無限の墓標
月夜の明かりを奪う厚い雲。
「着いたわ、ここが墓場の街よ」
復讐の魔女たちは数え切れないほどの十字架が林立する闇の大地に立っていた。
「馬が怖がってこれ以上は進めません。迂回したほうがよろしいのでは?」
御者台のベルベットが提案する。
「今日はここで休みましょう。ここは魔力に満ちてるから調子が良いの」
「ソラもか?」
「はい、リクさん。でも別の何かもたくさん居ます」
ソラはリクに隠れて怯える。
「皆さんは馬車の中でお休みください。私が見張りに立ちますので」
皆、疲れていたのだろう。ベルベットの言葉に素直に頷いた。
だが、眠りはすぐに妨げられる。
「皆さん、怪しい集団が近付いています」
「戦闘準備」
復讐の魔女の言葉に全員身構える。
馬車の幌の隙間から外を覗く。
「灯りが近付いてくるな」
「あの速さだとあっちも馬車ね」
「どうするんすか?」
「私の考えが正しいなら害はないわ。このまま大人しくしてましょう」
復讐の魔女の言う通り、馬車は一度隣に止まったが、すぐに去っていった。
「御者台に居た奴、同業者かって言っていたな」
「今の馬車は死体を運んできたのよ。だから私たちの馬車も同じだと勘違いした」
復讐の魔女は幌馬車から降りると、去った馬車を追う。リクはベルベットとアルに幌馬車を任せて後を追いかける。
「居たわ」
復讐の魔女が姿勢を低くして窺う先をリクも見た。
闇夜に目が慣れてくると三人の人影が浮かび上がる。
「本当に良いんですか?」
「良いんだよ。俺は五年もこの仕事をやってるが罰なんて当たったことねえ」
「早くしろ! 墓場の主に見つかる前に退散するんだからな」
人影は男であるらしく、馬車から大きな荷物を捨てている。
「あいつらが捨ててるのって」
「間違いなく死体でしょうね」
「酷い奴らだ。投げ捨てて野晒しのままなんて」
「すぐに埋めてもらえるわよ。あの男たちが言ってた"墓場の主"に」
男たちは死体を捨て終わると逃げるように闇に消えた。
「また、灯りが近付いてきた。あれは、人か? 隣に居るのは犬っぽいが」
「犬ですって!?」
復讐の魔女が声をあげる。
「どうしたんだ?」
「アンタ知らないの? チャーチグリムよ。墓を守る番犬。襲われたらひとたまりもないわ!」
逃げるわよ、と復讐の魔女が踵返す。リクも逃げようとしたときに一度振り返る。
「!?」
真っ赤な二つの瞳がリクの背後に迫っていた。
「くッ!」
リクは前を向いて駆け出す。
だが、番犬の方が速かった。
成人男性の体躯を遥かに越える番犬が容易くリクを地面に組伏せる。
「グルルル!」
大きな顎がリクに唸り声をあげる。赤い瞳は怒りに染まっていた。
「リクさんを食べないで!」
リクの服に隠れていたネズミ姿のソラが飛び出して番犬に噛みつく。
「グオン!?」
痛かったのだろう。番犬はリクから離れて自らの身体に噛みついているソラを首を回して捕まえようとする。
チュウ、とソラが振り飛ばされた。すかさず番犬はソラを狙う。
「ソラ!」
リクが転がるように駆け出す。そしてソラを胸に抱えた。
「!?」
番犬の大きな顎がリクの頭に開いていた。