二人の目的
目的地である玄関の扉を開ける。
「アル、居る?」
復讐の魔女に続いて中に入ると工業用油の臭いが襲った。
「相変わらず汚いわね。掃除しろって言ったのに」
復讐の魔女は顔を不機嫌そうにしかめ、床に落ちていた何かの金属パーツを蹴飛ばす。
「足の踏み場もないじゃない、まったく。アル、居ないの~?」
「おお! 復讐の姉ちゃん来てたんっすか」
部屋の奥から現れたのは緑のつなぎを着たポニーテールの女の子だった。
「アル、あなた臭い」
「ハッハッハッ。それは仕方ないっす。今は書き入れ時っすから」
豪快に笑う女の子。
「紹介するわ。このちっこいのがベルベットを直してくれる――」
「夢はでっかいけどな! アルって言うっす。よろしくっす!」
「あ、ああ。俺はリクだ」
アルはリクの手を握り、ブンブンハンドシェイキング。
「それで何のようっすか、復讐の姉ちゃん?」
「あなたに仕事を頼みたいのよ」
「良いっすよ。報酬はいつも通りっすね」
アルはうきうきと部屋の奥へと消える。
「はあ、あの子、腕は良いんだけど」
復讐の魔女は疲れたように首を振る。
「ほら、ベルベットを裏の工場に運びなさい」
リクは指示に従って一度外に出て、リアカーを小さな工場に入れーー
「何だよ、ここ!?」
工場の明かりに照らされたのは下は十才ほど上は三十代と思われる床で眠る十数人の裸の女性たちだった。
「ん? どうしたんっすか兄ちゃん?」
その中で平然と作業の準備をするアル。何か犯罪臭しかしない。
「お前これ」
「何を驚いているのよ。これ全部魔導人形よ」
「この女性たちが? ていうか何だよ、魔導人形って?」
「魔法で動く人形。アルはその中でも娼婦専門の魔導人形師だもの」
「……はあ? ベルベットを彼女に頼むのか?」
「? 何か問題なの? ベルベットだって綺麗に作ってもらった方が喜ぶでしょ?」
「まあ、そうだが……変な風にならないよな」
「大丈夫よ」
復讐の魔女は悪役のように嗤う。
「もし変な機能を付けようとしたらズドンよ」
「復讐の姉ちゃん。拳銃は仕舞ってくださいっす」
「あなたが要望通り仕事をしたらね。さあ私も手伝うから早くやりなさい」
「俺は?」
「アンタしかベルベットの構造を知らないんだから働くのよ」
「それもそうか」
こうしてリクたちは一週間をベルベットの新しい身体の製作に費やした。
「ふう、疲れた」
「ご苦労様」
工場から戻ったリクを迎えたのはソファに座って酒瓶をあおる復讐の魔女。
「アルは?」
「明日の昼まで最後の調整だってさ……お前酒飲めたのか?」
「酒ぐらい飲めるわよ」
「でも、お前未成年だよな?」
「……アンタ本気で言ってるの?」
はあ、と復讐の魔女は溜め息を吐く。
「アンタ、私がいくつに見えるの?」
「……十七、八」
「七十は超えてるわよ」
「おばあちゃんだな」
「ああん?」
「何でもないです」
これ以上何か言ったら塵にされそうだ。
「アンタ本当に何も分かってないのね。魔女は見た目より年寄りなのよ。強いほど、よりね。私はこれでも若い方よ」
「……なあ、魔女ってどうやったら成れるんだ?」
リクは自分の時代では創作物でしかなかった魔女について知りたかった。もしかしたら彼の目的の邪魔になるかもしれないからだ。
「私のこと知りたいの?」
復讐の魔女は酒で染まった赤い頬で微笑む。
「まあ、そうだな」
「別に良いわよ。私、今は気分が良いの。さあ座ったら」
復讐の魔女は自分の隣に手招く。リクは素直に座る。
「それで魔女の成り方だったかしら?」
「ああ。お前たちはーー!?」
リクの唇を復讐の魔女のほっそりとした人差し指が塞ぐ。
「ギブアンドテイク。私が情報を与える代わりにアンタも私に情報を貢ぎなさい」
「俺の情報?」
「そうよ。アンタの知らない魔女。私の知らない旧人類。平等にいきましょうよ」
ふう、と吹きかけられた吐息は、とても酒臭かった。だがワイシャツとハーフパンツ姿の復讐の魔女は酒のせいもあって艶かしかった。というか第二ボタンまで開けてると胸が――
リクの頭はふらつき出す。
「魔女になる方法は魔導の才があり、強い思いを抱いたまま死と出会うこと。良い? 死んではダメよ。あくまでも死の瞬間を迎えるだけ」
「お前が復讐の魔女になった理由はーー」
「ギブアンドテイク」
復讐の魔女はリクを遮る。
「次は私よ。旧人類--アンタたちが滅んだ理由は?」
「戦争をしたからだ。たぶんもう二度と無いような大きな戦争だ。ギブアンドテイク、復讐の魔女になった理由」
「両親が魔導師狩りで殺されたのよ。そのときに私も殺されるはずだった。だけど復讐心が私を魔女にした。ギブアンドテイク、戦争に使われた兵器は?」
「新型戦車に旧艦砲による射撃、空爆、核兵器にICBM、そして衛星レーザー。ギブアンドテイク、お前の目的は?」
「世界を滅ぼすこと。タダの人間も魔導師も他の魔女も賢人も愚人も居るなら神様も。そして最後に自分を殺す。それで平等になるわ」
「そんなの無理に決まってる!」
リクの反駁に復讐の魔女は嗤った。
「無理? 全滅秒読みまでいったアンタが何言ってるのよ。さあ続きよ。ギブアンドテイク。世界を滅ぼせる兵器はどこにあるの?」
「……分からない。俺は三千年眠ってたんだぞ」
「それもそうね」
「俺の番だ。ギブアンドテイク、魔女は何人居る?」
「さあね。たくさん居るとしか言えないわ。今このときも生まれる魔女、死んでいく魔女がいるから。私が知っているのは五人ぐらいかしら。ギブアンドテイク、兵器を作ることは出来るの?」
「俺には出来ない。だが知識と技術と資材があれば……可能だと思う。ギブアンドテイクお前の復讐の魔法って具体的には?」
「教えてほしい? 後悔しない?」
妖しく微笑む復讐の魔女。生唾を呑み込んだリクは頷く。
「答えは地獄よ」
その言葉でリクの世界は一変した
曇った空は赤黒く、火の粉が降り注ぐ。コンクリートのビルが次々に崩れていく。道路のアスファルトにヒビが入り、車輌が落ちていく。近くで燃える街路樹の炎が肌を焼く。遠くで閃光と爆炎が人々を悲鳴と共に薙ぎ払っていく。足下は潰れた骸たちと流れ出た血。その一つがリクを見ていた。
「へえ、これがアンタの、ねえ」
復讐の魔女が隣に立っていた。
「もういいわね。アンタが死にそうな顔をしているから」
復讐の魔女が指を鳴らすと全てが元に戻っていた。
「お前はーー」
「ギブアンドテイク。アンタの目的は?」
放心していたリクだが一度自分の頬を叩くと意思のある瞳で言った。
「今みたいな世界を、もう二度と繰り返させないことだ」
「そう。ならアンタと私は敵同士ね」
「俺を殺すか?」
挑戦的な強い瞳のリク。彼に恐怖がないと言えば嘘であるが、それ以上に彼は平和を望んでいた。だがそれを復讐の魔女は鼻で笑う。
「まさか。アンタみたいな貴重なサンプルを殺すわけないじゃない……アンタが死にたいなら別だけど?」
「俺は死ぬわけにわけにはいかない」
「それなら利害は一致しているのかしら」
「かもな」
「じゃあよろしく"魔女の僕"くん」
「よろしくしないんじゃないのかよ。まあ、こちらこそよろしく。あと俺はお前の僕じゃない」
「あ、そ」
復讐の魔女はおもむろに立ち上がると玄関の扉を開く。
「おい、どこに行くんだ? そんなふらついた身体で」
「夜風に当たってくるのよ。酔いざましには、ちょうど良いわ」
復讐の魔女は一度あくびをすると夜の街に出る。そして周りを見渡し人々の往来が少ない路地へと向かう。
「今日は満月が綺麗ね」
路地を照らす魔力で光る魔法灯の人工的な明かりも好きだが、やはり自然の照明には勝てない。
「それで私に何の用なの?」
復讐の魔女の言葉に反応したのは路地の闇から姿を現した町人の格好の男の子だった。
「これは珍しいね。他にも魔女が居るなんて」
「あなた何者? タダの人間では無さそうだけど」
「僕は死族だよ、魔女のお姉ちゃん」
男の子の言葉に復讐の魔女は警戒の色を濃くする。
「死族が何の用よ。この街を滅ぼしに来たの? それとも私かしら?」
男の子は首を振る。
「どっちでもないよ。僕は死族本来の仕事をしに来たんだ」
「死族本来の仕事?」
「そうだよ。死者の魂が彷徨い、生者を襲わないように転生の道へ誘う仕事」
「そう。あなたみたいに真っ当な死族も居るのね」
そこで復讐の魔女は疑問に思った。
「この街の住人が何人か死んだぐらいで死族は出張ってくるの?」
「何十人も無念の死を遂げれば街は死霊で溢れるよ」
「……さっき、他にも魔女が居るって言ったわよね?」
男の子は頷く。
「それは誰? そいつこそが街を滅ぼそうとしているの?」
「聞いてどうするの? 魔女のお姉ちゃんは止めるの? タダの人間を救いたいの?」
「馬鹿言わないで。こんな人間の街なんてどうだって良い。ただーー」
復讐の魔女はフッと笑う。
「ただ胸糞が悪くなるから私の計画を邪魔する魔女を殺したいだけよ」
そこで男の子はクスリと笑う。
「魔女のお姉ちゃんは良い魔女だね」
「はあ? あなた私の話聞いてたの?」
「傀儡の魔女。それが魔女の名前だよ」
「!? それ、本当なの?」
「嘘は吐かないよ。魔女のお姉ちゃんは良い人だから。街のことは僕に任せて、明日の朝までには逃げた方が良いよ」
それだけ言い残すと男の子は路地の闇に消えた。
「……不味いことになったわね」
復讐の魔女は空を仰ぐ。今夜の満月が不気味に輝く。