鬼ごっこ
「お前が黒猫の魔女――街の猫たちのボスなのか?」
「別にボスってわけじゃないよ。私が一番年上だから皆慕ってくれてるだけ」
黒猫の魔女は窓から下りるとリクの前に立つ。
「ねえ、お兄さんはそこの泥棒の仲間なの?」
「仲間じゃないが、一応恩人だ。危害を加えて欲しくないな」
「へえ。じゃあ恩人に言ってよ。盗んだ物を返せって。そうしないと、お兄さんも死んじゃうよ?」
「へえ、殺ってみなさいよ」
後ろの扉からもう一人の魔女の登場に、うわ~っとリクは思った。助けではなく嵐が来たからだ。
「あれ~? 魔女だよね? 邪魔するの?」
「そうよ、それが私の生きがいだもの」
悪びれもせずに復讐の魔女はリボルバー拳銃を黒猫の魔女に向ける。
シシャァァー!
引き金に指をかけた復讐の魔女に飛びかかったのは闇より現れた一匹の猫だった。
「ッ!?」
右手を噛まれた復讐の魔女は痛みに拳銃を床に落とす。
それが合図だった。
窓や扉から数多くの猫が殺到する。
「こいつら!」
復讐の魔女は襲ってくる猫を殴り、首根っこを捕まえては放り投げる。
「た、助けてくれ!?」
メジルが服を引っ張られて床に倒されている。そこに猫が群がり、彼に食らいつく。
リクはメジルから猫を引き剥がす。
「助かったぜ、リクの旦那」
「お前がブローチを返せば済む話だろ?」
「それが無くしちまったんだ」
「はあ!?」
リクは思わず呆けてしまった。そんな彼に猫が飛びかかる。
「大人しくしてください」
その猫を捕まえたのはベルベットだった。
「遅れてすみません、ご主人様!」
「いや、助かった」
「なんなんすか、この猫たちは?」
アルも合流する。
「逃げるわよ!」
復讐の魔女は左手で拳銃を拾って黒猫の魔女に発砲。銃弾は彼女の頬を掠める。
「ほら、立て! 行くぞメジル!」
「行きます!」
ひょいっと軽々、リクとメジルを小脇に抱えるとベルベットは窓から跳んだ。二階から着地した衝撃で石畳がビキビキと、ひび割れる。
「復讐の魔女とアルは?」
「ここに居るわ」
復讐の魔女とアルも無事に逃げられたらしい。
「それで、あいつは何しに来たのよ?」
拳銃に弾を込めて復讐の魔女は訊く。
「例のブローチだ。行方不明らしい」
「新しいのを買えば良いじゃないの」
復讐の魔女たちは迷路街を駆ける。街の猫たちは彼女たちを追う。
「よほど大事なんだろ」
「あ、そ」
発砲。猫が吹っ飛ぶ。
「お前、よく猫が殺せるな?」
かなり残酷なことだぞ、とリクは言うが、復讐の魔女は苛立たし気に叫ぶ。
「魔女にとって猫は隣人であり、下僕であり、生贄よ。いまさら気にもならないわ!」
こいつは動物愛護団体に訴えられるな、と思うリクだったが今はそれどころではない。
いつ、袋小路になってしまうか分からない迷路。いわゆる袋のネズミ。疲れ知らずなのか追いかけ続ける猫たち。その数は時間と共に鼠算のように増加する。
「ん? ネズミ?」
気づくとリクの足元をちっこい生き物が走っていた。そいつは彼の足に飛びつくと走っているリクの服を器用に上って肩で一呼吸。そしてーー
「私の声、分かり、ますか?」
「え!?」
ネズミが喋った。猫が喋るから驚かないと思ったが、ネズミも喋るとは。次は犬だろうか?
「私が、道案内、します。次の角を左、です」
道を確認してはネズミはリクに囁く。
「復讐の魔女、次は左だ!」
「何で分かるのよ!」
「俺が知るか!?」
互いに言い合いながらもネズミの指示通りに走る。
「そのまま真っ直ぐ。飛び降りろ!」
「はあ!?」
復讐の魔女は急ブレーキ。
飛び降りろと言われても高い。とても高い。着地に成功しても足の骨が無事かどうか。さすがに復讐の魔女でも恐怖で足がすくむ。
「ふざけるんじゃないわよ! 別の道ないの!?」
「俺が知るか!?」
「さっきから指示出してんのは、あんたでしょうが!?」
「このネズミが行けって言ってんだよ!」
「ネズミぃぃぃ?」
ギロリと復讐の魔女はネズミを睨む。ネズミはびくりと震える。
「ちっこいの。まさか私たちに逝って欲しいのかしら?」
ドスの利いた声にネズミは泣きそうになっていたが首を振る。
「助けたい、から。恩返ししたかった、から」
復讐の魔女はネズミを探る。
その間にも無数の猫の鳴き声が迫ってきていた。
復讐の魔女は息を吐く。
「今だけ信じるわ」
復讐の魔女が先に折れた。
「でもどうやって飛べば良いのよ」
唸る復讐の魔女だったが身体が浮いた。
「これで宜しいですか?」
ベルベットが復讐の魔女を小脇に抱えていた。
もう片方にはリクが。背中にはメジル。胸にはアルがしがみつく。
「……え? 冗談よね?」
「安心してくださいっす。ベルベットさんは丈夫っすから。私が保証するっす!」
「では、行きます」
「ちょっ、待って待って待って待って!? ぎゃああっああああっあああぁぁああああああああぁぁぁあ!!!」
復讐の魔女の焦りの声が絶叫に変わった瞬間だった。
ドスンと衝撃と音が身体を痺れさせて感覚を奪う。
「下ろしますね」
ベルベットがゆっくりと解放すると、復讐の魔女は腰が抜けて座り込む。
「本当に勇敢ね」
「ありがとうございます、復讐の魔女様」
ベルベットは微笑んで一礼する。
「変な叫び声だったけど、腰を抜かすなんて可愛いところもあるんだな」
「……あとで覚えておきなさい」
笑いを堪えきれなくなったリクを睨む復讐の魔女だったが今だけは全然怖くなかった。
「ベルベット、運んで」
「はい」
ベルベットはひょいと復讐の魔女を持ち上げる。
「……何で、お姫さま抱っこなの?」
「? 駄目でした?」
「背負って」
頬を赤らめる復讐の魔女を見てリクはまた笑ってしまった。
「後で後悔させてやる」
ベルベットの背中で呪詛を吐き続ける復讐の魔女。リクはもう笑いを隠さなかった。
復讐の魔女たちは迷路を駆け回り、開けた噴水広場に出る。そしてついに猫たちを撒くことに成功する。
「助かったよ。ありがとうな」
リクは肩に乗っていたネズミに微笑む。ネズミも嬉しそうにチュウチュウと鳴いた。
「これからどうするっすか? 街から出るっすか?」
「それはダメよ。荷物を全部、宿に置いてきちゃったから」
「ブローチを返せば大人しくなると思うんだけどな。なあ、メジル。どこで無くしたか覚えてないのか?」
リクに訊かれてメジルは申し訳なさで肩を落とす。
「すまねえ、リクの旦那。さっぱりだ」
一同が頭を抱えていると復讐の魔女が言った。
「そいつの記憶を辿れば良いのよ」
リクたちは呆ける。
「そんな簡単に言うなよ。何だ、一つ一つ質問して思い出してもらうのか?」
「そんな時間はないでしょ。アンタ馬鹿じゃないの?」
イラッとしたリクだったが復讐の魔女は方法があるらしい。今は黙っていた方が良い。
「メジル、あなた魔導師じゃないわよね?」
「ああ、魔法は習ったことも使ったこともないぜ」
「それなら良いわ。メジル、私の目を見なさい」
「照れるな」
「殺すわよ」
「冗談だぜ」
あはは、と苦笑したメジルは復讐の魔女と目を合わせて集中する。
「【過去に囚われし英雄】」
復讐の魔女が囁いた。