旧知との再会
黒猫の魔女の一件が終わり、迷路の街の滞在も終わった昼のこと。世話になった宿の酒場に復讐の魔女たちは居た。
「そいつはどうするの?」
復讐の魔女が半眼で睨むのは円卓で震えているネズミ。
「連れていっちゃダメか? 一応恩人だし」
「何でネズミを連れていかなくちゃならないのよ。腹の足しにもならないじゃない」
復讐の魔女の言葉にビクンと震えたネズミは人間の姿になってリクの背中に隠れる。
「お前がそんなこと言うから怯えてるじゃないか」
「別にでかくなったって食うわけないでしょ」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす復讐の魔女。
「私は、死ぬまで、リクさんに、恩返し、したい、です」
ケホケホ、と咳き込むネズミの顔色は優れない。
「あなたネズミなら疫病を撒き散らさないで」
「さすがに言い過ぎだろ!」
反駁するリクに復讐の魔女は冷えた眼差しを向ける。
「アンタの時代じゃ知らないけど。病気持ちのネズミは簡単に国を滅ぼせるの。聞いたことない黒死病って? あれは人間だけのせいじゃない。ネズミも深く関わっているのよ」
「そこで私の出番ですね!」
復讐の魔女、リク、ベルベット、アルの他にもう一人が円卓に座っていた。
バン、と勢い良く復讐の魔女は立ち上がると、出口に向かって全速力で走っーー
「どこに行くんですか、ふーちゃん?」
ローブの裾を掴まれて背中から床に倒れた。
「どうしてここに居るのよ?」
復讐の魔女は恨めしげに自分のローブの裾を離さない人物を見上げる。
「ふーちゃんの魔力は知っていますから。久し振りに会いたいと思いまして」
ふふふ、と可憐に微笑むのは金糸の長い髪が垂れる絹のローブを羽織った若い女性。優しく細められた青い瞳からは愛しさを感じるほどだ。
「私は会いたくなかったわよ」
「拗ねないでくださいよ。私だって仕事がなければ一緒に旅をしたいんですから」
「結構よ! これ以上同行者が増えたら面倒だわ!?」
やっと解放された復讐の魔女は渋々席に戻る。
「皆さん、初めまして。私は救済の魔女。ふーちゃんの保護者です。いつもふーちゃんが、お世話になっているみたいですね!」
誰が保護者よ!? と吼える復讐の魔女だが救済の魔女は気にせず微笑む。
「救済の魔女って超有名な王国魔導師団の創設者じゃないっすか!」
アルが声を上げて驚く。
「そんなに凄いのですか?」
ベルベットにアルは頷く。
「魔導師を大陸から排斥しようとする西部の国から、それを阻止して魔導師を守る東部の国にある一大魔導組織っすよ! それを創ったのが目の前に居る救済の魔女っす! 『英雄』なんすよ!!!」
「えへへ、照れますね」
頬を染めて緩ませる救済の魔女。
「で、救済の魔女、私に何の用よ。まさか本当に顔を見に来ただけじゃないわよね?」
「? それだけですよ?」
「……さて、次の街に行きましょうか。北部の国まで先は長いわよ」
「ま、待ってください! もう少し、お話ししましょうよ!」
「わ、た、し、は、暇じゃないの!!!」
酒場を出ていこうとする復讐の魔女と涙目で彼女の腰にしがみつく救済の魔女。
何かコントを見せられているようでリクは笑ってしまった。
「用がないなら離しなさいよ!?」
「それなら一つだけ訊いて良いですか?」
「何?」
睨み下ろす復讐の魔女に救済の魔女は言った。
「どこかで『罪人』の魔女と会いませんでした?」
復讐の魔女はピクリと反応する。もちろんリクやベルベット、アルもだ。
「『罪人』って怖い魔女だよね?」
リクの背後に未だに隠れていたネズミが訊く。
「……だとしたら何よ?」
「いえ」
救済の魔女は復讐の魔女から離れてローブの汚れを落とす。そして微笑む。
「危険なことはしないでください。私は、ふーちゃんのお母さんにヨロシクと言われているので」
「保護者面しないでってば」
「しますよ。死ぬまで私はふーちゃんの保護者です」
「あ、そ」
復讐の魔女は酒場を出た。
救済の魔女は振り返ると、震えるネズミの頭を優しく撫でる。
「もう、息苦しくはないですね?」
「え? 本当だ」
ネズミは咳をしていなかった。
「救済の魔女が治したのか?」
驚くリクに救済の魔女は微笑み、小首を傾げる。
「さあ、どうでしょう?」