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魔女たちの宴 ヴァルプルギスの夜  作者: mask
黒猫の魔女
11/83

黒猫の恩返し

 黒猫の魔女は目を開けた。

「大丈夫?」

 幼い少女が黒猫の魔女を見下ろしていた。

 息苦しい中で黒猫の魔女は今にも泣きだしそうな少女の名を呼ぶ。

「にゃー」

 自分の口から出た言葉は弱々しかった。

「お願い! 死なないで!」

 涙が黒猫の魔女の頬に落ちる。とても温かかった。

 黒猫の魔女は死んだ。


 

 誰かが黒猫の魔女の名を呼んだ。

 黒猫の魔女は応える。

「にゃーお」

「ふふふ」

 黒猫の魔女の主人は嬉しそうに微笑む。

 主人は十二歳位だったか? 初めて会ったときは死ぬだけだった黒猫の魔女の最後を看取ってくれた。成長した主人と再会したときは心が躍った。

 また、名を呼ばれた。今度は叫んでいた。

 どうしたのだろうか?

「にゃ?」

 うるさい馬の嘶きが聞こえた。

 とても痛かった。

 黒猫の魔女は死んだ。



 今度は黒猫の魔女が主人を呼んだ。

「にゃ、にゃーお」

 呼び続けたいけど、少し疲れた。

 ちょっと眠たい。

「頑張ったね」

 十八歳になった主人は綺麗な女の子になっていた。

 そういえば最近、恋人が出来たみたいだった。

 その主人が笑っていた。

 泣きながら笑っていた。

「お疲れ様」

 主人は黒猫の魔女を優しく抱きしめてくれた。

「お休みなさい」

「…………にゃ」

 黒猫の魔女は死んだ。



「にゃーご、うにゃーお」

 熱かった。石畳も空気も全部、とても熱かった。

「逃げろ!」

「助けて!?」

「そっちは火が回ってるぞ!」

「魔導師だ!」

「魔導師に殺される!?」

 人間たちが騒いでいる。

 主人はどこに行ってしまったんだろうか?

 来週には主人の結婚式があるのに、どこに行ってしまったんだろうか?

「お、黒猫か。ちょうど良い。魔力切れだったんだ」

 髭面の男が黒猫の魔女を捕まえて心臓にナイフを突き刺した。

 黒猫の魔女は死んだ。



 久しぶりに会った主人には子供が出来ていた。

 主人に似て可愛い女の子だった。

 一人で歩けるようになり、黒猫の魔女とよく遊んでいた。

「うにゃー」

 今、十歳になったその子は箱の中で眠っていた。

 主人も旦那さんも周りの皆も泣いている。

 どうして箱の蓋を閉めてしまうのだろうか?

 どうして地面に埋めてしまうのだろうか?

 黒猫の魔女には分からなかった。

 皆が女の子から離れてしまった後も黒猫の魔女は泣いた。

 女の子が起きるまで泣いた。

 また、一緒に遊びたいから。

 振り続ける雨の中、泣き続けた。

 黒猫の魔女は死んだ。



 主人と旦那さんが喧嘩していた。

 二人とも皺が増えて疲れていた。

 でも、大声で喧嘩していた。

 旦那さんが黒猫の魔女を見る。

「お前が居るから、俺たちが不幸になるんだ!?」

「うにゃ?」

 止めようと主人が旦那さんにしがみつく。

「お前が全部悪いんだ!」

 旦那さんは黒猫の魔女に鉈を振り下ろした。

 黒猫の魔女は死んだ。



 主人に名を呼ばれた。

 皺はさらに増え、茶色かった髪には白髪が混じっていた。

 旦那さんは居なかった。何年も帰ってきていない。

 それでも良かった。主人が毎日愛してくれたから。

 夜に泥棒が家に入ってきた。

「キシャッー!」

 黒猫の魔女は噛みついてやった。

 殴られても蹴られても投げ飛ばされても噛みついてやった。

 泥棒は逃げていった。

 黒猫の魔女は死んだ。



 黒猫の魔女は主人の猫じゃなかった。

 街中探しても主人は居なかった。

 黒猫の魔女は野良猫だった。

「にゃ?」

 幼い女の子が泣いていた。

 昔の主人に似ていた。

 だからか黒猫の魔女は、その子を助けたかった。

 黒猫の魔女は初めて別の主人の猫として生き続け――

 黒猫の魔女は死んだ。



「どうしたの、お嬢さん?」

 黒猫の魔女が目を開けると、杖をついて腰の曲がった年老いた白髪の老婆が彼女を心配そうに見つめていた。

「うにゃ?」

 黒猫の魔女が喋ると老婆は微笑む。

「猫の真似かしら? 可愛いわね」

 黒猫の魔女は人間の姿だった。

「一人なら私の家に来ない? お茶に付き合ってほしいの」

 老婆からはとても懐かしい匂いがした。

 その後も毎日、黒猫の魔女は老婆の家に通った。

 ある日、老婆が言った。

「あなたを見ていると昔を思い出すわ。私ね、黒猫を飼っていたの。あなたは何処か、あの子に似ているわ」

 そうだ! と老婆は小さい棚の引き出しから取り出した。

「あなたに似合うと思うの!」

 それは緑色の宝石が埋め込まれたブローチだった。

「元はね首輪の飾りだったのだけれど。首輪が壊れてしまってね、ブローチにしたのよ」

「ありがとう、おばあちゃん」

 ブローチは黒猫の魔女の宝物になった。



「これがあなたの、ねえ」

 老婆の隣に復讐の魔女が立っていた。

「この老婆が、あなたの鎖」

 復讐の魔女は老婆にリボルバー拳銃を向ける。

 そして撃ち殺した。

「……動揺しないのね? 大事な主人が殺されたのに」

「言ったでしょう。分からなくなっちゃった」

 それに、と黒猫の魔女は悲し気に微笑んだ。

「主人はベットで眠ってるよ。酷い病気で何日もね」



 世界が噴水広場に戻った。

「興が削がれたわ」

「殺したはずなのに無傷だったんだ」

「あなたにそう見えたのは私の魔法にかかったからよ」

 力なく笑う黒猫の魔女。

 ピンピンしている復讐の魔女は黒猫の魔女に鼻を鳴らす。

「あなたが猫の死体から魔力を利用できるなら同じ魔女である私だって出来るに決まっているでしょ」

「そうだよね」

 黒猫の魔女は石畳に膝をつく。

「私の負け。どうぞご自由に」

「いやよ。めんどくさい。それに時間稼ぎはしたから」

 路地に目を向けるとメジルとアルが手を振って走ってきていた。

「返してもらえたぜ、ブローチ!」

 復讐の魔女はブローチを奪うと黒猫の魔女に差し出す。

「宝物なんでしょ。もう盗られないようにしなさい」

「え? あ、ありがとう」

「魔力が余っているなら、強く握っていなさい。そして主人の元へとお帰り。黒猫だって幸せを運ぶのよ」

 それだけ言い残すと復讐の魔女は背を向ける。

「帰るわよ」


 翌日の昼、復讐の魔女とリクは街中を歩いていた。

「どうして黒猫の魔女を助けたんだ?」

「私にも事情ってものがあるのよ」

「何だよ事情って?」

「あなたには関係ないわ」

 復讐の魔女は不機嫌なまま先を行く。

「何だあいつ? ん?」

 帽子が空から落ちてきた。黒くて鍔の広い猫耳の帽子。

「ありがとう、お兄さん」

 帽子を拾うと目の前に立っていたのは黒猫の魔女だった。

「どうしたんだ?」

「復讐の魔女に御礼がしたかったんだけどね。話しかけづらかったから」

 黒猫の魔女は苦笑する。

「だから、お兄さんが代わりに伝えて。主人を助けてくれて、ありがとうって」

「分かったよ」

 またね、と帽子を被ると一匹の黒猫が路地に消えていった。



「ふーちゃんはブローチに込めた私の魔法に気づいてくれましたかね」

 絹のローブの女性が天を仰いで微笑む。

「あらあら旅人さん。もしかして道に迷っているの?」

 女性に声をかけたのは白髪の老婆だった。

「そうなんですよ。おばあさんは、お元気そうですね」

 老婆は杖もなく、腰も曲がっていない。

「そうなのよ。昨日まで具合が良くなくて寝ていたのだけれど」

 老婆は抱いていた黒猫の頭を愛おしげに撫でる。

「この子が傍にいてくれたからかしらね。若返ったみたいに元気よ」

「みゃーお」

 黒猫は大きく欠伸をした。

 その首には緑色の宝石が輝いていた。




 

黒猫の魔女編 完

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