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天地人と出世頭

 永禄四年(1561年)九月、美濃にて

 海野幸稜


 木曽川沿いを領地としている信濃の国人衆を平らげ、ひたすら中山道を南下。

 国人衆と言っても家を守るのは、女子供と老いた少数の家臣たち。当主や戦いの主力たるその家臣たちは不在。とてもではないが、村上義清率いる上杉勢五千に抵抗することはできず降伏した。


 村上様は降伏した国人から従臣の言質だけを取ると、国人をその場に残し先を急いだ。瞬く間に信濃の中山道周辺の国人衆を平定し美濃へ出た。

 そして、東美濃の街道沿いにある苗木城の手前に着陣。岩村城の遠山氏宗家に上杉家への従臣の使者を送った。ところが、遠山氏は上杉家への従臣を拒否。

 どうやら、尾張の織田家との繋がりで織田の兵力を当てにしたらしい。

 明智遠山氏は織田信長の正妻の血縁であり、岩村遠山氏の現当主には織田信長の叔母が嫁いでいた。


 上杉方の遠山氏への認識は単なる武田に従臣している国人衆程度だったのだが、実態は武田にも織田にも良い顔をする完全に独立した領主だった。

 調査不足が祟った感じだ。関東が主戦場なので調査が甘くなった。


 最も、上杉方からの従臣条件も厳しかったのも事実。

 従臣した場合、岩村城は安堵するが苗木城、金山城、明智城は上杉方による摂取を条件としたからだ。

 金山城、明智城はともかく苗木城の摂取は上杉勢としては譲れなかった。信濃と往来する重要拠点でいつ裏切るかわからない国人衆には任せられない。


 交渉事になるかと三城寄越せと大きく出たのも失敗。

 明智城は数年前に美濃の斎藤義龍の攻撃を受けて落城し荒廃したまま、金山城も城主不在で補修などされていない。遠山氏側からすると明智城も金山城もなきに等しく苗木城しかなかった。それを取り上げられる。

 上杉は武田より厳しい従臣を迫る相手と遠山氏には映ったらしい。上杉勢には、そのようなつもりはなかったのだが。

 遠山氏を美濃の斎藤と尾張の織田の緩衝地帯とする計画は破綻。一転して対遠山氏攻略戦を開始した。


 外交は粗末な結果となったが、武力誇示のために率いてきた兵五千がいて良かった。始めにガツンと脅しておけば、そう簡単には離反しないだろうとの読みだったのだが、転ばぬ先の杖としておこう。



 使者から遠山氏の返事を聞いた後、本陣の幕内で村上様と二人きりになったのを見計らい話しかけた。


「村上様、遠山氏との外交は失敗でしたね。簡単に折れてくれると思ったのですが、中々計画通りには行かないものです」

「考えた通りに事が運べば、皆苦労はせぬ。今頃、遠山は岩村城に兵を集めているだろう」

「織田の兵も来ますかね」

「分からん。織田がどの程度、遠山氏を重く考えているかだ。それよりも我らは我らでやるべき事がある」

「やるべき事ですか?」

「そうだ、戦に勝つためには必要な事がある。天の時、地の利、人の和だ。いくら好機があっても地の利を知らねば戦には勝てぬ。そして地の利を知って戦に勝ったとしても民との和合がなければ早々に退かねばならぬと言うことだ」


「天の時は捨て置き、我らに地の利はないですね。民との和合なんてこれからの事ですし」

「その通りよ。だからこそ、やるべき事があると言うのだ。東美濃、遠山を良く調べるのだ」

「調べる、ですか」


「民にとって遠山は良い領主か悪い領主か。上杉が遠山に替わりこの地を治めたら抵抗するか歓迎するか。戦場はどこが良いか、退路は確保できるか。敵の敵は誰か。何も知らぬのに戦などできぬぞ」

「では、本陣をここに置き美濃や遠山氏を調べてから攻めると」

「そのような悠長な事はできぬ。城は攻める、事も調べる。全てを同時に行うのだ。敵は待ってはくれぬからの。これは相手に勝つための競争なのだ。巧遅は拙速にかず、状況は生き物の様に動く。待ってなどいられぬ。それについて行けぬ者が敗れるのだ」

「なるほど、理解しました」

「理解したという様な顔ではないが」


 村上様に言われ力なく笑う。


「いえ、調略を上手く仕掛けないと、戦が増えるなと思いまして」

「そうよのう」


 村上様、そのような遠い目をしても駄目です。ようは村上様も調略は苦手なのですね。だから直接的な戦に勝つためにやるべき事に重点を置いているのを理解しました。


「では幸稜、人を各地に遣わし陣を動かす。諸将を集めよ、軍議を開く」

「はっ、承知いたしました」


 俺は村上様に一礼すると幕内から出て、諸将を集めるために駆け出した。






 永禄四年(1561年)九月、尾張、清洲にて

 織田家家臣ある馬廻役


 岩倉織田氏を降伏させ尾張を統一した殿は、昨年、駿河の今川義元を桶狭間で討ち取った。

 今や織田の殿が怖れる相手はいない。


 いよいよと美濃の国譲りを実現するために殿は本格的に美濃攻めを始めた。ところが美濃を治める斎藤義龍は戦上手、家臣の西美濃三人衆も良く戦い、美濃を簡単に落とすことはできなかった。


 その斎藤義龍が、この年の五月に亡くなり、嫡男の斎藤龍興が十四歳で家督を継いだ。

 早速、殿は美濃に攻め入り龍興を攻めた。龍興はまだ幼い故、家臣の掌握もできておらず戦に敗けて稲葉山城に籠った。

 織田勢は勢いに乗って城攻めを行ったが、さすがに堅固な稲葉山城を簡単には落とすこともできず尾張に引いた。しかし、美濃攻めの要衝の地、墨俣を押さえたのは大きな成果だった。

 そのような折りに、東美濃を治めている遠山氏から殿に救援の知らせがあったのだ。


 その話を聞いて、いつでも出陣の声がかけられても良いように清洲城の近くで同僚とたむろしている。どうせ、他にやることもない。


 懐から焼いた栗の実を取り出して歯で割り、半分に割れた皮の中から身をほじって食べる。冷めた栗の実だが、ほのかに甘味があって旨い。多少は腹の足しになる。


「殿は如何するつもりであろうな」


 ずずっと皮の中から実を吸出して欠片を食べる。そして、実がなくなったことを確認して皮を放り投げた。


「東美濃には兵を出さざる得まい。つや様もおるのだ、見殺しにはできぬだろう。だが、解せぬのは何故、上杉が美濃まで攻めて来ているかだ。信濃を治めていたのは武田ではなかったのか」

「左様、全く解せぬ。重臣たちも殿から話があったときには唖然とされたそうな。余り大きな声では言えぬが、殿の正気を疑ったそうな」

「おい、声が大きい。まだ、そのような事を言う者がおるのか」

「何、戯れ言であろう」

「気をつけよ、殿は、戯れ言は好きではない。巻き添えにあっては敵わぬ」

「分かった、分かった」


「おいっ、貴様ら、聞こえたぞ。そこに直れ。切り伏せてくれる」

 見えないところから太い声がかけられ、思わず同僚と片膝を着いて頭を垂れた。

 声をかけた人物が摺り足で近づいてくる。


 額に汗が流れた。


 まずい。上役に聞かれたのか?


 この様なところで誰にも聞かれまいと高を括っていたのが仇となった。「すまん」と同僚に心の中で謝った。


「覚悟は良いな」


 カチッ


 鞘から刀を引き抜く音がし、刀を振り上げる仕草を感じた。すぐに、刀が降りてくる。


 無念。すまぬ。





 目を閉じてしばらく待つが一向に何も起きなかった。

 不審に思い片目を開けて隣の同僚を見ると俺を見て声を出さずに笑っている。そして目が合うと声を出して笑いだした。

 笑う同僚に違和を感じて、何もしない上役を見上げる。そこには、笑った顔をする知り合いが刀を振り上げていた。


「なんだ、藤吉郎か」

 一気に力が抜けて地面に尻をつける。


「なんだ、藤吉郎か、ではない。驚かせてすまんが、お前が悪いのだぞ。不埒な言葉は慎め。俺でなかったら、今頃その首は体から離れておったからな。それに俺を秀吉と呼べ」

 秀吉は振り上げた刀を鞘に仕舞いながら猿が笑ったかのような顔で怒る。作った太い声ではなく、いつものように軽い調子の声だ。


「藤吉郎の言う通りだ。一度出た言葉は二度と戻らぬ。取り消せぬのだ。心して言葉を口から出すが良い」

「お前も、俺を秀吉と呼べよ」と秀吉は同僚の胸を手の甲で叩いた。


 同僚も秀吉も俺を叱ってくれる。


 友よ、かたじけない。


「いや、俺より口の悪いお前たちに言われたくはない。それに藤吉郎は口よりも手だ。この間も城の下女の尻を撫でて怒られておったであろう」


「な、何故それを知っておる」

「ふふ、寧さんに言いつけるぞ。この新婚の癖に」

「頼む、後生だ。それだけは勘弁してくれ」

「寧さんに言いつけるなど止めておけ。それは貸しにした方が良いぞ。秀吉は出世頭だ、後で取り立てて貰え」

「秀吉に取り立てて貰うだと。そのような事はせぬ。手柄を立て自分で出世するわ。その出世に丁度良い相手が現れたではないか」


「そうそう、それを伝えに参ったのだった。殿が出兵を決められた。遠山殿の後詰めに出る」

「出るか。良し、腕が鳴る。手柄を立ててやる。武田か上杉か良くわからぬが相手にとって不足はない」

「その意気だ。皆、殿のために励もうぞ」

「おうっ」

 秀吉が話をすり替え盛り上げてくれる。

 見え見えだが、まあ良かろう。一旦、忘れてやろう。友だからな。


「おいおい、二人とも。相手も良く分からぬのに不足も何もなかろう」

 同僚が困った奴らだと首を振った。

次回、岩村城下の戦いと槍の長さ



秀吉登場回。ただし、登場しただけ。


永禄四年(1561年)時の登場人物の年齢

宇佐美定満 72*

直江実綱  52


柿崎景家  48

本庄繁長  21


北条氏康  46

北条氏政  23


織田信長  27 (未登場?)


*推定


誰か忘れているような・・・


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