彼女の怒り
小さく、だが落ち着いた寝息に救済の魔女は微笑む。
「悪魔は?」
復讐の魔女の言葉に救済の魔女は目を伏せて首を振る。
「もう居ません。ですが、呪いの一部は残っています。いえ、残さざるを得なかった」
破断の魔女の左腕は肥大した黒い鉤爪のままだった。
「この子は悪魔の呪縛によって死ねなかった。でも、それはこの子を生かし続ける祝福でもあった」
救済の魔女は顔をあげる。
「私は、私はこの子を育てようと思います。良いですか?」
「私に訊いてどうするのよ。勝手にしたら」
「でしたら、今日からふーちゃんはお姉ちゃんですね!」
「前言撤回。捨ててきなさい」
「いやですよ~」
救済の魔女はクスリと笑った。
「終わったのか?」
避難していたリクたちが合流する。
「ちょうど良いところに。この子をホテルまで運んでくれますか? 私は市長さんに事件が解決したことを報告しに行きますから」
復讐の魔女たちがホテルへ向かうのを見届けると、救済の魔女は踵を返し、路地を進む。
「追跡」
瞳が淡く光る。感覚が鋭敏になる。
すべてが明るく見える。
微かな臭いも鼻腔を貫く。
「そこですか」
救済の魔女は立ち止まると、指で拳銃の形を作って何もない虚空に向ける。
「狙撃」
光の銃弾が指先より放たれ――
「がッ!?」
何かを貫いた。
救済の魔女は何かに近づくと、荒々しく蹴り上げた。
何もない路地を転がったのは一人の男。
「透明化のマント。魔道具ですか。魔導師、いや、西部の国の技術ですね。あそこは魔法が嫌いなのに使うのは好きなんですね」
「科学と言ってもらおうか。そのうち、我々が、お前たち魔女も殺す」
肩を撃たれて脂汗を流す男。救済の魔女は冷たく見下ろす。
「あなたが、あの子を操っていたのですか?」
「あの魔女か? ああ、そうだよっ。たく、出来損ないめ」
救済の魔女は男の襟首を掴み、持ち上げる。
「悪魔を作り出すことは禁忌ですよ」
「それはお前らの考えだろ」
苦し気ながらも男は救済の魔女を嗤う。
「何をする気ですか? 悪魔など只人の手に負えないというのに」
「お前ら魔女に言うわけないだろう? お前らは全人類の敵だ。滅んじまえ!」
不気味に笑い出す男。救済の魔女は手を放す。
「そうですか。でしたら死んでください」
救済の魔女は錫杖を振り上げる。
違う。
彼女が掲げたのは戦場で使われるハルバード。
「死んでください」
救済の魔女はハルバードを振り下ろした。
「助けて」
その言葉に救済の魔女の動きが止まった。
「ははははは!」
男が嗤い声をあげる。
「本当に殺せないんだな! 馬鹿だな! 助けを求められたら憎い相手でも殺せないなんて!」
男は立ち上がると指差す。
「残念だったな、救済の魔女! 救済者は善人でいなくちゃいけない。殺人なんて大罪を犯せないもんな!」
「そうですね」
救済の魔女はハルバードを下すと、苦笑する。
「確かに”救済”の私では助けを振り払うことは出来ません。相手が例え罪人だとしても。ですが――」
そこで救済の魔女は冷笑する。すでにそこには聖女の優しさはない。
「知っていますか、罪人を救済する魔女もいることを?」
そういうと一瞬の光。
男が目を開けると、目の前に立っていたのは一人の軽甲冑姿の兵士。
「なんだ、お前その恰好は?」
「罪人への救済」
兵士はハルバードを横に構える。
「それは贖罪による救済」
「良いのか! 救済の魔女!? ここで俺を殺したら――」
ハルバードの刃が男の首を刎ね飛ばした。
「救済の魔女? はて、誰のことでしょう?」
驚愕に目を見開いた男の頭を見下ろす。
「私は罪人に裁きと贖罪の機会を与える”断罪の魔女”。救済ほど優しくないですよ?」
断罪の魔女は男の頭を掴み持ち上げると、嘲笑ったのだった。