迷路街
傀儡の魔女との事件から三日後。復讐の魔女たちは次の街に来ていた。
「完全に迷ったわ」
地図を睨み付けていた復讐の魔女は天を仰いだ。
「誰よ! こんなふざけた街を造ったのは!?」
「落ち着けよ」
復讐の魔女たちが今居るのは元は大きな砦だったのを住人たちが勝手に街にしたのだ。だからか、この街には特徴がある。
「芸術的な迷路ですね」
ベルベットが感嘆の息を漏らす。
上から下へ右から左へと階段や通路が入り乱れ、トンネルを潜ったら崖に出て、行き止まりかと思ったら壁の梯子を登ったり、外敵用に複雑にいりくんだ砦の構造は住人たちにも全貌が分からない。だというのに石積や煉瓦を勝手に削ったり、穴を開けて扉と窓を付けてしまったものだから地元民じゃないと地図がなければ道が分からなくなる。まあ一ヶ月後には更新された地図が必要らしいが。そしてケチって一年前の地図を買った復讐の魔女たちは絶賛迷子中である。
「ああ! 爆発させて更地にしてやりたい!」
「……お前みたいな奴が世界遺産とかに落書きするんだろうな。というか腹減ったな」
街に入ってからもうかれこれ三時間が経っている。今日の昼食は無しかもしれない。
「ここ人っ子一人居ないっすけど。地図合ってるんっすか?」
「一年前は居住区だったのよ。ほら、その辺に扉とかあるでしょ」
苛立ちながら先を進む復讐の魔女。
「ご主人様! 見てください。マンホールがありますよ!」
ベルベットが興奮ぎみにリクの袖を引っ張る。
確かに三千年前は道路に当たり前にあったマンホールも、この世界では初めて見た。
「この中も家だったりするんすかね」
アルがマンホールを開けようとするが重たかったらしく、代わりにベルベットが蓋を持ち上げた。
「あっ! 下にも道がありましたよ」
マンホールの下には風が流れていてどうやら別の道があるらしくベルベットが下りていった。
「危ないから先に行くなよ。復讐の魔女、ベルベットが別の道を見つけたけどどうする?」
「良いんじゃない。どうせ道に迷ってるなら、どこ通ったって一緒だし」
そう言うと復讐の魔女は苛立ちを発散するために地図をビリビリに破って捨てた。
復讐の魔女の許可が出たのでリクもアルも梯子を伝って下に下りて、最後に復讐の魔女が下りた。
「薄暗いな」
道は天井の隙間から漏れる日光のおかげで進むことは出来るが、湿っぽく苔まで生えていて、どう考えたって堅気が通る道では無さそうだ。
「あれ? あそこに人が居ますよ」
目の良いベルベットが道の先に第一街人を発見したらしい。
「すみません。道をお尋ねしたいのですが」
ベルベットが壁に寄りかかっている人に話しかけると、相手の男はギョッとした目でベルベットを見返す。
「誰だ、お前は!?」
男はナイフを懐から抜いてベルベットに向ける。だがすぐに彼は宙を舞った。
「も、申し訳ありません! 思わず機械としての防衛反応が」
ベルベットに背負い投げされた男は背中を強く打ったらしく地面で伸びている。
「これ、気絶してるっすよ」
「私は何も見てないから。さあ行きましょう」
アルが男を指でつついて安否を確認したが、復讐の魔女は無視して先を進む。
「いやいや待てよ。置いていく気か?」
「別に良いじゃない。そいつはベルベットにナイフを向けたんだから正当防衛よ」
「ですが、私のせいで怪我をされていたら」
「気にしなくて良いのよ、ベルベット。あなたは優しいからね。天の神様も許してくれるわ。許してくれなかったら偽物の神様だから殺したほうが世の中平和になるし」
「物騒だな、お前。というか、この人を起こして道を訊けば俺たち助かるんじゃないのか?」
「………………」
リクの言葉に復讐の魔女は黙っていたが、懐からリボルバー拳銃を取り出すと天井に向けて引き金を引いた。
「お前危ないだろ!? 跳弾して当たったらどうするんだよ!」
「いつまでも狸寝入りしてないで起きたら? 次は殺すわよ」
リクを無視したドスの利いた復讐の魔女の声に男は両手を挙げて身体を起こした。
「殺すのは勘弁してくれ。情報ならタダでやるから」
「そんなの当たり前でしょ。とっとと飯屋に案内しなさい」
もうどっちが悪者か分からない。
「なんだ。あんたら旅人か。良かった」
男は安堵の息を吐く。
「何? あなたこの街で何かしたの?」
「いや、まあ。スリをちょっと」
苦笑する男。無精髭のせいで分からなかったが、よく見ると年齢は若そうでリクの少し下ぐらいかもしれない。
「これも何かの縁かもしれねえ。良かったら宿付きで良い店を紹介してやるよ」
男に案内されて復讐の魔女たちは地下道を進む。
「それでアンタは」
「メジルで良いぜ、兄ちゃん」
「そうか。俺はリク。メジルはあそこで何をしていたんだ?」
リクの質問に再び苦笑するメジル。
「それがよ。いつも通りに泥棒をしてたらどうやらヤバイやつを盗んじまったみたいで追われてんだ」
「財布とかじゃないのか?」
「これだよ」
メジルがポケットから取り出したのは親指の爪ほどの大きさの緑色の宝石が埋め込まれたブローチ。
「確かに高そうだな。取り返したくもなる」
「まあ追われるのは慣れてる。だがよ、ここまで不気味なのは初めてだ」
「不気味?」
メジルは地下道を見回すとコソコソと囁く。
「猫が、俺を見てるんだ。猫にばったり会ったっと思ったら持ち主に見つかっちまう」
「それは街に猫が多いだけじゃないのか? ただの偶然だろ」
「確かに、この街は人間より猫の方が数が多いって言われてるけどよ。まるで俺のことを探し回ってるように思えて仕方ねえ。猫たちは俺を見つけたら持ち主にチクってんだよ」
「猫は独自の交流があるらしいからね。それを刺激したんじゃないの、きっと」
口を挟んだのはリクとメジルの後ろを歩く復讐の魔女。
「猫がそんな組織だったことをするのか?」
「猫にもね地域を治めるボスが居るのよ。ボスが強ければ強いほど統率力が生まれて組織は大きくなる」
「じゃあそのボス猫の飼い主のブローチを盗んだってことか?」
「そうかもね。もしかしたら何度か転生してるんじゃない」
「なんだよ転生って?」
「? 聞いたことない? 猫には九つの魂があるって」
「それって本当なのか?」
「本当よ。まあ転生して何度も猫になるのは稀だし、前世の記憶を引き継いでいるのは奇跡って言われているらしいから大したことないわよ」
復讐の魔女の説明にメジルは安心して頬を弛めた。
「心配して損したぜ。リクのところのお嬢ちゃん物知りなんだな」
そりゃあ魔女だし、とリクは言いたかったが、余り波風を立てなくなかったので黙ってーー
「お嬢ちゃんって馬鹿にしてるの、あなた? 私はあなたよりずっと年上よ」
復讐の魔女は余計なことを言う。
「年上? 実は見た目が幼いだけで三十路とか?」
「あなたのお祖母さんより年上かもね」
復讐の魔女の皮肉にメジルの顔はみるみるうちに青ざめる。彼は察しが良いのだろう。
「まさか、魔女なのか!?」
驚愕したメジルはリクの肩に腕を回すと復讐の魔女に聞こえないように小声で囁く。
「あの子、本当に魔女なのか? どう見たってガキだぞ」
リクも小声で返す。
「ああ。魔女であってる。そうとう変でヤバイ魔女だけどな」
「何をコソコソしてるの?」
「「何でもない!」」
リクとメジルは潔癖の笑みで返す。
「何か楽しそうですね」
「そうっすね」
最後尾を歩くベルベットとアルは蚊帳の外だが微笑ましい光景に目を細める。
「ご主人様がお一人になってしまうと分かったときは心臓が張り裂けそうでしたけど。復讐の魔女様と一緒に居て、コロコロと表情を変える様が嬉しいです。そしてそこに私が居れることも」
「前の兄ちゃんは笑わなかったのか?」
昔の姿を苦しむようにベルベットは悲しげに目を伏せる。
「あの当時は死が隣り合わせでした。笑い方を忘れてしまったんでしょう」
「三千年前の戦争っすか」
話だけは聞いたが、アルにはどれほどの地獄だったか想像できなかった。だがアルが経験した戦争よりは凄惨だったとは思う。
「そういえばアル様は復讐の魔女様とお知り合いなんですよね?」
「そうっすよ。二年ぐらい前だったっすかね。自分、魔導戦争ーー魔導師と人間の戦争に巻き込まれたんすよ。親父が魔導人形兵士を作る工場長で、それを邪魔だと思った敵の魔導師が街を破壊して自分は両親と一緒に瓦礫の下敷きに。そんとき助けてくれたのが復讐の姉ちゃん。まあ本人は助けたんじゃなく火事場泥棒をしていたときに偶然見つけたって言ってるんすけど。自分にとっちゃ恩人っすよ」
「やはり復讐の魔女様はお優しいんですね」
「そうなんすよ。ただの偶然なら放っておけば良いのに自分が魔導人形師に成れるまで世話を焼いてくれたんすよ」
そういえば、とアルは恩人の背を見た。
「復讐の姉ちゃんも感情的になったっすよ。前は空っぽな感じがしてたっすけど。今は女の子らしっす。兄ちゃんのおかげっすかね」
二人は顔を見合わせる。
「ということは」
「二人はまさかの」
「「お似合いカップル!」」
息が合ったベルベットとアルはクスリと笑う。
「何だか私だけ疎外感があるんだけど」
復讐の魔女は頬を膨らませた。