工業の街
復讐の魔女たちは再び北へと進路をとった。
「……」
一人で始めた旅であったのに数週間で彼女の周りは騒がしくなった。
世界を救うと言う旧人類の生き残り、それに付き従うメイド魔導人形、腕の良い変態魔導人形師、そして薄幸そうなネズミ少女。
変人ばかりだった。だが世界を滅ぼすという狂った考えの復讐の魔女にはピッタリな同行者でもある。
「その中に何であなたが居るのよ?」
「私も北にある街に用事があるんですよ」
苛立たしげな復讐の魔女の隣で微笑むのは彼女の保護者だという救済の魔女。
「何で一緒に居るのかって訊いてるのよ!」
「良いじゃないですか。旅は道連れ世は情けですよ。それに私の力が必要かもしれませんよ」
「……どういうことよ?」
訝しがる復讐の魔女に救済の魔女は笑みを崩さない。
「『英雄』の同行者という肩書きが役に立つということです。おっと馬車が来ましたよ。あれに乗れば今夜には着きますね」
途中で乗合馬車に乗った復讐の魔女たちは陽が沈む直前に馬車を降りた。
「すまねえな、お客さん。この馬車はここまでだ。街に入るなら歩いていってくれないか」
「いえいえ、ありがとうございます。あそこに見えるのが工業で有名な街で合っていますか?」
「ああ。だけど気を付けな。あの街は薄汚ねえし、治安も悪い。用が済んだら早めに街を出な」
「ご忠告ありがとうございます」
馬車の御者は救済の魔女から賃金を貰うと去っていった。
「あれが次の街?」
街を見た復讐の魔女の顔は引き吊っていた。
頑丈な市壁は強固な造りに見えて別に問題ないが、街から黒煙が異常なほど上っている。まるでこの街だけ雨雲が覆っているようだった。
街に近づくと門を守っている憲兵に止められる。
「旅の方ですか?」
「はい。この街に用がありまして」
救済の魔女が応える。
「申し訳ありません。現在、この街は閉鎖されていまして入ることが出来ません。宿が必要でしたら近くに村がありますので、そちらへ」
「いえ、大丈夫です。救済の魔女が来た、と伝えていただければ」
救済の魔女の言葉に憲兵は目を見開く。
「そうでしたか! すぐに門を開かせます。少々お待ちください」
憲兵が狭い通用門を潜ると、数分後には街の大扉が音を発てて人が入れる隙間だけ開いた。
「うわー」
復讐の魔女が顔をしかめる。
「すごい淀んだ魔力が満ちているじゃないの」
「何か感じるのか?」
確かに空気が煙たく汚れているのは分かるが、リクやアルには復讐の魔女の言っていることが分からない。だが魔力を持っている他の三人は違った。
「ここ、怖い、です」
ネズミ少女がリクの背中で震える。
「何故か身体が重たくなりましたね」
ベルベットが身体の不調を訴える。
「恐らく、街を覆う黒煙が魔力を外に逃がさないようにしてしまったため、汚れた魔力溜まりが街を包んでいるんでしょう」
「空気みたいなものなんですか?」
リクが救済の魔女に問う。
「そうですね。それに近いです」
街は遠くで金属を叩く音や擦過音が聞こえるだけで人の生活音が感じられなかった。
家や店の窓は鎧戸まで閉め切られ、道行く人々も疎らで煤こけた灰色の顔は暗く沈んでいた。
憲兵の案内で復讐の魔女たちは街の市長のもとへ向かった。
「良く来てくださいました」
白い口髭を生やした小太りの市長は復讐の魔女たちを歓迎したが、声に力が籠っていなかった。
「依頼を受けてきましたが、現状を教えてください」
「勿論ですが、周りの方たちは?」
市長はバラバラの服装の復讐の魔女たちを見る。
「大丈夫です、私の仲間なので。この方たちも街に助力しますから」
「それはそれは。ようこそ大人数でお越しくださって。どうぞよろしくお願いします」
頭を下げる市長に復讐の魔女は鼻を鳴らす。
「誰が手助けなんか」
復讐の魔女の両肩を掴んだ救済の魔女は市長に勧められたソファに無理矢理一緒に座らせる。
「"わ、た、し、た、ち、が"何とかしますから! ねえ、ふーちゃん?」
救済の魔女の微笑みが、ハイかイエスかを強制させる。
「何で私がーー!?」
テーブルを挟んでいた市長からは見えなかったが、後ろに居たリクからはバッチリ見えた。
救済の魔女が復讐の魔女の爪先に錫杖の石突きを思いっきり突いたところを。
それだけで察する。救済の魔女は怒らせてはいけないタイプだと。
「後で後悔させてやる~」
足を押さえて悶絶する復讐の魔女に市長はオロオロしていたが、救済の魔女が話の先を促す。
「実はここ一ヶ月ほどで五十件以上の猟奇的な連続虐殺事件が起きているのです」
「それは多いですね。どんな犯行だったんですか?」
「それがーー」
市長は躊躇ったが、救済の魔女が黙って待っていたので続ける。
「身体をバラバラに切り刻まれたうえに心臓を抜き取られていたのです」