少女の出会い
レッツハロウィ~ン!
草木すら生えない土地を少女は歩いていた。
「本当に、この近くに在るのかしら?」
少女はゴーグルを額まで上げて自分の行く先を見据えた。
遠くでつむじ風が起こり、自分に近づいてくることを確認した少女は吹き荒ぶ砂に身体を犯されないようにゴーグルを戻して口の布を鼻まで覆い隠す。ローブのフードを目深に被り、留め金で飛ばされないように固定した。
つむじ風の直撃に遭わないように進路を変えるが草木のない土地は風が吹いただけで大量の砂を巻き上げた。結局、少女に砂が襲った。少女は砂塵の中でも手のひらサイズの方位磁針を頼りに東へと進み続けた。
十数分ほどだったと思われた。砂は晴れて再び日光が少女に降り注いだ。
「あれは……家かしら?」
方位磁針が東を示す方向に木造の古い建物が見えた。
こんな、生活には厳しい土地に家があっても人が住んでいるわけがないだろうと考えて、少女は家で一休みすることにした。
「御免下さい。誰かいますか?」
返事はこないことは分かっているが礼儀として扉をノックする。
「は~い、今開けます」
「!?」
返事が帰ってきたことに少女は驚愕した。身体が硬直して逃げることも出来なくなった。
扉が開かれて住人が姿を見せる。
「どちら様ですか? あら?」
微笑んでいた住人は小首を傾げる。少女は相手の反応を瞬時に理解して顔の装備を取り払う。
「女の子だったんですね。さあ中へどうぞ」
住人である女性は扉を開けたまま中へ勧めた。
「ど、どうも」
少女はフードを脱ぎ、豊かな煉瓦色の長髪を露にしてローブの砂を叩き落として遠慮がちに中に入った。
家の中は人一人が住む広さで外見とは違い、掃除が行き届いていた。
「紅茶で良いですか?」
テーブルについた少女は頷く。
女性はキッチンで火を炊いてヤカンで湯を沸かし始める。少女はそこで女性の姿をまじまじと観察した。
女性の年齢は二十歳ほどで金髪を団子で後ろに結っている。背は女性にしては高めで、だからといって胸は女性らしく豊かである。服装は給仕服である黒のワンピースに白いエプロンのエプロンドレス。見たままのメイドだった。
女性はテーブルに道具一式を揃えると丁寧な所作でカップに紅茶を注いだ。
「レモンもミルクも切らしていていまして。ストレートでどうぞ」
女性は少女に紅茶を差し出すと、自分もイスに座り手を合わせてニコニコと微笑んだ。
少女は見つめられているのに気恥ずかしさを感じながらも紅茶で唇を湿らせる。
「でも女の子が来てくれるなんて嬉しいです」
女性は心の底から言っているように感じられた。
「一人で住んでいるんですか?」
人が住むには厳しい土地で暮らせるわけがないと思っている少女は警戒しながら、それを顔に出さないように聞いた。
「いいえ、ご主人様が奥で寝ておられます」
そう言うと女性は奥の扉を手で示す。
「長い間、お眠りになっています。もう少しで目覚めますよ」
女性は、またニコニコと微笑む。そんなに少女が来たことが嬉しいのだろうか?
「こんな土地で何をしているんですか? 生活もままならない。人が暮らしていくには厳しいはずです」
「ご主人様を守りながら静かに暮らせますから。でも役目も終わります」
女性は目を細めて幸せそうに、だが悲しげに笑った。
「紅茶、美味しかったです。それでは」
気味が悪くなった少女は家を去ろうと立ち上がる。
「もう行ってしまわれるんですか?」
女性は悲しげに言って肩を落とした。
「もっと話がしたかったんですが」
「ごめんなさい。先を急いでいるの」
少女は扉のノブに手をかける。
「!?」
ノブはガチャガチャと音をたてるが、びくともしない。
「どこへ行くのですか?」
「あなたに言う必要はない」
少女は振り返り、腕を伸ばして手のひらを女性に向けーー
「!?」
すでに女性は少女の隣で笑っていた。そしてノブに手を伸ばすと、
「コツがいるんですよ」
扉を上に上げて押し開いた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
少女は外に出る。すると、後ろからパンっと手を叩く音が響く。
「少し待っていてくださいね」
女性はキッチンや奥の部屋を行き来して荷物を纏めた。
「ナップザックには乾物が入っていますから、お腹が空いたら食べてくださいね。あと古いですがランプと油、マッチも入れておきました。この先は何もないので道に迷わないように地図も用意してきました」
ここまで親切にしてくれる女性のことを疑っていた自分が馬鹿らしくなり少女は笑って礼を告げた。いざ目指す東へーー
「そっちは何もないですよ」
歩みの進路を東に向けたとき女性が言った。
「私には有るんです」
少女は再び進路を東にーー
「東に行くと生物は生きられませんよ」
「どういうこと?」
女性は少女に近づくと彼女に与えた地図を広げる。
「この家から東へ十キロ以上行きますと未だに残る高濃度の放射線で危険なんです。短時間なら命に問題ありませんが、おすすめは出来ません」
女性は説明するが少女には理解が出来ない。
「放射線って何?」
少女の言葉に女性は呆ける。
「何って核戦争で放出された光線のことですよ。それのせいで、ここより東の生物は絶滅しました」
「それって魔女の仕業?」
少女の真剣な質問に女性は困ったように笑った。
「魔女は創作物ですよ」
「魔女は居るわ。ほら」
少女は指を鳴らすと手のひらサイズの火の玉を出現させた。
「まあ! 凄いですね。マッチやライター無しで火を点けられるようになったんですね」
「ライターは知らないけど、魔女は二千年も前から出来るわよ」
驚き、興奮する女性に少女は言った。
「一度、世界は滅びたのに千年で昔の世界以上に文明が発展しているなんて。人の力は素晴らしいですね」
少女は女性との会話で違和感を感じた。
「いくら辺境の土地でも魔女を知らないなんて、ありえない。あなたは何処から来たの?」
大陸中に魔女の存在は広がっている。それなのに女性は魔女を知らないようだ。少女の中で潜めていたはずの疑いが再来した。そして女性は言った。
「東にある島国から海を渡って来ました。そこも自然災害で人は滅びましたけど」
「東は生物が生きていけないって言わなかった?」
少女は自分が踏み込んではいけない話題をしていると感じた。だが好奇心は猫すらも殺すのだ。
「三千年前までは大丈夫だったんですよ」
「何を……言ってるの?」
少女は暑いはずの日差しの中で背中に冷や汗を感じた。
「ああ! すみません。二千九百八十四年と二百四十六日ですね。あまりにも永いこと会話をしていなかったので確認するのを忘れていました。あなたは二千九百八十四年と二百四十六日ぶりに会話した人です」
女性は自分の失敗に苦笑する。
「三千年も生きているの!?」
「生きているというのは正しくありません。私は機械なので。ですが起動日を人の誕生日とするなら私は明日でちょうど三千才です」
「待って。あなたは魔導人形なの?」
「すみません。データに魔導人形はありません」
急に人間らしさが無くなり淡々と話し出す女性。
「すみません。奥の部屋まで運んではもらえませんか?」
女性の膝が折れる。少女は女性の身体に異常が起きていることに気づく。
「あなた大丈夫なの!?」
「すみません。バランサーに異常が発生しました。すみません。脚部の機能が停止しました。すみません。奥の部屋まで運んではもらえませんか?」
少女は頼まれるがままに女性を運ーーべない。
「どうして、こんなに重いの!?」
機械である女性の重量は少女の数倍はあると思われた。地面に座り込んでしまった女性はびくともしない。成人男性が三人は必要だろう。
だけど少女は魔導を志す者だった。
「使いたくなかったけど」
少女は一度深呼吸すると静かに魔法を発動する。女性を軽々と背負って家の中に戻り、奥の部屋へと続く扉を開いた。
「何……これ!?」
調度品は椅子と机だけの部屋。明かり取りの窓からは日光が部屋を射している。それに照らされているのは、大きく透明な容器。それは棺の形であり、中には黒髪で上下白装束の若い男が眠っていた。
「すみません。ご主人様の傍まで」
声に雑音が混ざり始めた女性を棺の隣に下ろした。
「この人が、あなたの主人なの?」
女性は頷き、棺を愛しく撫でる。少女は、その手が撫でた所を見た。
「記号が変化してる?」
赤い一辺の組み合わせで出来た記号が同じ間隔で変化している。だが少女は記号に似たものを見たことがある。
「これって数字なの?」
少女の知っている数字より角張ってはいるが、そう考えると記号の変化に納得がいく。
「残り時間?」
赤い一辺が構成する数字と文字は0000y:0000d:0018h:1224sだった。分かりやすくすると約十八時間後、明日の日の出には何かが終わる。
「くッ!?」
少女の全身に激痛が奔る。魔法が切れたのだ。自分の身体を騙し、運べるはずがない重量を持ち上げたから身体中の筋肉が悲鳴を上げたのだ。
バタン! と少女は床に倒れて意識を失った。
この話は前に書いた 寸説《塔》と同じ世界観です。現実にも起こった魔女狩り、そして創作の魔女たち。これらを合わせた題材というのは、やはり心を揺さぶります。元は同じ人間であったのに人間たちによる迫害で殺されていく魔女たち。報復として街を消し去る魔女。愛国、正義、聖戦、偏見、差別、嫌悪、利益、保身、優越。色んな理由で争う人間は愚かだと感じます。ですが心暖まるような出会いもあるはずです。これは現実世界にも言えることです。
シリアスになってしまいました。なので明るくいきましょう!
皆さんの魔女のイメージってどんなのですか?
昔話に出てくるようなローブを着てフードを被った老婆ですか? トンガリ帽子のセクシーなS気たっぷりの魔女様ですか? それともイマドキ魔女ですか?
私は二番目ですね。これは世界が滅んでも変えられない真理だと思っています。
黒猫を飼って、トンガリ帽子を被り、不敵に笑う。これぞ魔女様!!
そういえば最近は魔女を題材にした作品が増えていますね! 魔女フィーバーでしょうか? きっと我々は魔女に飢えているんでしょうね。このお話もその一つになってくれれば嬉しいです。
sおれでは、kょうはこれまで。魔女に与える鉄槌を!