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魔女たちの宴 ヴァルプルギスの夜  作者: mask
復讐の魔女
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機械の主人

 気絶していた少女が目覚めたときには太陽は既に沈んでいて周りは暗闇に包まれていた。

「Oきましたガ?」

 聞き取りにくい声に問いかけられる。少女は指を鳴らして小さな火を点けた。薄く浮かび上がった先には棺と、それに寄りかかる女性だった。

「寒グはnaいでジか?」

「あなた、もうーー」

 少女は女性が動けないことを知った。それでも微笑んで少女の安否を気にする彼女に少女は笑い返す。

「あなたこそダメそうよ」

「無理チsuぎちゃいまjiた」

「あなた、死ぬの?」

 女性は首を振る。

「わダしは生きデはいませんよ」

 女性は苦笑する。

「なら動かなくなるのね」

 女性は頷く。

「Waたしは本来ワ五百年しガ稼働出ギません。部品をあヅめて騙しdamasi修理して稼働ジてまジだ。でも部品もそゴをつiデ限界が来デしまった」

 棺で今も変化する数字は残り百八十秒だった。

「三千年もいっジョにいれダのに最後にボういヂど話をsiダかった」

 女性の目端から"涙"が頬に伝った。

「もう、少しだっ、たのに」

 女性の瞳が、ゆっくりと閉じようとしていた。

「お話ししましょう」

 少女の声に女性が反応して瞳が開く。

「数分の短い話よ。私が、こんな何もない東の果てに来た理由。あなた話すのが好きでしょう?」

 女性は何も言わない。だけど瞳は少女を捉えている。

「私は、ね。旅をしてきたの何十年も一人で。別に寂しくはなかったわ。誰かと馴れ合うつもりもなかったし、必要ともしてなかった。私には成し遂げたいことが有るの。果ての見えない私の願いを叶えるためには、それを見つけるしかないの。だけど西でも南でも見つからなかった。ただ戦争や差別が、死体や悲嘆が、狂気や偽善が転がっているだけだった。だから今度は東を目指して歩き続けた」

 そこで少女は微笑む。

「そこで貴女に会った」

 女性も微笑んだ。

「驚いたわ。こんな錆び付いた土地で生活している人が居たなんて、しかも人じゃないと来た。笑ちゃうわ」

 必死に笑みを維持しようとしていたが少女の笑みは疲れきっていた。

「貴女も旅をしてきたんでしょ? 私より長い時間をかけて。そこの棺の人に会うために。それなら今度は私と旅をしてみない? 三千年生きたなら、あと百年ぐらい私に付き合っても良いでしょ?」

「それは楽しそうな未来ですね」

 一瞬、女性に人間らしさが戻ったような気がした。だが瞳からは光が消えて、ただのガラス玉になった。

 あと二十秒。少女の頬に忘れかけていた温かいものが伝う。

「だから死ぬんじゃないわよ! もう少しで会えるのに諦めるなんて赦さないわ!」

 女性の命の灯火が消えかけているのを少女は感じたーー機械であるから表現が間違っているとは言わせない。目の前に居るのは誰がどう言おうと人間だ。

 少女は動かなくなった女性の手に自分の手を重ねた。

「あり、が、と」

 女性から発せられたであろう声だけが少女に届き、女性は止まった。

 刹那、ぷしゅーと大きな音を発てて白煙が部屋を白く染めた。

「ごほ、ごほ。久しぶりの空気は身体に悪いな」

 白煙が晴れて窓から顔を出したばかりの太陽が棺から目覚めた黒髪の青年を照らす。

「何処だ、ここ? 五百年経つと何が何だかさっぱりだ」

 青年はそこで自分を睨み付ける少女を見つける。

「君はーー」

「どうして」

 青年の言葉を少女が遮る。

「どうしてもっと早く起きなかったのよ!?」

 いきなり怒鳴られたが青年は怯まなかった。少女が自分の大切な機械(ひと)を大事そうに胸に抱いていたから。

「そうか、君がベルベットの最後を看取ってくれたのか。ありがとう。彼女に寂しい思いをさせずに済んだ」

 青年は悲しげに笑った。

 だが少女の怒りは収まらなかった。

「寂しくなかった? ふざけるんじゃないわよ!? この人は、あんたが目覚めて、あんたが笑って、あんたが一緒に話してくれるのを三千年待っていたのよ!!」

 この家屋はオンボロだが綺麗に掃除がされていて、しかも生活感が漂っていた。きっと女性は青年が何時目覚めても良いように準備をしていたのだ。三千年間ただただ彼に会いたいが一心で。何も応えない棺に語りかけ守っていたはずだ。

「それなのに寂しくなかったわけないじゃない!?」

 少女は吼えていた。ここまで感情的になったのは彼女にとって何時以来のことだったか。

「待ってくれ……三千年と言ったのか? それはおかしい。俺たちが眠るのは五百年のはずだ」

 男は困惑し、棺から出る。だが転けた。

「身体が鈍りきってるな。仕方ない身体を慣らさないと」

 そこでグーっと青年の腹の虫が鳴いた。

「先ずは飯からだな」

 青年が本調子を取り戻すまで三日かかり、その間青年と少女は一言も会話をせずに過ごした。

「それで、何してるの?」

 二人の間で久し振りに会話があったのは早朝のことだった。

「バラシて売れそうな物を売るんだよ」

 少女の問いかけに青年は返す。

「この時代の物の相場は分からないけど、何時の時代も質の良い金属やガラスは高く売れるから。その金で暫くは暮らす」

 青年は自分が眠っていた棺を工具で分解していた。

「そう」

 少女はそれだけ言うと再び毛布にくるまり眠りにつく。

「……なあ、そろそろ名前を教えてくれないか?」

 また流れ始めた場の静寂に堪えられなくなった青年は訊く。

「復讐の魔女」

 少女は答えた。

「……それが名前なのか?」

 青年はさすがに首を傾げることしか出来なかった。

「そうよ。私は復讐の魔女。それ以外に私を呼ぶ名はない。そう言うアンタは名乗らないの? 失礼な奴ね」

 嘲笑う少女ーー復讐の魔女に納得がいかなかったが、確かに自分だけ名乗らないのはおかしいと思った。

「俺はリク。よろしくな」

 リクは握手を求めるために手を出す。

「よろしくしないわよ」

 だが復讐の魔女は一瞥するだけで再び眠った。それにリクはムッとした。だから訊いた。

「お前の本当の名前はなんだ? そんな呼びにくい変な名前じゃないだろう?」

 それがいけなかった。

 リクの目の前で何かが爆ぜた。

「それは魔女である私に真名を教えろってことかしら、ああん?」

 ドスの利いた声でリクを睨む復讐の魔女。

「もしそうならアンタをここで殺さないといけなくなるけど、オーケー?」

 そして微笑んだ復讐の魔女。殺気を隠そうともせずに。

「……そんなに大事なのか?」

 これ以上機嫌を損ねないように恐る恐るリクは訊いた。

「当たり前でしょ。魔女にとって真名は魂と同等。知った名前で相手を支配することだって出来るのよ」

 分かった? と復讐の魔女は一度鼻を鳴らすと静かに目を閉じた。

「魔女って凄いんだな」

 リクは自分の時代には居なかった魔女という存在の特異さに感心して作業に戻る。

「………………?」

 そこでリクは気付いた。

「もしかして俺の名前も対象に入るのか?」

「当たり前でしょ。おめでとう"魔女の僕"くん」

 リクは騙されたことに気付かなかったことを大いに後悔した。

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