表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女たちの宴 ヴァルプルギスの夜  作者: mask
復讐の魔女
5/83

魔導人形事件

 明朝、まだ人々が寝静まっている頃にも魔導人形の憲兵は街を守るためにライフル銃を肩掛けにして巡回を続けている。

「お疲れ様です」

 そこで黒長髪でくすんだ色のドレスを着た女性が柔らかく二人の憲兵を労う。彼女に憲兵たちは敬礼を返す。

 六時を告げる鐘の音が教会の鐘楼から鳴り響く。

「おや。時間ですか」

 優しげな微笑が嗜虐的に変わる。

「さあ始めましょう。私たちの【操り人形たちの円舞曲(マリオネットワルツ)】」

 巡回していた魔導人形憲兵が詰所に戻る。そして銃声と断末魔が虐殺事件の発端となった。


「間に合わなかったか」

 窓の陰から通りを窺う復讐の魔女は焦燥に駆られていた。外では七時を告げる教会の鐘の代わりに警鐘がけたたましく鳴り響いてーー音が止んだ。

「これが傀儡の魔女の仕業なのか!?」

「いやはは。まさか私の魔導人形が暴れだすとは。面目ないっす」

 必死な形相のリクとケタケタ楽しげに笑うアルは全力で工場へ続く扉を押さえている。工場ではアルが作った魔導人形娼婦が勝手に起動してリクたちを殺すため扉を破ろうとしているからだ。正直言ってアルは戦力外だが。

「魔女の中には『罪人』って呼ばれるヤバイ奴が居るのよ。傀儡の魔女はその一人。人形を操り無惨に人間を殺す歪んだ趣味の持ち主」

「自分を棚にあげるのか?」

 苦笑するリクに復讐の魔女は鼻で笑う。

「私は粋な殺し方しかしないわ」

 復讐の魔女は顔を引き締める。

「それでアル、ベルベットはどこまで完成してるの?」

 魔導人形騒ぎが起こっている中でもベルベットだけは目覚めていない。

「あとは復讐の姉ちゃんが魔力を込めるだけっすよ!」

「それなら早速始めるわね」

 復讐の魔女は床に横たわるベルベットの胸に両手を当てて心臓マッサージのように一度強く押した。

「さあ起きてベルベット。お寝坊さんにはお仕置きするわよ!」

 魔力が籠った両の手から閃光が発せられて復讐の魔女から逃れようとする。対して復讐の魔女はベルベットの胸にそれを封じるかのように押し込んだ。復讐の魔女はそのときだけ慈しみを内包した美しき聖女にリクには見えた。

「もう無理っす!」

「えッ!? ちょっ!」

 アルがリタイア。復讐の魔女に見惚れていたリクも力が緩んでいて遂に扉を突破されてしまった。

「うぐ!?」

 裸の魔導人形少女に押し倒されたリクは首を絞められる。

「こ、いつ」

 少女の姿とはいえ箍が外れた魔導人形の力は強く、ギリギリと首の皮が捻られていく。

 酸素が奪われていき、目の前が白くなっていく。引き剥がそうとした手にも力が無くなっていく。

 もうダメだとリクが思ったとき魔導人形少女が吹き飛んだ。

「ご無事ですか、ご主人様」

 その声に意識を失いかけていたリクは覚醒して立ち上がった。

「ベルベットなのか?」

 何かで身体が震えるリク。

「お久しぶりです。ご主人様」

 三千年ぶりに再会したベルベットは健気に微笑むが、頬を伝う涙は抑えられなかった。

「会いたかったぞ」

「私もです!」

 ベルベットはリクの胸に飛び込み、リクは彼女を強く抱き締めた。まるで恋人同士のような光景。これには天の川の二人も勝てないだろう。

「何、イチャコラしてんだあ!?」

「ぐへッ!?」

 リクの背中に復讐の魔女の蹴りが入る。

「周りを見なさいよ! 私たちは囲まれてんのよ!?」

 復讐の魔女は拳銃でアルは巨大なスパナで魔導人形たちの頭を吹き飛ばしていく。

「復讐の姉ちゃん! ここはもうダメっすよ。街から逃げるべきっす!」

「それもそうね。ベルベット戦える?」

 ベルベットはメイド服の裾を摘まんで一礼。

「このベルベット、皆様をお守りするために全力を尽くします!」

 ベルベットの答えに復讐の魔女は満足げに笑う。

「さあ行くわよ!」

 復讐の魔女は扉を蹴破り通りに出る。

「あなたは」

「おはよう魔女のお姉ちゃん」

 昨晩の死族の男の子が居た。

「仕事は順調かしら?」

「お陰さまでね」

 復讐の魔女の皮肉に男の子は笑って返す。

「魔女のお姉ちゃんは皆を助けたい?」

「昨日も言ったでしょう。私は魔女を殺したいだけ。でも傀儡の魔女はもう街に居ないでしょう。だって居なくても魔導人形が勝手に殺してくれるから。完璧な作戦ね」

「傀儡の魔女は確かなものしか信用しない」

「……何が言いたいの?」

「もしかしたら街の住人が全員死ぬまでどこかで見ていると思うよ。例えば街を見渡せる高い場所とか」

 男の子は意味深に笑う。

「何してるんだ? 早く逃げるぞ!」

「分かってるわよ」

 リクに促されてアルに先導されながら復讐の魔女たちは街の出口へと駆けた。

「酷いな」

 通りでは殺された人々が乾かぬ血溜まりに倒れ死屍累々の光景となっていた。それを量産しているのは様々な姿をした魔導人形たち。リクたちは彼らから逃れるため戦う。

「もうちょいで着くっすよ」

 門が目前にまで見えてきた。

「あれ? 復讐の魔女は?」

 今頃になって復讐の魔女が居ないことにリクは気付いた。

「復讐の魔女様は用事があるからと教会に向かわれました」

 ベルベットがリクの疑問に笑顔で答えた。


「まあ! 何て美しいんでしょう!」

 魔導人形によって生み出される鮮血と悲嘆の円舞曲を教会の鐘楼から見下ろしていた黒長髪の女性ーー傀儡の魔女は心を踊らせていた。

「おや?」

 傀儡の魔女は背後からの気配に気づいて振り返る。

「あなた、魔女ですね」

「ええそうよ。まったく、どんだけ高い鐘楼を建ててるのよ。疲れちゃったじゃない」

 鐘楼に愚痴るのは復讐の魔女

「それで何のご用ですか? 私は今忙しいのですが」

「世界を滅ぼすこと。その第一歩として、あなたを殺しに来たのよ」

 復讐の魔女が取り出した拳銃が火を噴き、傀儡の魔女の頭を穿つ。

「……もう、酷いですね。自己紹介もなしに撃ってくるなんて」

 傀儡の魔女はクスリと笑う。

「面白くない身体ね」

「そうですか? 死なない身体は便利ですよ」

 胸に穴が空いても魔導人形の身体の傀儡の魔女は笑みを崩さない。

「それで傀儡の魔女、あなたこそ何しに来たの? 最近は大人しかったのに」

「それは、最近面白いお誘いがありまして」

「誘い?」

 はい、と傀儡の魔女は両腕を広げる。

「魔女による世界の平定。とても楽しそうな響きでしょ?」

「魔女による大量殺戮じゃないの?」

「そうですね。私はそっちの方が好きですよ」

「狂ってるわね。それであなたを誘ったのって?」

「統火の魔女を筆頭に鉄鎖の魔女、蠱惑と蠱毒の魔女姉妹」

「……良くもまあ『罪人』ばっかり集めたわね」

「他にも魔女は集まりますよ。この祭りはそのための狼煙です」

「ふーん」

「そうだ! あなたも一緒にどうですか? 世界を滅ぼしたいのなら近道ですよ」

「却下」

 即答で傀儡の魔女に全弾撃ち尽くす。

「それが答えですか。残念です」

「なッ!?」

 傀儡の魔女が動いた。魔導人形が出せる最速は常人では目で追えない。数メートルが刹那で縮まり、右手の手刀が復讐の魔女の首を撥ね飛ばした。主を失った身体が崩れ落ちて血が噴水のように噴き出す。

「世界を滅ぼすなど大法螺を吹いたわりには雑魚でしたか。どおりで名前を知らなかったわけですね」












「それはあなたが雑魚だからじゃないの?」

「!?」

 傀儡の魔女は左腕を背中まで捻り上げられて床に組伏せられた。

「どうして生きているのです!?」

 苦しげな傀儡の魔女に復讐の魔女は嗤う。

「生きているのかですって? あなた"私をいつ殺したの"?」

「ちッ!?」

 バキンと音を発てて傀儡の魔女は復讐の魔女から逃れる。

「確かに便利な身体ね。躊躇なく腕を切り離すなんて。あなた前世はトカゲだった?」

 復讐の魔女は自分の手の中で動く左腕を気味悪そうに外へ放り投げた。

「……絶対に殺してあげますよ。人形たちの円舞曲(マリオネットワルツ)!」

 ガシャガシャと魔導人形たちが壁をよじ登り、傀儡の魔女に合流する。

「さあ! お人形さんたち、あの馬鹿な魔女を殺しちゃってください!!」

 復讐の魔女を取り囲んだ魔導人形たちが彼女を襲った。

「【過去に囚われし英雄(ザ・リベンジャー)】」

 傀儡の魔女の世界が変わった。復讐の魔女も魔導人形も消失して鐘楼ではなく、曇天の下に居た。

「お母さん」

 傀儡の魔女の足下から声が聞こえる。見下ろすと幼い白長髪の女の子がドレスの裾を引っ張っていた。

「どうして助けてくれなかったの?」

 女の子の顔が歪み目や鼻、口が黒い空洞になり、無数のネズミが湧いて出た。ネズミたちは傀儡の魔女の魔導人形の身体をバリバリと食い荒らしていく。

「痛い!? どうして! この身体に痛覚なんてないのに!?」

「これがあなたの、ねえ」

 復讐の魔女は傀儡の魔女の隣に立っていた。

「どうして、この子が? あなたは私の過去を知っているのですか!?」

「知らないわよ。でもこれだけは分かるわ。その女の子があなたにとっての後悔の鎖」

 復讐の魔女はネズミを産み続ける女の子の頭に銃口を当てる。

「!? やめーー」

「ばん」

 銃弾が女の子の頭を吹き飛ばした。


「シネ」


 傀儡の魔女の手刀が再び復讐の魔女を襲う。


「…………」


 だが既に傀儡の魔女に腕はなかった。ネズミによって喰い尽くされていた。

「アナタダケハユルサナイ」

「今のあなたに私は殺せない。その魔導人形(ニセモノ)の身体じゃあ魔力が弱いんでしょ? それならこの世界から逃げられない。あなたの後悔の鎖は、もう解くことが出来ない」

「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

「終わりよ傀儡の魔女」

 世界は鐘楼に戻っていた。

「……逃げたか」

 鐘楼から見下ろすと地面に打ち付けられた傀儡の魔女はバラバラになっていた。身体を捨てることで復讐の魔女の魔法から逃れたのだ。

 復讐の魔女は鐘楼を去る。

「あっ! 見つけたぞ」

 リクたちが復讐の魔女に合流する。

「探したぞ。それで魔導人形が止まったのは、お前が止めたのか?」

「そうだとしたら何?」

 復讐の魔女は仏頂面で横を通り抜ける。

「どこに行くんだ?」

「北に行くのよ。そこなら旧人類の兵器があるかもしれない。別にアンタは来なくても良いわよ」

 そういえば、とリクは思い出す。復讐の魔女は世界を滅ぼすため、リクは世界を救うため。二人は敵同士だ。ここで殺し合うか、別の道を進んでどちらかが目的を果たすまで生き続けるかだ。共に歩む道などなかった。

 リクは一緒に行こう、と言えなかった。

「復讐の魔女様は私たちの兵器をお探しなのですか? それなら北の連邦。いや、この時代では名称は変わっていると思いますので旧連邦ですね。そこには恐らくですがありますよ、兵器」

 突然話し出したベルベットにリクは唖然とする。復讐の魔女の方を見ると彼女も驚愕で口が閉じなくなっている。

「ま、待てベルベット。俺は初耳だぞ。それに復讐の魔女にその話はーー」

「いずれお話ししようと思っていましたし、復讐の魔女様には恩もあります。これからのためにも『新世界への抑止力』は知っていた方がーー」

「ベルベット! その話を詳しく!?」

「えッ!? 復讐の魔女様!」

 ベルベットが復讐の魔女に拉致られた。

「あいつはまったく。アル、行こうか」

「え? 私もっすか?」

「当たり前だろ。ベルベットが壊れたら誰が直してくれるんだよ」

「それもそうっすね!」

「な~にやってるのよ! 置いてくわよ!」

 こうして世界を滅ぼしたい魔女と世界を救いたい青年の旅路が始まった。



 「抜かりました」

 元の身体に戻った傀儡の魔女は悔しげに呻く。

「もう、そんな顔しないで。お姉さん悲しくなっちゃう」

 彼女に抱擁するのは男の全てを魅了するナイスボディーの女性ーー蠱惑の魔女。

「傀儡の魔女がやられるなんて。その魔女は強いの?」

 拷問器具アイアンメイデンから聞こえるくぐもった声の正体はーー鉄鎖の魔女。

「………………」

「もう相変わらずクールだね蠱毒ちゃん」

 無言で仮面とローブの毒と蟲を使役する蠱惑の魔女の妹ーー蠱毒の魔女。

「まあ誰であろうと構わない。そいつも消し炭にするだけだ」

 嗤ったのは紅長髪の女性であり『罪人』の魔女を率いる者ーー統火の魔女。

「さあて始めようか。魔女たちの世界を作るために」

 五人の魔女は高らかに嗤った。積まれて山となった何千の人間の死体を囲んで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ