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魔女たちの宴 ヴァルプルギスの夜  作者: mask
黒猫の魔女
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黒猫の魔女

「ここだぜ」

 メジルの案内で居住区に辿り着いた復讐の魔女たち。

「下は酒場だから少し騒がしいかもしれないが、サービスは良い宿だ」

「助かったよ。メジルが居なかったら街の中で飯も食えずに雑魚寝だった」

「別に構わねえよ。じゃあ俺は質屋に行くから」

「ああ。猫には気を付けろよ!」

 道中仲良くなったメジルと別れる。

「早く入りましょう。お腹が空いてイライラするわ」

「復讐の魔女、お願いだから揉め事は起こさないでくれ」

 復讐の魔女はリクを半眼で睨む。

「何よそれ。私がヤバイやつみたいじゃない」

「仰る通りで」

「……アンタ後で絞めるから覚悟しておいて」

 復讐の魔女たちは宿に入る。

 一階では昼だというのに二十人ほどの客がカウンターや円卓に座って酒や料理を楽しんでいる。

 復讐の魔女はカウンター内で調理している禿頭の厳つい男に声をかける。

「一晩宿に泊まりたいんだけど。三人で泊まれる?」

「何言っているんだ。四人だろ」

「アンタは自分で部屋を取りなさい。嫌だったら野宿して」

 さっきの仕返しとばかりに復讐の魔女は舌を出す。

「一部屋にベットは二つしかない。三人なら二部屋飯つきで金貨一枚(金貨一枚=一万)」

「私は現在魔導人形ですので就寝も食事も必要ありませんよ」

 男の言葉に小首を傾げたベルベットが復讐の魔女に言う。

「その手があったか!」

 復讐の魔女はニヤリと笑う。

「アル、魔導人形師の証明って出来る?」

「出来るっすよ!」

 アルは懐からドッグタグらしき金属の板を取り出す。

「さあ主人、正式な魔導人形師と連れの魔導人形。意味は分かるわよね?」

「……うちの壊れた魔導人形を直してくれたらタダにしてやる」

「状態によるけど一体一泊でどう?」

「……二泊までならタダだ」

「ふふ。噂通りサービスが良いわね」


 宿が決まり、復讐の魔女たちは昼食を摂った後、各々好きなように行動することに決めた。復讐の魔女はベットに転がり、アルは工具の新調。リクとベルベットは街に出掛けていた。

「賑やかですね」

「そうだな」

 暑い日差しの下、リクたちが歩く通りには露店がズラリと並ぶ。ここは迷路街の中でも人や物が集まる区域らしく、毎日のように市が開かれている。服飾品を披露して声を張り上げる店員とそれを冷やかす通行人。怒号のような声で宝石を競り合う客も居れば、腕組みしながら品定めする客。荷車を停めて落花生を売り、趣味のフルートを吹く老人やホットスナックを食べながら鬼ごっこをする子供たち。この通りに居る人々すべてが市場に爆発的な活気を生み出している。

「この街を見ると自分が居た世界はもうないんだなって改めて感じる」

 リクは自分が生きていた時代と今の風景を重ねる。そして悔やんだ。

「俺たちは世界を守れなかったんだな。一緒に過ごした皆も……もう居ない」

「そんなことありません! ご主人様が眠りについた後も部隊は戦い続けました。標的が移動してしまったため部隊も追いかけるために遠くへ行ってしまいましたが。ですが御主人様見てください! 人類は存続しています。これは皆さんが人類を守り通したことを証明していますよ」

 ベルベットは腕を大きく広げてリクに示す。あなたは成し遂げたのだ、と。自分が愛する主人を励ます。

「なあベルベット。どうして俺だけが三千年寝ていたんだ? ベルベットたちアンドロイドが活動できる五百年に合わせてコールドスリープは設定されていたはずだ。俺に……何があったんだ?」

 悲痛な声でリクはベルベットに問う。

 ベルベットはリクから目を逸らした。

「私が変更いたしました。ご主人様の国は五百年では生命活動と人類繁殖を問題なく行える水準に達することが出来なかったのです」

 ベルベットは俯きながらもリクに振り返る。

「私は見送りました。役目を果たして機能を停止していく仲間(アンドロイド)を。私は見捨てました。五百年経っても崩壊したままだった故郷に絶望する遺された希望(じんるい)を」

 だから、とベルベットは顔を上げる。そこには人が流す涙。

「最後に目覚めるはずだった、ご主人様の装置の設定を五百年増やしました。ご主人様には悲しんでほしくなかったので。それでもダメなら又、五百年。それもダメならもう五百年と他のアンドロイドから部品を貰い、ご主人様が目覚めるまで自分が壊れて動けなくならないように祈って。今回が最期だったんです。部品も底が尽き、あの家屋でいつ壊れてもおかしくない状況でした。ご主人様が目覚めたとき、一人にしてしまうのは私の身が裂けるほどの後悔でした」

 そこでベルベットは不意に微笑む。

「でも復讐の魔女様が、ご主人様を見つけてくださいました。ですので、あの時に私の役目は終わったのです」

 ベルベットは何かを思い出したようにクスリと笑った。

「知っていますか、ご主人様? 私が機能停止する直前、復讐の魔女様は私のために泣いてくださいました。人でも生物ですらない私のために」

「ああ。思いっきり怒鳴られた。あそこまで感情的になれるのは逆に羨ましい」

 まるで、とリクは言葉を切った。頭に浮かんだ過去の仲間の少女の顔を振り落とす。

「復讐の魔女とアイツは似ているけど違う」

「ご主人様、体調が優れないのですか?」

 リクは辛そうな顔をしていたのだろう。ベルベットはリクの身体を支える。

「旅で少し疲れただけだ。今日は宿に戻ろう」

 リクが踵返したときだった。駆けていた人がリクにぶつかる。

「わ!? ごめんごめん急いでたから避けれなくて」

 黒くて猫耳のついた鍔の広いトンガリ帽子を被った少女が顔を上げる。黒目黒髪の少女はすまなそうにリクに笑った。

「大丈夫だ。俺も少しボーッとしてたから……?」

「? どうしたのお兄さん」

 リクが自分をじっと見ていることに気づいた少女が小首を傾げる。

「何か凄いな、その格好」

 少女の服装は頭の帽子からブラウスに上着、ミニスカート、タイツにブーツまで全身真っ黒だった。女子高生の制服を黒一色にしたみたいだ

「そうかな? 普段から黒いから普通だと思うけど」

 少女は自分の服装を確認する。そこで何かを思い出したようで慌て出す。

「私、急いでるんだった! またねお兄さん!」

 少女は笑ってリクたちに手を振る。

「ああ、そうそう」

 少女は立ち止まり、リクに近づくと耳元で囁く。

「お兄さん、魔女の臭いがするよ。何か困っていたら猫に教えてね」

 ふふ、と秘密を共有した恋人のように微笑むと少女は去っていった。

「台風のような方でしたね、ご主人様」

「ああ」

 ベルベットへの返事が適当になってしまう。

 リクは胸中で引っ掛かっていた。魔女の臭いと猫というワードに。

「まさか、な」

 リクとベルベットは宿に向かった。


 陽が沈み、夕食も終えて酒場が賑やかになる。

「今日は早めに寝る」

 リクは円卓から立ち上がる。

「どうしたんすか? ご飯もあまり食べてないようっすけど」

「疲れたから眠いだけだ」

「それなら良いっすけど」

 心配するアルにリクは微笑む。

「あ、そ。私は酒場に居るから」

 素っ気なく言う復讐の魔女はワインーーこれは飯代に入っていなかったので有料だったのをワイングラスに注いでジュースのようにゴクゴク飲んでいる。リクは復讐の魔女の酒好きをどうにかしたいなと密かに思う。

「ご主人様、私もご一緒に」

「ありがとう、ベルベット。だけど良いよ。ベルベットには二人を見ていて貰いたい……特に復讐の魔女が酔って暴れないように」

「分かりました。何かあったらお呼びください」

 少ししゅんとなっているベルベットには悪いと思いながらリクは部屋がある二階に上がる。

 月明かりだけの薄暗い部屋。リクはベットにダイブする。

「色々あって疲れたな」

 リクは目覚めてからの約二週間という短い期間で多くの体験をした。その中でも一番衝撃だったのは魔女の存在だろう.

「復讐の魔女の魔法」

 彼女がリクに見せた光景。あれはリクが実際に生きていた世界で起こっていたことだ。それを知らないはずの復讐の魔女は彼にどうやって見せたのだろうか? まだリクは復讐の魔女について何も知らない。大事なはずの名前さえ。

「この世界に居る魔女が世界を滅ぼす力があるとしたら……俺は復讐の魔女のようにそいつらを殺さないといけないのかな」

 薄暗い部屋で独り言ちるリクの瞼が徐々に重たくなる。


 ドンドンドン


「!?」

 扉ではなく、窓が叩かれた。

 リクはガバっと起き上がり窓を見た。

「リクの旦那! 助けてくれ!?」

 窓を叩いた正体はメジルだった。ここは二階だというのにしがみついて声を上げている。

「お前こんなところで何やってるんだよ」

 リクは窓を開けてメジルを中に引き上げる。

「助かったぜ。今度こそやばかった」

「今度は何を盗んだんだ?」

 メジルは息を整えた後、苦笑する。

「何も盗んでないぜ。ただ猫どものボスに捕まりそうになったんだよ」

「まだ逃げてたのか」

「ああ、それで魔女のお嬢ちゃんに助けてもらおうかと思ってさ」

「生憎、復讐の魔女は下で酒を飲んでる。わざわざ二階に来なくても良かったんだが」

「それが無理なんだよ!? この宿はいかれた猫の集団に囲まれてるんだ!」

「いかれたって、酷いな」

 窓にもう一人の来訪者。

「みんな、私のために動いてくれたんだよ」

 月明かりに照らされる黒猫が一匹。

「猫がしゃべった!?」

 リクは驚きに目を見開く。

「あれ? お兄さんじゃん!」

「俺にしゃべる猫の知り合いはいないが」

 月が分厚い雲に隠される。世界が闇に支配される。

「私だよ。昼間、お兄さんとぶつかった」

 金色の瞳が怪しく輝く。

「そうか、お兄さんが会ったのは人間の姿の私だったね」

 そして闇が晴れる。

「それじゃあ改めまして」

 黒服の少女は妖しく笑う。

「私の名前は黒猫くろねこの魔女。よろしくね、お兄さん?」

 


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