人君子じゃない、獣にも劣る欲望の塊さ」

「殿は若いのに苦労したんですね」

「まあな」


 ああ、色々思い出す。

 だが、敵対した連中は皆、あの世だけどな。


 俺だって聖人君子と言う訳ではない。よく、悪人呼ばわりされる。

 られる前に殺れだ。殺られたら後悔さえできないのだ。


 手柄を独り占めにするのは下策だ。面倒な事が多くなる。


「犬山城の落城と岩倉城攻めは、村上様の武勇と采配があったればだ。皆にはそう言え」

「はい」


「墨俣の占領、津島の火事騒ぎは斎藤家の手柄だ。さすが美濃を治める斎藤家とその家臣団だと褒め称えよ」

「はい」


「三河の一向宗騒動は須田様が進めている事だ。俺は一切関係ない。須田様の人徳だ。須田様は人の事も仏の事も良く分かっておられるお方だ。いいな」

「はい、分かりました。その様に触れ回りましょう。では斎藤家との同盟は如何します」


「勿論決まっている。御屋形様の御威光であろう。そう言っとけ」

「宜しいので」


「嘘は言っていないぞ。そうだ、角雄。越後に引き上げるまで噂がその様に変わっていたらお前や、段蔵、それに護衛の皆に金を出そう。どうだ、乗るか」

「さすが殿様だ。やります、やらせて頂きます」

「良し。お前から段蔵たちに伝えてくれ」

「承知」


 音を立てて茶を啜る。

 茶が旨い。


 木曽川河川敷での会談後、直ぐに斎藤家と東美濃上杉勢は対織田同盟を結んだ。


 斎藤家と上杉家ではない。

 上杉の東美濃制圧に来た最高司令官である村上義清との間に同盟を結んだのだ。

 同盟と言うより協定と言った処だ。

 しかし、言葉は力、協定より同盟の方が心強い。


 竹中重治からの便りによると、河川敷での会談後、稲葉山に戻った龍興は主だった家臣を集めると上杉勢と同盟する事について意見を良い事も悪い事も述べよと言ったらしい。

 そして、龍興は家臣たちが、好き勝手に述べる大局的な見方や自己都合の見方を黙って聞いていたそうだ。


 家臣たちの話を聞き終わると「話を聞くとは苦い物なのだな」と独り言のように言った後、「上杉と同盟する。話を進めよ」と宣言し重治に任せた。


 安藤や竹中たちに対抗している者たちも龍興の命令に反対は唱えなかった。自己保身を図る者たちは場の空気を読む能力に長けている。損にもならない事だったのであえて反対はしなかったのだろう。


 龍興が三日坊主でないことを願う。




 同盟後、早速、斎藤龍興は美濃三人衆を主戦力とした兵を織田方が占領している墨俣に送った。軍配を取るは勿論、竹中重治だ。


 目的を良く理解している重治は織田勢とは合戦をせず相手を翻弄して時を稼いだ。

 同じ頃、東の犬山城で上杉勢は、織田信清が守る城を囲んでいた。


 上杉勢の五千もの大軍には対抗できず、信清は籠城策を取り信長に援軍依頼を出した。

 しかし、信長は援軍依頼に対して墨俣防衛の為援軍は困難、斎藤勢を追い払うまで籠城して持たせよと返答。


 信長も斎藤と上杉の狙いは分かっているはずだが対処はしない。上杉が邪魔者を討つのを良しとしたのだ。

 しかし、籠城を続ける織田信清や家臣たちの前に現れたのは、信長に尾張を追われた守護の斯波義銀しばよしかね

 籠城する者たちが驚愕する中、義銀は、降伏した場合は尾張守護の名に於いて無事解放すると約束した。


 いつまでも来ない信長の援軍と義銀の説得により士気を維持できず、籠城する事一ヶ月で犬山城は落ちた。そして、信清たち一党は信長のもとへと下って行った。


 斯波義銀は尾張守護ではあったが守護代たちにより傀儡とされて実権がなかった斯波義統の嫡男。父義統が守護代に殺された折り、友好的であった織田信長を頼った。そして守護代の部下であった信長は義銀を旗頭に守護代を討ち取った処までは良かった。その後、信長の尾張統一の過程で不和となり尾張から追い出された。


 なぜなら、織田信長も尾張守護を継いだ斯波義銀を傀儡としたからだ。


 義銀が信長の傀儡となった事に我慢できなかったのか、信長が尾張統一後は尾張守護と言う錦の旗は不要と考えたのか、または、その両方か。兎に角、義銀は尾張を追われ京に逃げた。


 斯波氏は足利一門、義銀は京にいた将軍足利義輝の所に身を寄せていた。その彼を見つけ出し尾張に戻るよう話を付けたのは竹中重治だ。

 さすが竹中重治、まだ二十歳前だと言うのに優秀過ぎる。

 信清たちが逃げてきて斯波義銀の事を聞いた信長が、苦々しい顔をしたであろう事は想像に難くない。


 落とした犬山城に斯波義銀を入れ、更に上杉勢は前線を上げた。岩倉城に迫ったのだ。

 上杉勢は岩倉城攻めに名を借りて斯波氏の旧家臣たちが集まる時を稼ぎたかったのだ。


 岩倉城を取り囲む様にある砦には人影はなく、小牧山砦を城へと普請していた者たちも戦に巻き込まれまいと逃げていた。


 岩倉城と普請中の小牧山城の距離は一里ほど。半刻で兵が来られる様な場所には居たくないのだろう。気持ちは分かる。


 濃尾平野の弧峰として存在する小牧山には簡素な砦しかなかったのだが、美濃攻めを本格化する為の城として信長が普請を始めていた。拠点を清洲城から北に二里押し上げた形だ。


 岩倉城が落ちるとそこから本拠地である清洲城までは目と鼻の先。さすがに危機を感じた信長は、墨俣で斎藤勢と対峙していた兵を引き上げ、更に兵を集めた上で上杉勢と決戦姿勢を示した。


 村上様は迫りくる織田勢の兵七千を見ては「つまらん」と一言。

 織田勢のただ兵の数で押すだけといった正直な軍略をそう評した。


 皆が皆、御屋形様や武田信玄のような軍略はできない。片や神憑りの軍神、片や風林火山を地で行く兵をまるで生き物のように操る武将だ。その様な人物たちの軍略と見比べれば誰の軍略だってつまらなくもなる。


 特に織田勢の戦い方に華はない。相手に勝る数を揃え、陣形を整えて、がっぷり四つに組んで戦う。それが、信長の考える戦の基本姿勢だ。真に合理的で近代的な戦いのやり方だ。


 だが、今の世、それでは天才に勝てない。


 少数の兵を率いる天才が、大軍に勝つ例など古今東西に溢れ返っている。

 信長の思考は早すぎるのだ。そう言った意味でも改革者たる織田信長は先進思考だ。



 村上様は上杉勢を手足のように機動させながら、決戦を避け徐々に美濃との国境まで後退。斎藤勢が墨俣を落とすのを待った。


 墨俣から尾張美濃国境の犬山城までは約六里。一日あれば兵を移動できる距離だ。


 信長は墨俣と岩倉城を天秤に掛けながら上杉勢を追っていたのだろう。

 信長はしばらく上杉勢を追い対決姿勢を示していたが、墨俣が落ち斎藤勢の手に渡ったことを知ると清洲へと引いた。上杉も追撃はしなかった。その様な役割でもないからだ。


 そして、再び岩倉城を攻めたのが今回だ。



「殿、食べますか?」

 角雄が俺に声をかけた。


「ん」

「上手く焼けたようですが、食べますか」

「唐芋か。良し貰おう」


 俺が思考の海に沈んでいる間に、角雄が焼いた唐芋を取りに行って来たようだ。


 角雄から受け取った唐芋を、二つに分けると湯気が出た。焼きたてのようだ。

 分けた半分を角雄に渡す。

「お前も、食え」

「ありがたく」


「怖いか」

「いえ、その様な」

「大丈夫だ。こっちの唐芋はジャガトラ芋と違って毒はない。それに焼くととても甘くなる。俺も食べるからお前も食べろ」

「では」

 苦笑いする角雄。


 俺が唐芋を食べ始めたのを見て、恐る恐る食べ始めた。


 唐芋やジャガトラ芋は、海野屋が造った大型南蛮船が試験航海で呂宋るそんやジャワのスペイン町を巡った折に仕入れて来た芋だ。

 唐芋はさつまいもの事、ジャガトラ芋はじゃがいもの事だ。


 本来であれば、もう四、五十年後に唐や南蛮経由で日の本に伝わって来るのだが、この世界では日の本の商人たる海野屋が仕入れて越後に持ち帰った。


 そして育てた芋を、今年の収穫だと越後にいる佐吉が送ってくれたのだ。


 先日、三人で試食だとジャガトラ芋を焼いて食べたのだが三人共に腹を下して大変な目に会った。俺が芋の状態を良く見て焼けば良かったと後悔。


 回復した翌日、早速、越後にジャガトラ芋を食す時は、芽や緑部分は食べるな、食べ方が確立するまで子供や体の弱い者たちには食べさせるなと再度警告の手紙を出した。

 俺たちは軽症であったがジャガトラ芋を食べて重症者を出した日には、唐芋もジャガトラ芋も新しい作物が広まり難くなる。それだけは避けねばならない。


 今は、それほど量が生産できていないが、育てた方や食べ方を確立していけば飢饉の時の助けになるはずだ。


「殿、これは甘くて旨い。ジャガトラ芋と比べても、この唐芋の方が旨いですな」

「甘くて旨いだろ」

「これが日の本でも育てられるとは嬉しい限りです」

「まだまだ時はかかるがな」

「それでも、無いよりましでしょう」


「まずは越後から少しずつ広げていくさ」

「その次は信濃でお願いしたいですな」

「覚えておこう」

「是非に」


 角雄は信濃にも新しい作物を広めて欲しいと言う。生まれ育った地はいつまでも大事な物なのかも知れない。


 二つの芋は青海の村で試験的に育てて貰っているが、全てが成功している訳ではない。育成法を確立して越後に広がるだけでも十年単位となるだろう。

 例え良い物でも必ず短所がある。できればそれを理解した上で広めたいものだ。


「尾張勢は降伏しますかね、それとも籠城を続け兵の一人まで戦いますかね」


 角雄が思い出したように、村上様の岩倉城攻めの事を聞いてきた。

 この度の岩倉城攻めには俺たちも分水衆は参加していない。そして俺や角雄たちは明智城の改修普請を指図するために居残りだ。


「降伏して貰うと手間がかからないから良いけどな。明智城の改修も少しは早まるだろうし」

「戦がなければ兵を普請に回せると言う事ですか」

「そうだ」

「ですがそれでは、これ以上は、織田を攻めないということになりませんか。てっきり尾張まで取るのかと思っていました」


「尾張を取っても取らなくても、桜が咲く頃になったら上杉勢は越後に引き上げる。何か事が起こっても直ぐここまで上杉は兵を派遣することはできないだろう」

「それは……」

「どうして直ぐに兵を美濃尾張に派兵できないかか?」

「はい」

「上杉の主敵は関東の北条だからだよ。各地に散らばった兵たちを一旦越後に引き上げ、休ませた後に関東に派兵して北条と戦う事になる。だから、事が起きても直ぐには美濃尾張までは来られなくなるのさ」


「信濃と甲斐も上杉領であれば、もっと兵も集める事ができるのでは」

「角雄の言う通り兵を集めることは容易い。だがな、武田の熟練した兵やそれを指揮していた武将たちは集める事はできない。皆、星降りによってあの世に行ってしまったからな。信濃と甲斐を取ったからと言って、上杉は兵や武将が増えていないんだよ」


「確かに越後の方々しか将はいませんな。なるほど、将がいなければ兵がいても動かしようがないと言う事ですな」

「すると、どうなると思う」

「どうなるのですか?」


「そろそろ、上杉を取り巻く諸国が北信濃で起きた事を知り、上杉兵の分布状況も把握した頃合いだ。自前で調べたのは北条、織田、今川、そして斎藤ぐらいだろう。その他の国には北条が越後は空き家だから攻めろと触れ回ってくれているはずさ」


「なるほど、やっと殿の言っている事が分かってきました。今までは越後だけを守って戦っていた上杉勢が将も兵も増えないまま、信濃、甲斐、関東、美濃の各地で戦をしている。このままでは、個々に負けてしまうと」


「正解だ。だからこれ以上は織田を攻めない。織田を攻めるのは美濃の斎藤勢であり、犬山城の斯波義銀であり、岩倉城が落ちたらその城に入る予定の織田信安だ」


「下手に尾張を落とすと、また敵が増えると言う事ですな」

「尾張の分け方で斎藤や斯波たちと揉め、下った織田方の監視の為に越後兵は動かせなくなる。それは上杉が望む話ではない。先ずは、上杉勢が美濃から引き上げる状況を作る事が必要なんだ」


「諸国が適度に争って上杉が東美濃にいなくても良い状況を、殿たちは作ろうとされていると」

「この様な状況になる事は全くの予定外だったが、結果を見れば悪くない」

「悪くない?」


「そうさ、予定通り東美濃を治めて越後に引き上げができて、今川義元を討ち取って勢いのあった織田信長を止められる。良い事だらけだろう」

「確かに」


 冷めた茶を口に運ぶ。


 悪くない。この状況は悪くないはずだ。


 その時、遠くで俺を呼ぶ声が聞こえた。

 段蔵が「殿、殿、大変です」と呼びながら俺たちに向かって走ってくる。

 慌てている段蔵の後からは、見知った顔の男が数人の家臣を引き連れ歩いてくる。俺の視線に気がついたのか男は片手を上げる。


 目の前まで来た段蔵が息を切らして「殿、大変です」と言った。


「どうした段蔵。せわしないぞ」

 角雄が段蔵を咎めた。

「兄貴、すまねえ。殿、本庄様が、本庄繁長様が」

「見れは分かる。早く要件を殿にお伝えしろ」


「本庄様が、村上様や須田様や殿を捕らえに来たと」

「何だと、段蔵、本当か? 殿を謀っているわけではないだろうな」

「本当だ。本庄様からそう言われた」

「殿」

 角雄が茶碗を放り出して立ち上がった。


「慌てるな。もうそこまで本庄様が来ている」

 俺は角雄に言った。


「海野の小僧の言う通りだ」

 本庄様が目の前に歩いて来た。

 再び手を上げて「よう」と気さくに言いながら本庄様が笑う。


「村上義清殿、須田満親殿、そして海野幸稜の三人には織田信長との内通の疑いがある」

 そう言うと本庄様が、嬉しそうに口角を上げた。


次回、御屋形様からの手紙と組んだ二人の男



本庄繁長再登場。

幸稜たちに内通の疑い有り。



永禄五年(1562年)時の登場人物の年齢

近衛前久    26


木下藤吉郎   25*


須田満親    36


斉藤龍興    14

竹中重治    18    

安藤守就    58




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