剣の戦場
「……何とかなりましたね」
救済の魔女は未だ震える腕の錫杖を下ろす。
「耐えたか」
剣姫の魔女は中段の構えで動きを停止する。
「これが『大英雄』の魔法!?」
リクは驚愕する。
救済の魔女の後ろに居た復讐の魔女たちは無事だが、周辺は地面が抉られてクレーターのようになっている。救済の魔女が居なかったら肉片一欠片も残らなかっただろう。
「ちょっと救済の魔女、あれとどう戦う気よ?」
復讐の魔女は嫌気で顔を歪ませる。
「剣姫の魔女から、あの禍々しい剣を手放させてください。彼女の持っている剣が『狂気化』の原因です」
「魔剣なの?」
「いえ、ですが曰く付きであることには変わりありません。本来の彼女なら絶対に、あの剣を鞘から引き抜くことはないぐらいですから」
救済の魔女は額の汗を拭う。
「先に言っておきます。先程の攻撃は後一回しか防げません。そのため魔力を温存するために皆さんの安全を約束出来ません。ですから、ふーちゃん、頼めますか?」
「あなた、私の魔法を知っているくせに」
「ふーちゃん、『狂気化』してしまう理由覚えていますか?」
「思いが薄れること」
「思いが薄れる?」
復讐の魔女の言葉にリクは問う。
「魔女になる方法を教えたでしょ。魔導の才があり、強い思いを抱いたまま死と出会う。魔女であるためには、その強い思いを持ち続けなくちゃいけないの」
「持ち続けられないとどうなる?」
復讐の魔女は顔を引き吊らせて嗤う。
「悪魔に堕ちる。剣姫の魔女もじきになるわ」
『悪魔化』リクも破断の魔女が悪魔に堕ちるところを見ている。そのときは救済の魔女が救った。だが、今回は救済の魔女から余裕を感じられない。
「救済の魔女でも剣姫の魔女が『悪魔化』したら止められないのか?」
「無理ですよ、リクくん。『狂気化』している彼女のことでさえ防戦一方です」
この中で一番強い救済の魔女が勝利を放棄した。それなら誰が剣姫の魔女を倒せる?
「だからこそ、ふーちゃんの魔法です」
「……そういうこと」
復讐の魔女は苛立たしげにだが納得する。
「それならどうにか隙を作って。そうじゃないと私の魔法は効かない」
救済の魔女は一度躊躇い、決断する。
「破断、戦えますか?」
救済の魔女の言葉に破断の魔女は強く頷く。
「うん! ままのためなら!」
「剣姫の魔女が動くわよ!」
復讐の魔女の声で救済の魔女は再び錫杖を構える。
「けんきのまじょ、わるいやつ。ままをきずつけるな!」
破断の魔女が鉈を片手に駆け出す。
「貫け【鋳造の剣】」
剣姫の魔女が禍々しき剣の切っ先で破断の魔女を指し示す。
「!? がはッ!?」
天から降った一振りの鉄の剣が破断の魔女を刺し貫いた。
「破断!?」
「だいじょうぶだよ、まま」
駆け寄ろうとする救済の魔女に破断の魔女は笑ってみせた。
「このぐらい、こわくない!」
破断の魔女は自分の腹から出ている柄を握り締めると、ズブズブと引き抜く。
「正気か、貴様?」
剣姫の魔女は驚きもせずに破断の魔女を冷たく見下ろす。
「わたしはつよくない。だけど、このばけもののからだで、ままをすくえるなら、わたしはがんばれる」
「そうか。貴様には守りたいものが居るのだな。恨めしい」
剣姫の魔女は切っ先を天に向ける。
「ならば、その思い、我が剣で壊してやろう」
剣姫の魔女の何もない頭上に剣が錬成されていく。その数、十や二十じゃきかない。
「【鋳造の剣】」
加速した剣が破断の魔女を襲う。
「うがああああ!」
破断の魔女は鉈を持つ右腕を振り、剣を叩き割っていく。
「うぐ」
だが、全てを壊せない。
数本が破断の魔女を貫く。それも破断の魔女は引き抜く。
「たおす! ままのてきはたおす!」
「鬱陶しい」
再び錬成された剣が切っ先を破断の魔女に向けて放たれる。
「【死へ誘う鉤爪】!」
包帯が巻かれていた左腕が肥大化し、黒く巨大な鉤爪に変わる。そして全ての剣をバラバラに破壊する。
鉤爪が次に狙ったのは剣姫の魔女本人。
破断の魔女は左腕を振り上げる。
「これでおわり!」
「……甘いな」
破断の魔女の鉤爪より剣姫の魔女の飛来する一振りの剣の方が速かった。
だが、破断の魔女を貫くはずだった剣は宙で砕け散る。
それに気付いた剣姫の魔女は急激に身を捩り、鉤爪をかわした。
「お前か」
剣姫の魔女が睨み付けた先に居たのは、彼女を嘲笑う復讐の魔女。
「鋳造って言うくらいだから、まさかとは思ってたけど銃弾で砕けるなんて柔ね、あなたの剣は」
「確かに鍛造品には遥かに劣る強度だが、鋳造の良さは数にある」
剣姫の魔女は禍々しい剣を掲げた。
「【剣の戦場】」
錬成された無数ともいえる剣が次々に中庭に突き刺さる。そして、気付いたときには自分と復讐の魔女たちを囲う剣で出来た闘技場が完成していた。
「さあ、こい」
剣姫の魔女の右頬は黒く闇に染まっていた。