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世界改変と子守り

 永禄三年(1560年)六月、越後、糸魚川青海にて

 海野蕎麦蔵


『……と言う理屈で冷却することは可能だ。理解したか』

「なるほど、分からん」

『ではもう一度説明する。物質の存在とはエネルギーの存在であり、それは振動に置き換えて説明することができる。振動とは波であり、逆位相の波を合わせることで打ち消すことができる。故に物質も逆位相のエネルギーを合わせることでエネルギー量を減少「月さん、ストップ、ストップ」


『どうした、蕎麦蔵』

「もう一度、説明を聞いても理解できそうもないよ。広域をレーザーで冷せるって分かったから説明不要で大丈夫。月さんありがとう」

『では、どうする』

「勿論、やってくれ。欧州の年平均気温を三度ほど下げてくれ」

『了解だ、早速実施しよう。なお、中央アジアまで多少影響することは良いのだな』

「問題ないさ。寧ろ良い結果が出るかも知れないから数年様子を見るよ」

『それならば良い』



 こらこら、波打ち際は危ないから駄目だ。


 波打ち際に行こうとする秋助を捕まえ砂場に戻す。捕まえられたのが嬉しいのか、きゃきゃと騒ぐ。


 秋助、煮干しはどうした。うまうまと食べていただろう。えっ、もう全部食べた。もっと寄越せって。

 ごめんな秋助、持ってきた煮干しはもうないんだ。だから、砂場にある木の玩具で遊んでくれ。ほーら、ほーら、こっちの方が面白いぞう。


 木の玩具を砂に埋めたり、砂山に突き刺したりすると興味を持ったのか、秋助が自分なりに遊び始めた。


 今日は佐吉と福が二人揃って出掛けている。杏も歌も忙しい。だから、今日は俺が秋助のお守りだ。決して暇そうにしていたからではない。

 陽気が良いし風も弱い、浜辺でのんびり子守りをしている。それに晴れた日の下が一番安全なのだ。月さんの監視もあるからだ。



「月さん、船はどうだ」

『破壊を継続中だ。欧州の海岸から五十里離れた船は沈めている。西はアイスランド、南はカナリア諸島が航行を許可する範囲だ。解除するか』

「いや、そのまま続けてくれないかな。欧州に帰る船は見逃すが、出る船は全て沈める。戻る船がある限り新大陸やアジアに出ようとするだろう。精々、消耗して貰うさ」

『では継続しよう』

「うん、よろしく。それと小惑星の到着は後何年かかりそうかな。確か、五年かかるって話だったから永禄五年(1562年)の八月頃かな」

『早い物は後一年弱で到着する。火星を利用したスイングバイによって移動時間を一年ほど縮めた。来年の今頃には地球の軌道上に待機できる』

「おお、意外と早く着きそうだな。流石、月さんだ。これでロシアのコサック騎兵がウラル山脈を越えるのを牽制できるよ」



 良し、良し。ふふふふ、ふははは、わははは。

 そうだ、良いぞ、秋助。腰に手を当てて高笑いするんだ。俺の様にな。



 この世界を変えてやる。


 もし、今、この世界に手を加えなければ、世界は俺が知っている歴史通りに推移することだろう。そして、時が経ち世界は数多の矛盾を抱えつつも月さんへと到達し接触するのだ。

 その時、月さんの本体システムは人類を審判する。果たして人類は知的生命体と認められるだろうか?


 月さんが言う知的生命体とは何か。

 月さんの説明で俺が理解した内容はこうだ。


 知的生命体とは趣味のみで生きる生命体だ。

 人類総ニートだ。

 物品や労働や情報に対価を求めず、貨幣は必要無く、貢献と称賛で成り立つ世界。

 共産主義ではない、資本主義、自由主義の先にある世界。


 自分が生きていた時代から数百年後の世界を想像する。

 安全な核融合技術の確立による有り余るエネルギー、原子の自由な組み換えによる錬金術、医療技術発展による寿命延長と人口減少、高度な人工知能を持ち人類の替わりに労働を担う人工生命体。


 人類が全てから解放された世界。


 人は自分の死期を決め、宗教や風習は如何に生きるか、如何に死ぬかを説くと言う原初に帰ることになる。

 人類は何もする必要はない。単なる寄生する生き物に成り下がる。しかし、そこから産み出されるものもあるはずだ。

 これこそが知的な世界。


 穴蔵に引きこもり己のやりたい事だけをやる。情報の波にいつまでもいつまでも漂う。趣味の世界だ。しかし、ある者は自分の作品を作り始め世に送り出す。やがて作品を認める者が現れ称賛が報酬となる。


 これが、人類が進化すべき知的生命体への道なのだ。


 このような社会になるまで月さんと接触してはならない。だが、残念な事にこのような社会になる前に超大国が面子のために月に接触する。その時、高い確率で人類はリセットとなるだろう。


 だから、人類の未来のために歴史を変える。







 なんて高尚な考えはない。


 目の前に穴があるから覗く。

 謎のボタンがあるから押す。

 月さんの能力が使えるから使う。

 ただ、それだけ。


 当たり前だ。機会があるのにやらなかったら絶対に後悔する。

 それに知っている歴史通りになるのはつまらない。この世界にはこの世界の歴史があって良いのだ。


 そこで考えた。

 欧州に恨みはないが、数百年停滞してもらう。

 新大陸の金銀、特にポトシ銀山の銀はこれ以上、手に入らないようにする。

 アジアの香辛料など高価な品はイスラム経由にする。

 更に気温を下げれば食糧不足になり黒死病も再発することだろう。


 カトリックとプロテスタントの宗教戦争、オスマン帝国の圧力、更に中央アジアの気温も下がれば騎馬民族の欧州再来もあり得る。欧州の混乱だ。そうなればレパント海戦やオランダ独立は発生しないかも知れない。

 一方、明の王朝交代が早まる可能性もある。明に侵入する騎馬民族は理解できない物は全てを破壊してくれるだろう。王朝交代がなければ中国にも小惑星を落とすのも有りだ。


 ふふふふ。


 欧州や中国が停滞している間に南北アメリカ、アフリカ、オーストラリア、及び周辺諸島の文明度を上げる。交易を通して文明が向上するように仕向ける。混乱が終息した後に復活するだろう欧州や中国に対抗できるようにだ。

 果たして、欧州や中国より技術の遅れた地域の文明度が上がるかは不安しかない。だが、この機会を活かせないなら仕方ない。機会を活かせない者が悪い。

 施政者のモラル不足、民衆の無関心、そして皆の想像力の欠如の結果なのだから。

 面倒は見切れない。


 全てはこの世界の新しい歴史のために。

 ついでに超大国を産み出さないために。


 ふははは。


 お膳立てはしてやる。

 後は未来に生きる者たち次第だ。

 まあ、頑張れ。


 わははは。






 永禄三年(1560年)六月、越後、糸魚川青海にて

 海野杏


 蕎麦蔵を殴る。


 涙を浮かべ非難がましい目で見るが蕎麦蔵が悪い。

「秋助の子守りをしているからと迎えに来てみれば。秋助に変な笑い方を教えているんじゃないよ。駄目だぞ、秋助、蕎麦蔵の真似をしちゃ。さあ帰ろう」


 蕎麦蔵を置きぼりにして秋助を屋敷の方へと促すと、てとてとと歩き出した。


「俺もいっしょに帰るよ」

 慌てた蕎麦蔵が横に並ぶ。


 蕎麦蔵は相変わらず可笑しな奴だねえ。ひとり高笑いしているから気が触れたと思うじゃないか。秋助に移らないか心配だよ。


「遠くに行ったな」


 ああ、蕎麦蔵の言う通りだ。あの人はまた遠くに行っちまった。越中から戻ったと思ったら、直ぐ関東に行っちまった。忙しい人だよ、全く。

「行ってくる」なんて隣町に行くぐらい軽く言うものだから、「ああ、行っておいで」としか言えなかったじゃないのさ。

 関東に行くなら行くと言ってくれないと俺に分かる訳がないだろうに。

 あの人は言葉が足りないんだ。いつもそう。言葉が足りない。一体、俺を何だと思っているのさ。


「暑いところに行くから心配だな」


 聞いたことがある。関東の夏は越後の夏と違って蒸すと聞いた。あの人は身が細いから心配だ。病気なんてしなきゃ良いけど。


「でも、南は美人も多いし息抜きもできるだろう。って痛いじゃないか。いきなり殴る事はないだろう、杏」


 蕎麦蔵が頭を抱えて涙を貯めた目で睨む。だが、負けずに睨み返す。


 あの人はそんな人じゃないさ。他の男どもとは違うんだよ。それにあの人の隣には俺がいる。他の女に簡単には靡いたりしない。いくら南の……


「蕎麦蔵、南って関東の事かい」

「はあ、何言ってんの。琉球のことだろ」

「琉球?」

「昨日、新しい南蛮船が琉球に向かっただろう。関東じゃないぞ、琉球だぞ。勘違いも……は、ははん、さては景、痛てっ。だから殴るなよ」

「煩いね。口が軽い男は持てないよ。もっとドンと構えなきゃ」

「杏が勝手に勘違い……何でもありません」

 拳を握り蕎麦蔵に見せると口を閉じた。


 熱い、首筋と耳が熱い。


 いつもあの人の事を考えてしまう。何でもあの人に結びつけてしまう。そして、勝手に気を揉んだり、心の臓が早鐘のように鳴ってしまう。こんなだから最近、体の調子がおかしい。食事が美味しくないし食欲もない。


「蕎麦蔵」

「何だよ」

 蕎麦蔵が頭を抑えて警戒しながら応えた。

 情けないねえ、あの人みたいにしっかりしなよ。


「教えてくれないか」

「何をだよ」

「あの人が越中や関東に行く理由をさ」


 何だい、気持ち悪い笑い顔をするんじゃないよ。また殴るよ。あの人の事は何でも知りたいんだ。あの人と同じ話ができるようになりたいんだよ。


「……仕方ないな。俺も良くは知らないが、知っている事を話すよ」


 蕎麦蔵、聞こえたよ。「惚れてんだな」って何さ。あの人が俺に惚れているんだよ。ほら、また体が熱くなっただろう。早く教えな。


「まずは越中からだな。今年の三月頃に長尾方の椎名家が神保家に攻められたんだ。それで御屋形様に助けを求めたって理由わけさ」

「そんな事は知っているよ。そう聞いているからね。そうじゃなくて、どうして椎名を助けるのかを教えて欲しいんだよ」

「そんな事は景、ん、ちょっと待って。俺の考えで良いよね。だから、その拳は引っ込めて」

「早く言いな」

「椎名家は長尾家に従っている家だ。言い換えれば、子分のひとりって事だ。その子分が親分に助けてくれと言ってきた。それで親分が助けなかったら子分はどう思うか」

「情けない親分からは子分が離れてしまうだろ」

「そう言う事。長尾家が椎名家を助けなければ、椎名家と言う子分が長尾家と言う親分を見限って離れていく。更にそれだけじゃなく長尾家に従っている他の子分たちも見限るかも知れない。そうなれば越後の国は一大事、だから越中に行ったのさ」

「武家だとか言っている割りには俺たちと変わらないね。かしらが弱けりゃ皆離れていくって訳だ」

「まあね。世知辛い世の中だねえ。だが流石、御屋形様だ。神保家の居城の富山城を落とし、神保が逃げた先の城まで落としたって言うんだから」


 そんな危ない戦の話しなんか聞きたくもないよ。終わった話しだけど、あの人が怪我でもしそうで嫌なんだ。

「で、関東に行ったのは」

「関東は越中とは状況は違うらしいぞ。関東には関東を治める公方様がいて、更にその補佐に関東管領って役があるらしい。だけど既に公方様に実権はなく、関東管領も今は越後に逃げてきているんだ。実質、関東は北条家が治めつつある」

「ふーん、それで」

「でだ。越後に逃げてきている関東管領の上杉政憲様が御屋形様に上杉の家督と関東管領の職を譲るって話があってさ。去年上洛して将軍に許しを貰ってきたんだ」

「それで名が変わるって」

 全くもう、あの人は言葉が足らな過ぎる。いくらまつりごとの話しだとは言え蕎麦蔵も知っているぐらいの話しだろうに。俺が馬鹿みたいじゃないか。


「本当はそれで名を変えて終わりだったんだが」

「ん、違うのかい」

「先月、越後が祭りになっただろう」

「ああ、あったね」


 先月、駿河と遠江を治める今川義元が討ち取られたと言って武家たちは祭りの様な騒ぎとなった。それが関係あるのかい。


「駿河の今川家と甲斐の武田家、そして相模の北条家は同盟してたんだ。簡単に言うと今川は三河尾張を攻め、武田は北信、越後を攻め、北条は上野を攻めてお互いに攻め合うのは止めようって話だ。越後からすると武田と北条に攻められるから大変な事さ」


 何言っているのさ。あの人が負けるはずないだろう。


「ところがだ。尾張の織田勢が今川の当主今川義元を討ち取った。当主が討ち取られた今川家からは家臣たちが離れ、今川家の力は弱くなった。下手したら織田に喰われるかも知れない。武田も北条も今川を助けるか、または誰かに喰われる前に喰うかで動けないのさ。暫く越後には構ってられないぐらいに」

「それで越後の武家たちが祭りの様な騒ぎになったんだね」

「そう。武家様たちの気持ちも分かるよ。武田と北条が示し合わせて越後に攻めて来るかもって身構えていたら、攻めて来れないって分かった。そりゃ嬉しいよな。宇佐美と村上の爺様たちが来ると言っていたのに急に来れなくなった時と同じだ」

「分かる、分かるよ、蕎麦蔵。あの爺たちはいつも、じろじろと俺を見やがる。海野屋に来るなっての」

 蕎麦蔵、何でそこで笑うのさ。殴るよ。


「それで皆の気が大きくなったんだろ。御屋形様は関東管領を嗣ぐ人だ。この機会に北条を討って関東を治めようってさ」

「それで関東にあの人は行ったのかい。誰だい、そんな事を言い出した奴は」

「たぶん、上杉様かその側近衆だろうな」

「ろくな事しない奴らだね」


 蕎麦蔵が、ははははと笑い「全くだ」と言った。

 そうだろ、そうだろ。



「秋助、杏、ついでに蕎麦蔵」

 腹の大きくなった福が屋敷の前で手を振って呼んでいる。福が大きく手を振るものだから隣の佐吉が心配そうだ。


「俺はついでかよ。秋助、福だ、かか様だぞ。行くぞ」

 蕎麦蔵がとてとてと走る秋助の伴走をする。


 見事完走した秋助が福にしがみついた。目を細めた福が秋助の頭を優しく撫でた。佐吉もいっしょに秋助を撫でる。ふたりに撫でられた秋助は迷惑そうにふたりの手を払い除けようともがく。福も佐吉も笑っている。

 そんな目の前の光景を置き換えて想像してみる。福を自分に、佐吉をあの人に。


 うん、悪くない。


 う、また気持ち悪くなってきた。あの人のせいだ。あの人の側にいないせいだ。


「どうしたの、杏」

「ちょっと気持ち悪くて」

「あらあら、杏もできたのね」

「何が」

「やや、でしょう?」

 福が不思議そうに首を傾げた。


「ええぇ」


 どうして、お前がそんなに驚くんだよ。蕎麦蔵。

次回、分水と室



蕎麦蔵の理解では、「人類総ニート」という理解ですが、実は少し異なります。

なぜ、勘違いしたのか良く分りません。

意外と早とちりな蕎麦蔵です。


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