大英雄
「うーん。良い天気ね!」
工業の街から出ると黒煙は晴れて二日ぶりの陽射しが眩しく降り注ぐ。
「元気だな、お前」
「何言ってんのよ。私はいつもこんな感じよ」
リクに微笑む、とても機嫌の良い復讐の魔女。
それもそのはず。彼女の腰の麻袋には市長から貰った事件解決の報酬がドッサリ。工業の街は発展しているので全て金貨の上に復讐の魔女はリボルバー拳銃一式を贈与された。
「ベルベットさん、腕の調子はどうっすか?」
「はい。おかげさまで稼働に支障はありません」
ベルベットは破断の魔女との戦闘時に壊されてアルに修理してもらった左腕の調子に満足する。
「べるべっと、ごめんなさい」
破断の魔女がすまなそうに頭を下げる。
「大丈夫ですよ。破断の魔女様も、お身体は良いのですか?」
「うん! もういたくもこわくもないよ!」
ベルベットが頭を撫でてやると破断の魔女は明るく笑う。だが、未だに悪魔の宿る左腕は包帯が巻かれている。
「皆さ~ん! 馬車を頂いてきましたよ!」
幌馬車の御者台で二頭の馬を操るのは純白の絹のローブを着た救済の魔女。
「そう。じゃあここでお別れね。アドゥー!」
笑顔で救済の魔女に手を振る復讐の魔女。
「? 何を言っているんですか? ふーちゃんたちも一緒に次の街に行くんですよ」
「……何でよ?」
「少し、知り合いに会わなければならなくなりまして」
「勝手に会いに行きなさいよ。もうこれ以上付き合うつもりはない」
「『大英雄』に会いたくないですか?」
「……あなた、どんだけ顔が広いのよ」
「四百年も生きていたら嫌でも増えますよ」
救済の魔女は苦笑する。
「何だ、『大英雄』って?」
二人の会話に入れなかったリクはアルに問う。
「救済さんの『英雄』の更にその上、『大英雄』は魔女たちの中の最上級の敬称っす。確か千年以上は生きているとか。そうとう強いらしいっすよ」
「千年以上……」
もしや、とリクは思った。
千年以上生きる魔女が居るならばリクやベルベットが居た三千年前のことを知っている魔女も居るのではないだろうか?
「なあ、救済の魔女さん」
「救済の魔女で良いですよ。敬語もなしで」
「え? じゃあ救済の魔女」
「何ですか?」
救済の魔女は微笑む。
「これから会いに行く『大英雄』は何年生きているんだ?」
リクは意を決して聴いた。救済の魔女は最初は不思議そうな顔をしていたが、リクの考えに気付き、首を振る。
「剣姫の魔女の年齢は約千三百才です。リクくんの時代のことは分からないと思います」
「そう、か」
驚くほど長生きしている。だが、三千年には程遠い。
期待していただけにショックは大きかった。
「ですがリクくん。もしかしたらリクくんのことを知っている魔女も居るかもしれませんよ。私の知り合い……とはあまり言いたくないですが、一番上は二千年以上生きています。ですから悲観しないでください」
「そうですよ、ご主人様。アンドロイドであった私ですら三千年は稼動したのです。魔女という存在の方々ならば可能性は大きいですよ!」
二人に慰め励まされたリクは二人に礼を言う。
「ほら、早くしなさいよ! 陽が暮れちゃうじゃない!」
先に馬車に乗った復讐の魔女が苛立たしげに言う。
「何をそんなに焦ってるんだ?」
リクの言葉に復讐の魔女は彼を睨み付け、しかし嗤った。
「私の両親を殺したのは『大英雄』なのよ」