死の明けた朝
「ん、ん」
鼻腔を擽る甘く香ばしい匂い。
「へえ、それは大変でしたね」
「ですが、私はこの旅がとても楽しいです」
声が聞こえる。
リクの意識が声に引っ張られて彼は目を覚ます。
「何かふわふわだな」
リクは重たい身体が何かに包まれているのを感じた。
「ソラ、じゃないよな」
自分の膝で小さな寝息を立てるネズミ少女は人の姿であり、ふわふわしていない。
「でも、何か気持ち良いな……うおッ!?」
うつらうつらとするリクの顔をベロリと何かが舐めた。
驚いて身体を起こすと、黒い毛に包まれた赤い瞳がリクを見ていた。
「墓守の魔女のチャーチグリムか~。驚かさないでくれよ」
リクが胸を撫で下ろすとチャーチグリムは不思議そうに首を傾げて、ハアハアと息をする。
「ん~ん。おはようございます、リクさん」
まだ、寝惚け眼のソラ。
「おはよう、ソラ。え~と、これはどういう状況?」
「グルさんはリクさんがお好きなようです」
微笑むソラ。いつも何かに怯えている彼女だが、リクよりも大きなチャーチグリム--グルという名前らしい犬を怖がらないのは同じ動物だからだろうか?
「あ、起きました?」
リクに声をかけたのは黒衣にエプロン姿の墓守の魔女。
「おはようございます、ご主人様」
ベルベットの手には大皿に載った湯気の発つ料理。
「さあ、朝御飯にしましょう!」
墓守の魔女は手を叩くと微笑んだ。
「と、いうことで。ご飯を食べ終わったら皆さんにもお仕事の手伝いをしてもらいます!」
墓守の魔女がスプーンを指揮棒のように振って言った。
「嫌よ、めんどくさい」
そう返したのはバターが溶ける食パンをかじる復讐の魔女。
「今回、こんなに死者が起きてしまったのは魔女である復讐の魔女さんのせいでもあるんですからね!」
「はあ? 前からここは死者が甦るんでしょう? 何で私のせいなのよ!?」
「いつもより多いんですよ!? 土地の魔力を調べたら異常に増えてるんです!」
「そんなの知ったこっちゃないわよ。死体を埋めるのは、あなたの仕事でしょ!」
ぎゃあぎゃあ、と朝から騒ぎ出す二人の魔女。
「手伝いくらい良いんじゃないのか? 墓守の魔女のおかげで俺たちは墓の下じゃないわけだし」
「それは墓守の魔女の職務怠慢でしょ! 埋めたんならさっさと成仏させなさいよ!」
「私の仕事は成仏させることじゃないんです! 成仏するまでの間、お墓を守るのが仕事なんです!」
睨み合う復讐の魔女と墓守の魔女。どうやら反りが合わないらしい。
「復讐の魔女様、私は墓守の魔女様の手伝いを望みます。させてください」
意外なことにベルベットが復讐の魔女に強く当たった。
「どうしたのベルベット? 何か理由があるの?」
「似ていると思ったのです、眠る人々を守り続けるという墓守の魔女様の仕事が。ですので協力したいのです」
ベルベットの言葉に復讐の魔女はチラリとリクを見た。
ベルベットは旧人類の崩壊した世界が再生するまで硝子の棺で眠り続ける彼ら、彼女らを守り続けるアンドロイドの一体だった。他の旧人類は姿を消し、アンドロイドたちは動かなくなってしまったようだが、ベルベットだけは三千年の間、リクを守り続けた。だから共感したんだろう。
「本当にベルベットは人間よりも人間らしい魔導人形ね」
「やはり、おかしいでしょうか?」
「私はあなたのそこが好きなのよ」
復讐の魔女はクスリと一度笑うと、表情を正す。
「仕方ないわね。一日だけ協力してあげるわ」