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魔女たちの宴 ヴァルプルギスの夜  作者: mask
破断の魔女
15/83

犯人

「ふう、ここまで来れば安全ね」

 復讐の魔女は息を整える。

「まったく、何十年経っても敵わないわ」

「待ってくださいっすよ!」

 復讐の魔女にアルとベルベットが追い付く。

「あら? よく追い付いたわね。少し本気で走ったんだけど」

「ベルベットさんに担いでもらったんすよ」

「はい。復讐の魔女様が速度を上げたので見失わないようにと」

「そう。なら、この三人で行きましょう。アル、あなたは只人なんだから気を付けなさいよね。真っ先に狙われるから」

「分かってるっすよ」

 アルは微笑む。復讐の魔女が自分のことを気にかけて守ってくれている心地好さに。

 三人は街を進む。

「今までで見たことない街っすね」

 アルが居た街では一軒一軒家屋があり、二階建てで敷地も広かった。それに対して、この街の建物は同じ煉瓦造りではあるが、五階建てもあり、しかし細い棒のような建物が隙間なく並べられているようだった。

「おそらく、人口に対して街の土地が狭かったのでしょう。ここは工業の街らしいので」

「成る程。人を呼んだは良いけど、その人たちが住めるほどの場所がなかったってことっすね」

 ベルベットの言葉にアルは納得する。

「二人とも、観光に来てるわけじゃないのよ」

 復讐の魔女が二人を諌めたとき、彼女はそれを見た。

「市長から家に帰るように厳命があったはずだ! ここに一人で何をしている!?」

 五人の街の憲兵がライフルを構えて、道の端で蹲っている誰かを囲んでいた。

「ううう。おうち、ない」

 復讐の魔女には相手がそう言ったように聞こえた。

「お、お前は誰だ! お前が犯人なのか!?」

 憲兵の一人が震える声で問う。

「わたし、だれ。わたし、わから、ない」

 少女の声で相手は言った。

「!?」

 その相手から黒い何かが沸き上がるのを復讐の魔女は見た。

 憲兵たちは気付いていない。

「ベルベット、あそこの憲兵を助けられる?」

「はい。魔導人形の身体なら。ですが、骨は覚悟してほしいです」

「死ぬよりましでしょーー!?」

 一発の銃声。

「あの馬鹿!?」

 恐怖のせいだったのだろうか。憲兵の一人が引き金を引いてしまったのだ。

「い、た、い。いたいの、きらい」 

 声の主が顔を上げる。

「いたい、の、こわい、の、しんじゃ、え」

 焦点の定まっていない黒瞳の少女がーー嗤った。

「ベルベット!」

 復讐の魔女が叫ぶ。

 ベルベットは石畳を割らんばかりの力で踏み、一瞬で少女と憲兵たちの間に割って入る。

 

 腕が宙に跳んだ。


 ボトン、と石畳に落ちる。


「ひいいいいい!?」

 腰を抜かしたり、恐怖で動けなくなる憲兵たち。

「皆様、ご無事ですか?」

「あ、あんた、腕が!」

 憲兵の言う通り、ベルベットの左腕は肘から先が消えていた。

「大丈夫です。私は魔導人形なので怪我のうちにも入りません。それよりも皆様はお逃げください」

「あんたらも気を付けろよ!」

 憲兵たちは身体を引き摺るようにして撤退。

「あれ、れ。きったのに。ちが、でな、い」

 ゆらりと立ち上がった十四、五才ほどの灰色ローブ姿の少女は不思議そうに小首を傾げる。その右手には血で錆び付いた刃の分厚い鉈。これが凶器で間違いないだろう。

「ベルベット、退がって!」

 ベルベットが後ろへ跳躍。すかさず復讐の魔女は鉈少女に発砲。

「うぐ」

 一発の銃弾を受けた鉈少女は怯んだが、復讐の魔女へ歩を進め始める。

「おなか、すいた。まじょの、しんぞう、たべる」

「喰われて堪るもんですか!」

 リボルバーに残っていた全弾を撃ち尽くす。

「いた、いよ。くるしい、よ」

 だが、全ての銃弾に身体を貫かれても鉈少女は止まらない。

「アル! あなたは救済の魔女を呼んできて! ベルベットはこいつを押さえて!」

 復讐の魔女の命令に二人は頷くと、アルは駆け出し、ベルベットは突貫した。

「たべれ、ない。いらな、い」

 鉈少女は近付いてきたベルベットへ鉈を振り下ろす。

 ベルベットは容易く避ける。無防備な脇腹に強烈な蹴りを喰らわせる。

 鉈少女が衝撃によろめく……それだけだった。

「復讐の魔女様、どうすれば?」

「悪魔に成っていたら私たちだけじゃ殺せない。ここで足止めして!」

 弾を込め終えたリボルバーを再び発砲。鉈少女の肩から血が飛び散る。

「いた、い。ころ、す。こわ、い。ころ、す」

 復讐の魔女の発砲。

「!?」

 だが、今度は鉈で弾かれた。

「チッ!」

 苛立たしげに再び撃ち尽くす。しかし、これも全て鉈によって遮られた。

 ベルベットが前に出る。

「じゃま、しない、で」

 鉈少女はやたらめったらに鉈を振りまくる。ベルベットはギリギリのところでかわし、鉈少女の隙に一打を加える。

「ぐるる」

 流石の鉈少女も魔導人形の攻撃を何度も受けては膝を付くことになった。

「止めを指しますか?」

 相手を見据えたままベルベットが問う。

「言ったでしょう。悪魔じゃ勝てないわ」

 復讐の魔女の額から一滴の嫌な汗が滴り落ちる。

 常人なら銃弾を何発も受けて大量の血を流し、ベルベットの攻撃で骨を何本も砕かれているはずなのに。


 鉈少女は立ち上がった。


「みんな、しんじゃ、え」


 ゾワリと背筋が凍った。


 本能が逃げろと警鐘を鳴らす。

 

 鉈少女を包む黒い何かが増大した気がした。


「ーー!?」


 見えなかった。


 ベルベットが気付いて振り返ったときには鉈少女は復讐の魔女の頭上に鉈を振り上げていた。

「ばい、ばい」

 にいーっと鉈少女が嗤った。

 命を刈り取るギロチンが振り下ろされた。

 

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