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魔女たちの宴 ヴァルプルギスの夜  作者: mask
破断の魔女
14/83

名前と契約

「ふーちゃんはどう思いますか?」

 市長の部屋から辞し、ベルベットとアルには先にホテルへ向かってもらった後、静寂が支配する街の中で救済の魔女は復讐の魔女に問いかける。

「何が?」

「今回の犯行です。只人がやったと思いますか?」

「そうだとしたら良いけど」

「何が良いんだ?」

 会話についていけないリクが訊く。

「被害者は全員が心臓を抜き取られていた。普通ならただの猟奇的犯行だけど。これがもし、魔導師や魔女の仕業なら面倒ってことよ」

「心臓を集めているってことか?」

 これには救済の魔女が答えた。

「はい。魔力というのは空気中にもありますが、生物の血液に多く含まれています。ですので魔導を志す者にとって血は大事なもので悪魔を呼ぶ儀式にも使用するくらいです。その中でも心臓は血液の象徴ですから昔は動物の心臓を捧げて悪魔から力をもらっていたんですよ」

 リクは思い出す。迷路の街で黒猫の魔女が猫たちの死体の中で強力な魔法を使ったことを。

「まあ今は儀式自体廃れてしまったので、そこまで気にしていなかったのですが、人の心臓となると何をする気なのか」

「大量の心臓を使って儀式をするなんて、一つに決まってんでしょ」

「まさか、ですよね」

 救済の魔女は苦しげに呻く。

「そのまさかよ。犯人は悪魔に成る気よ」

「人が悪魔に成れるのか?」

「心臓を喰えば、ね。幾つ喰えば成るかは知らないけど。魔導でもやってはいけないことがあるの。それをすると箍が外れて悪魔へと堕ちる。その一つが心臓を食べること」

「犯人は何でそんなことを?」

「私が知るわけないじゃないーー?」

 街灯だけの薄暗い街に笛の音がけたたましく鳴り響く。

「この音は憲兵の警笛です!? 例の犯人かもしれません。行きましょう!」

「面倒事じゃなければ良いけど」

 復讐の魔女たちは事件現場へと駆けた。


「嘘、だろ!?」

 リクは胃から湧き出るものを抑える。

 過去の戦場でも傀儡の魔女の事件でも大量の死体を見てきた。

 だが、この女性の死体は異質だった。

「右腕欠損行方不明。両足は膝関節で切り裂かれ、左腕には刃物から身体を守ろうとした無数の防御創。そして今回も心臓が肋骨ごと抉り取られています。遺体はまだ暖かく、亡くなってから然程の時間は経っていないと思われます。明らかに殺人による失血死です」

 現場検証を行った憲兵の報告に救済の魔女は頭を悩ませる。

「只人が短時間でここまで出来ませんよね」

「出来るんなら最悪だけどね」

 救済の魔女は覚悟を決める。

「ここからは私たちの仕事です。街の中とはいえ夜闇は危険です。憲兵の方々も安全な場所へ」

「よろしいのですか? この街はとても広いです。人手が必要なのでは?」

「ありがたいお言葉ですが、これ以上の犠牲は堪えられません。もし、犯人を見つけても逃げるように伝えてください」

 

「それでどうするの?」

 場所は事件現場から市長から与えられたホテルのロビーに変わる。

「どうしましょうね。犯人の姿を見た人はいないみたいですし、逃げ足も速い。事件が起こったとしても捕まえられるかどうか」

 救済の魔女は錫杖を握って小首を傾げる。

「私が囮になっても良いですけど。魔女を警戒する犯人だったら出てこないですし」

 チラッと救済の魔女がリクを見る。

「そうね。被害者は只人ばかり。魔導師や魔女を狙うほど馬鹿じゃないってことかしら」

 チラッと復讐の魔女がリクを見る。

「そうなると只人で協力してくれる方が居てくれると助かるのですけど」

 チラチラっと救済の魔女がリクを見る。

「居るかしらね。連続虐殺事件の犯人の前で囮になってくれる只人なんて」

 ガン見でリクを見て微笑む復讐の魔女。

「……やれば良いんだろ」

 リクは嘆息するしかなかった。

「ええ!? リクくんやってくれるんですか!」

「いやいや何ですか!? そのわざとらしい反応は!」

「大丈夫よ! 骨ぐらいは拾ってあげる」

「お前はド直球で俺に死ねって言うな!?」

「皆様、お食事の準備が整ったみたいです。食堂へ向かいましょう」

 ギャアギャア騒ぐ青年と二人の魔女を止めたのはベルベットだった。


 その晩は何事もなく、翌日の昼過ぎに復讐の魔女たち一行はホテルを出た。

「今から二組に分かれて街を巡回しましょう。街の人には家で過ごすようにと市長から言われているらしいので、街を歩いているのは私たちと憲兵の方々だけ。つまり、それ以外の人が居た場合は警戒してから接触するように」

 では、と救済の魔女はリクの腕に抱きつく。

「行きましょうか、リクくん!」

「えっ? 俺ですか?」

 ふふふ、と微笑む救済の魔女にリクは困惑する。

「私、とてもか弱いので男の子にエスコートしてもらいたいな~っと思いまして」

 頬を染めてリクに寄り添う救済の魔女。布越しからでも確かな女性の感触にリクはしどろもどろする。

「四百年生きてる怪力ババアが何言ってるのかしら」

 ぼそり、と呟いた復讐の魔女に救済の魔女は微笑む。

「ふーちゃん、後でデコピンですからね」

「さあ! アルとベルベット早く行きましょう!」

 ダッシュで復讐の魔女は逃げ出した。

「ご主人様、お気を付けて」

「死ぬんじゃないっすよ!」

 ベルベットとアルは復讐の魔女を追った。

「安心してください。何があろうと私がリクくんを守りますから」

「わ、私も、リクさんを、守る」

「ありがとう、救済の魔女さん……ええと、ネズミちゃん?」

 そういえばネズミ少女の名前を知らないとリクは思い出す。

「私に、名前は、ないです」

「でも名前がないのは不便だな」

「それならリクくんがつけてあげてはどうですか?」

「おれがですか?」

 救済の魔女の提案。

「はい。リクくんが親となり、この子が望むなら契約してあげてください」

「契約って何のことですか?」

「使い魔ですよ。リクくんと共に生きる家族」

「どうして俺に家族なんか。それにそういうのって魔導師とか魔女がすることじゃ」

 リクの言葉に救済の魔女はすまなそうに苦笑する。

「昨晩、ふーちゃんに訊いちゃったんです。リクくんの過去を」

「あいつが」

「あ、でも! ふーちゃんを責めないで上げてください! 私が無理やり訊いたんですから」

「いや、別にそれは良いんですが」

「だから、その。迷惑かもしれませんが、リクくんに繋がりのある家族を作ってあげたいと思いまして」

 リクが眠りについて三千年。彼の家族や知り合いが生きているわけがない。

 彼を守り続けてくれているベルベットはリクにとってどういう存在なのか。彼自身にも判断がつかなかった。

 名前。

 誰かに名前をつけるなど遠い昔にペットにつけたぐらいだ。

 リクは腕を組み、思案する。そして一度思いついた名前を口に出そうとして躊躇する。

 だが、その大事な名前をリクはネズミ少女に与えたかった。

「ソラ」

 リクは灰髪灰目の少女に目線を合わせて微笑む。

「ソラ。君の名前だ」

「ソラ。私の、名前」

 名前を呟いた途端、ソラが光に包まれる。

「なんだ……!?」

 収まった光の先に居たのは背が伸びたソラ。十歳ほどだった幼き少女が、十四歳ほどに一瞬で成長したのだ。

 だが、リクが驚愕したのはそれだけではなかった。

「ま、前! 前を隠して!?」

 リクはバッと顔を逸らす。

「あらあら。背が伸びたからワンピースが小っちゃくなっちゃったんですね……もう良いですよ、リクくん」

 リクがゆっくり顔を戻すと、ソラは救済の魔女の絹のローブを羽織っていた。

「う~ん。ソラちゃんの服は魔法で作っていたわけじゃないんですね。お店開いてるかな?」

「いやいや!? 服も大事だけど、なんでソラが大きくなったんですか!?」

「? そういえば、どうしてでしょう?」

 救済の魔女は不思議そうに小首を傾げる。

「分からないんですか?」

「いえ、使い魔は契約した主の魔力が強いと成長するんですけど」

「只人の俺で成長するのは変だと?」

「そうなんですよね。リクくんから強い魔力は感じられないですし。まあ、良いんじゃないんですか。魔導にもイレギュラーがありますから」

「……結構アバウトなんですね」

「リクさん」

 ソラがリクのローブを引っ張る。

「あっちの道に怖いのが居ます」

 ソラの指差す方向を見ると、リクは背筋にゾクリと冷たいものを感じた。

「リクくんも感じるようになりましたか?」

「はい。やばそうな空気って感じにしか分からないですけど」

「十分ですよ。あとは圧し潰されないようにしてください。急ぎましょう。あっちにはふーちゃんたちが居ます」

 リクたちは駆けだした。

 

 



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