灰色の乞食
「けほっ、けほっ」
乾いた咳をする。薄いボロ布のワンピースで通りの隅に蹲る私に誰も目を向けない。
別に気づかれていないわけじゃない。私はそういう存在なのだ。
関わってはいけない存在。不幸を呼ぶ害悪。公に殺すのは犯罪だが、野垂れ死んだところで腐ったゴミにしかならない私。
「お腹空いた」
ボソリ、と呟いた独り言。その声は誰にも届くわけがない。
傷と汚れが目立つ裸足を足同士で擦る。
そろそろゴミ漁りに行かないと、今日の食事がなくなってしまう。ここで物乞いをしても誰も助けてくれない。でも、動くのは億劫だった。いっそこのままじっとしてれば……。
「お腹、空いてるのか?」
私に声をかけたのは黒髪の若い男の人。私のことを心配そうに見下ろしている。
ああ、と私は思い出した。こんな私にも声をかけてくれる人は居る。
「私を、奴隷にするの?」
奴隷になれば食べ物も住む家も与えてもらえる……身体など、どうなっても良かった。
私の言葉に男の人は苦し気に、だが微笑む。
「ベルベット、この子に何か食べ物を買ってあげてくれ。復讐の魔女には内緒だ」
「なぜですか?」
「あいつは、あまり関わりたくないらしい」
「分かりました。そこで買ってまいります」
金髪のメイドさんが近くの出店で店員と話している。
「俺は奴隷商じゃない。だけど旅をしている」
男の人が私の隣に座る。
「一人なのか?」
私は頷く。
「家族は皆、死んじゃった」
そうか、と男の人は一度目を伏せて黙ってしまった。
「ご主人様」
メイドさんが声をかけると男の人は目を開いて立ち上がる。
「さあ、どうぞ」
メイドさんは私に微笑み、ベーコンとレタスのサンドとジュース入りの瓶をくれた。
「ごめん」
男の人が私に謝る。意味が分からなかった。私を捕まえて奴隷にせず、ご飯さえくれた恩人に頭を下げられるなんて!
「どうして、ですか?」
「俺の仲間が言うには、俺の今の行いは偽善らしい」
「そんな、こと、ないです。けほっ、けほっ」
「でも俺はここに君を置いていく。一時の優しさを与えただけでは君を救えない!」
男の人は、また苦し気だった。
私は何故か彼の右手を取っていた。
「他の人が、何と言おうと、私が、救われたこと、に、違いはない、です」
「……ありがとう」
男の人は初めて柔らかい表情になってくれた。
「なあ、ベルベット」
「はい」
「小さい子が一人増えたら復讐の魔女はどんな反応をするかな?」
「きっと激怒されるでしょう。何で連れてきたの!? 余計なことをしないで!? と」
そこでメイドさんはクスリと笑った。
「ですが、愛着を持ってしまって一番大事にされますよ」
「そうか、そうだよな」
男の人は私に向き直る。
「もし何かあったら、この道を真っ直ぐ行った酒場、その上に今日は泊まるから」
それだけ言い残すと男の人とメイドさんは行ってしまった。
死ぬ前に恩返ししたいと私は強く思った。それなら神様も私が生きることを許してくれる気がしたからだ。
昼間にみすぼらしい私が行くのは迷惑だと思い、陽が沈んでから男の人が泊まっている酒場を目指した。
「?」
やけに騒がしかった。酒場の近くまで来たからだろうか?
「嘘でしょ!?」
猫だ。
数え切れないほどの猫が酒場を取り囲み、中には壁を身軽な身体で越えて窓から侵入している猫も居た。
ダメだ!? あそこには私の恩人が居るんだ!
私は走り出した。