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川中島からの撤退と出会い

プロローグより四年前に遡ります。

 弘治三年(1557年)九月、北信濃、川中島にて

 村上義清


「皆さん、明日、陣を払います。今年は寒くなるのが早い、初雪が舞う前に春日山に戻ります。殿しんがりは義清殿と景家に任せます」

「はっ」

 柿崎景家が肩をいからせたまま頷いた。

 儂も頭を下げる。


「では、支度を始めてください」

「「はっ」」

 諸将が立ち上がり、景虎様に礼をして軍議の場から去っていく。

 景虎様が、ひとりひとりの礼に頷きを返す。


 景虎様は、決して大きな体ではない。むしろ小さい方であろう。

 一言一言はっきりと通る声でものを言うのだがこの言い様だ。

 このことで、景虎様を侮る者も多い。しかし、そのような考えの浅い者たちに景虎様が戦で負けることはない。


 武田や北条であっても景虎様には敵わないのだから、さらに考えの浅い者たちが戦に勝てる道理がない。



 儂ら北信衆が越後に入って早や四年もの月日が経つ。


 この度の戦で、武田征伐も三度目となったがこれといった成果はなかった。

 多少の小競り合いと幾つかの城を取ったり取られたり。


 武田方は今回も景虎様との直接の戦を避けた。

 それは、この度の戦に合力した北条方も同じだ。奴等はいずれも景虎様との戦は勝てぬとわかっている。だから長尾方が引くのを待ち調略で戦うのだ。


 奴らは後途の勝ちなどとわかったように言っているが、所詮他国を奪い取ることにはかわりない。

 悔しいが儂らもそれが奴等の戦い方なのだとわかっている。


 口惜しい。直接刃を交えれば決して負けぬものを。



「義清殿、すまないですね。この度も信濃を取れませんでした。私の力不足なのでしょう」


 気がつくと軍議の場には景虎様と重臣たちと儂だけが残されていた。


「御屋形様、そのようなことはありませぬ。我ら北信衆はこの度の戦を皆感謝こそすれ、力不足などとは思っておりませぬ」

「では次までに何か策を考えねばなりませんね。武田方を戦に引きずり出すような策を」

「ありがたき話です。この義清、粉骨砕身の働きをお見せしますぞ」

「それは楽しみです。では殿しんがりの働き頼みました」

「はっ」


 儂が頭を垂れると景虎様は立ち上がり重臣たちを引き連れ、この場を去った。この場には儂とひとりの重臣が残されていた。


 宇佐美定満。

 好々爺とした御仁だ。

 刻まれた皺で笑っているように見えるがその顔に騙されてはいけない。


 昨年の景虎様の高野山への出家騒ぎはこの宇佐美定満の献策だと言われている。

 景虎様が出家せぬよう説得した後、更に状況を利用した。

 説得が失敗したと装い景虎様を蔑ろにする重臣を暴発させるため越後を手薄にする策にしたのだ。そしてまんまと大熊朝秀を釣り上げ越後から叩き出した。


 宇佐美定満、この男は越後の知恵袋なのだ。


 儂に何用であろうか。


「義清殿、少し話をしたいのだが」

「それはありがたい。儂にもお願いしたき事がありもうした」

「ほう、どのような話ですかな」


 定満殿が好々爺とした顔を崩さずに儂に先に話せと言ってきた。

 しからば先を取らせて貰おう。


「御屋形様は未だに儂に遠慮があるようだ。定満殿から義清に遠慮は無用と伝えてはもらえぬか。我ら北信衆はすでに御屋形様の配下。知行も頂き何の不満があろうか。関東であろうと越中であろうと戦場に不満などありませぬと」

「ほっほっ、さすが義清殿だ。人ができておられる。では話が早い。すでに耳に入っているやも知れんが、越中で騒ぎが起こっての。この度の引き払いはそれも原因じゃ。武田が焚き付けたようでの」


「では次は越中で」

「それはわからん。だが今後も関東、信濃、越中が戦場になろう。忙しいことよ。

 いかに御屋形様が戦に強くとも武田と北条のふたつを相手にするのはちと荷が重い。越後の者は律儀なのだが皆無骨でな。利を諭すのが下手なのだ。戦いで勝ってもひっくり返される」


 信濃にだけにかまってはいられないと言っている。致し方あるまい。まだ、このような事を言ってくれるだけ律儀と言うものだ。確かに律儀者だ。


「先ほどの通り遠慮なさるな。戦場が何処であろうと儂の力を見せつけてやるまでよ」

「ほっほっ、頼もしい限りだ」


「定満殿も儂のことは義清と呼んでくだされ」

「ほっほっ、あいわかった。武田勢が押してくることはないとは思うが、殿しんがり、気をつけよ、義清」


 儂が頷くと定満殿が立ち上がり去ろうとして振り返った。


「そうであった、言い忘れていた。御屋形様はあの通りの方だ。いつも皆を心配し気にかけておられる。そして、何人であっても頼まれれば断れない困った御方よ。それ故、いつも悩んでおられる。出家騒ぎも半ば本心であった筈よ。我ら年寄りが汚れ役をやらねば越後はあっという間に喰われてしまう。共に御屋形様を守り立てようぞ、義清。儂を定満と呼ぶが良い」


 定満殿が儂をじっと見つめる。


「あいわかった。定満」


 儂の返事を聞くと定満はほっほっと満足げに笑い去っていった。


 信濃に未練はある。しかし、景虎様、いや御屋形様に受けた恩は返さねばなるまい。このように思うとは儂も歳を取ったものよ。


 長い息ひとつ吐き立ち上がった。








 日付不明、場所不明、氏名不明


 帰省中の実家で、階段から足を滑らせ転げ落ちたところまでは記憶がある。

 気がつくと林の中の開けた草地で寝ていた。


 やった、異世界召喚だ。


 と思ったのも、つかの間、出会った熊と目が会い反射的に逃げてしまった。

 辛うじて近場の木の天辺まで逃げたのだが、熊も追いかけてきて膠着状態。


 知っているよ、熊と会っても急に逃げたら駄目なことぐらい。それに熊は木登りが上手いってこともさ。


 この危機から俺を助けてくれたのが、つきさんだ。

 颯爽と現れた月さんは、熊を一撃で屠って俺を助けてくれた。


 この危機のお陰で、月さんと出会えたのだ。

 熊を倒した後、月さんからこの世界の事を教えてもらい友達になった。そして、今後は俺に付き合ってくれると言ってくれた。

 俺と月さんはお互い得難い友達になったのだ。俺はそう思っている。


 俺に付き合ってくれる月さんに深謝を。

 月さんとの出会に貢献してくれた熊には感謝を。


 まあ、熊に追われた時の月さんとの細かい出会いについては機会が有ったら話をしよう。


 慌ただしい出会い後、自分自身を点検してみた。

 始めに、自分の名前が思い出せない。もとの世界の家族の顔は思い出せるのだが名前に繋がる情報一式が全く思い出せない。で、諦めた。


 次に、体が小さくなっていた。三十路手前の男の太めの体が十歳ぐらいの子供の細い体になっていたのだ。

 どおりで熊に追われた時、簡単に木の天辺まで登れた訳だ。体が軽かったからな。痩せて嬉しい。しかし、性別は男のまま変わっていない。残念。


 そして、着ている服装といえば、汚いぼろ切れを腰に巻いているのみ。勿論、金目の物など持っていなかった。凄く残念。

 最後に、知識や技に関してだが全く期待できない。


 火薬製法

 農業改革

 武芸百般


 何それ。一般人が知っている訳ないだろう。


 自慢じゃないがこれまで人生を適当に生きてきたのだ。

 知識は表面的なもので、本当に正しい事なのかも定かではない。

 さらに、運動や武道に知見があるわけでもない。

 勿論、超能力や魔法なんて代物も使えない。


 それが普通だろ。

 いや、魔法はもう少しで使えるようになったかも。


 さて、話は変わるが知り合いになった月さんについてだ。

 月さんは自分から知的生命体支援機構の待機システムだと名乗った。

 これを聞いたときに俺は思ったね。異世界召喚だと思っていたのにSFかよと。


 そう、月さんとは声だけの人物だ。


 人物と呼んではいけないのかも知れないが、超高度な人工知能であれば人物と呼んでも差し支えないだろう。しかも、これからの相棒なのだから月さんと呼ばせてもらうことにした。

 月に本体のある知的生命体支援機構の待機システムさんと呼ぶのは長いしね。


 その月さんは言う。

 待機システムは、トラクター機能と幾つかの衛星機能を管理していると。

 衛星と言っても人工衛星の事だ。

 人でもない月さんが作ったのに、人工衛星と言うのは少し変な感じだけど。


 続けるぞ。


 トラクター機能とは、月の裏にある本体機構に損害を与える小惑星などの落下を排除する機能だ。

 簡単に言うと重力ビームを使って小惑星などの軌道を変えることらしい。

 その機能を使えば、アステロイドベルトから小惑星を牽引して地球軌道上に移動させ地上に落下させる事も可能だと言う。


 メテオじゃないか。痺れるぜ。


 そして、衛星の管理だがこの衛星が優れものだ。

 地上観測機能として可視光はもちろんのこと、紫外線に赤外線と幅広い範囲での電磁波を捉えられる。

 その精度たるやセンチ単位というのも驚愕だ。さらにメートル級の大口径のレーザー兵器を搭載している。


 熊を屠ったのもこのレーザー兵器だ。センチ単位に絞ったレーザーで一撃だった。


 月さんは俺を数百年ぶりに衛星と相互通信ができる変異個体だと言う。

 詳しく聞くと、そもそも人類には月さんが管理している衛星と通信できる器官が備わっているらしい。

 人類創成期の指導者たちは、その事を知っており、月さんの機能を使っていろいろな災害から身を守っていたとの話だ。しかし、世代を経るにしたがって指導者の末裔たちはその力を秘匿していった。

 そして末裔が滅んだり、末裔自身が忘却したりで器官を使わなくなった。それが長い世代に渡ったお陰で不活性遺伝となってしまったようだ。


 約五万年前の話だとさ。


 まれに産まれた時からとか、事故でとかにより器官が活性し月さんと会話できる個体が現れるらしい。また、相互通信はできなくとも受信だけとか送信だけとか能力が活性する個体もいるのだと。

 ただ、相互通信できたとしても月さんと会話が成り立つかは別問題だ。

 月さんと話すためには、高度な知識や想像力が必要だからだ。

 太古の人間たちは、さぞかし月さんとの会話に困ったことだろう。


 ん、待てよ。人類創成期の指導者たちは月さんと会話できるだけの知識を持っていたと言うことかな。後で月さんに聞いてみよう。


 俺の活性については憑依が原因だろうと言う。

 俺の世界の俺はすでに亡くなり、意識だけが次元を越えこの世界の少年の意識に上書きされたのだろうと。その余波で器官が活性したのではと言った。


 そうか、俺は死んだのか。


 そう聞いてほっとした。

 死んで良かったと思った。


 謎の失踪では家族に迷惑がかかる。死んだのであれば哀しませるかもしれないが失踪よりはましだろう。

 家族に対しては良かったと思う反面、俺の死による憑依で人生を奪ってしまった少年には申し訳ないと思う。すまん。

 俺がこの世界で頑張って生き抜くことが、残してきた家族や奪ってしまった少年への礼になるのだと思おう。


 良し、俺よ、顔を上げろ、胸を張れ、そして、一歩を踏み出せ、きっとどうにかなる。


 いつまでも憂いていても仕方ない。少し話を戻そう。

 ここが、地球だと分かったときの話しにだ。

 ここはどこだろうと月さんに聞いたのが始まりだった。

 その時の俺と月さんとの問答を再現してみよう。


「ねえ、月さん。ここはどこだろう。なんて名の世界なのだろう」

『我らは新世界と呼んでいる。その新世界の任意の位置を知るには基点が必要だ』

「基点って」

『基点とは位置を把握するための基準となる地点だ』


「……」

 辞書かよ。



「月さんの本体は月にあるのだよね。基点にはならないのか」

『すでに答えた通りだ。お前がいる惑星の衛星を月と呼ぶのであれば月と言うことになろう。だが、この衛星では惑星上の位置を教えるための基点にはならない』

「経度とか、緯度とかは」

『緯度はともかく我らが定めた経度情報を教えてもわかるまい』


「……」

 確かに。


「月さんの故郷は別にあるのでしょう」

『ある。ここの惑星系とはかなり異なる。この惑星系では生命体が住みやすいのは第三惑星だが、我らの星は第五惑星であった』

「なるほど、今、俺がいる世界の星は第三惑星なのか」

『そうだ、第一、第二は恒星に近すぎる。第四に可能性はあるが過酷だ。小惑星帯を越えた第五惑星は巨大ガス惑星だ。可能性があるとしたらその衛星だが』


 ちょっと待った。


「月さん、ひょっとして第六惑星って、第五より小さなガス惑星で環を持っているとか」

『その通りだ。地表から観測もできる』


 どれだけ視力が良いんだよ。でもさすがに輪は見えないよね。

 いやいや、そうじゃなくてここって地球だろ。俺でもわかる。これが惑星系の一般的な配列なら別だが。

 ここまでが地球だと確信した時の話で、さらに続きがある。


「月さん、俺のいる場所って惑星の一番大きな海洋の縁にある四つの大きな島で構成された弧状列島じゃないか」

『大きな島かどうかは捨て置き、概ね緯度三十五度にある弧状列島ではある』


 日本だ!


 さて、日本のどこにいることやら。


 天から見える地面に簡単な日本地図を書き、拾った枝で指し示して月さんにここかここかと尋ねた。そして、月さんに微調整された位置と周辺の地形からこの場所を特定した。


 ここは親不知。


 知らない人が圧倒的に多いだろう。

 ここは、新潟県と富山県の県境にある交通の難所だ。

 海岸線に沿って切り立った崖が海に落ち込む風景がずっと続いている。

 俺がいる場所は少しだけ開けているが、見える範囲は崖、崖の連続だ。


 さて、俺は死んだ。そして憑依した。

 これは良い。お陰で月さんと知り合いになれた。


 そして、ここは日本だ。日本の親不知だ。

 この先移動するにしても見当がつけ易い。

 下手な外国より地理が分かる日本で良かった。

 大歓迎だ。だからこれも良い。


 残る問題は今がいつの時代かと言うことだ。

 着ている服、人工物が一切見えない風景、近代ではないことは確実だろう。


 地面の地図に丸を書き月さんに質問をする。


「この地域に人口十万人を超える都市はあるかな」

『どこまでの範囲を都市と定義するかはあるが、そのような規模の都市は見当たらない』


 なるほど、この時代の江戸に大都市はない。であれば戦国時代以前と言うことだ。


 これ以上の時代測定は現地人と接触するしかない。知っている知識での判定は難しい。

 幸い歩いて一時間ほど離れた所に村があるそうだ。


 では、月さん、行こうか。越後の第一村人と接触するために。




 ちなみに、月さんの進んだ科学技術知識が全く活かせない事が分かった。理由はふたつ。


 一つ目、月さんとのコミュニケーションは基本的に俺の頭の中にある単語と語彙で決まる。

 簡単に言うと俺が知らないことを月さんは伝えようがないのだ。

 月さんが何かを言っても俺の知らない言葉は全て雑音のように聴こえる。


 二つ目、月さんの進んだ科学技術が記録されているライブラリーは休眠中。

 月さんが知りうるのは衛星とトラクター機能関連知識のみだ。あとは観測データぐらい。

 と言うわけで地球文明の加速には全く貢献できない俺と月さんだった。




次回、新しい生活と奉公と言う名の人売り



なお、作者は、親不知には行ったことはありません。

写真で見ただけなのですが、昔の人は良くこんな所を通ったものだと感心いたしました。



2018/06/16

村上義清と氏名不明の話を前後逆にしました。

改行など修正いたしました。

2018/06/20

サブタイトルも逆にしました。



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