プロローグ
復讐、報復、仇討ち、仕返し。
気が付けば、俺の人生はいつも復讐だけに満たされていた。ヴェルダンディ家は代々、国王を裏で支える暗殺者の一族だ。はるか東洋の黄金の国でいう、忍者のようなものだ。国王を支える、と言えば聞こえはいいが、所詮は金で動く殺し屋だ。殺しには正義も大義もなく、あるのは血と金だけだ。そんな家系に育ったせいで、物心が着いた頃から俺は、ナイフを握り、人を効率よく永久に眠らせる術を得ていた。そのまま育っていれば、影の住人として、日の光浴びることなく人生を終えていたのだろう。 しかしある日、俺の人生に転機が訪れた。父親、ナズル・ヴェルダンディが死んだ。ある国では無情なる暗殺者と、この王国では国王の用心棒と呼ばれ、畏敬の念を持って「国王の黒き盾」という称号で呼ばれた父が。幾度となく影の面からウェルオズ王国を救って来た父が。謂れの無い国家反逆罪で。 俺の一家にはいくつもの掟があるが、その中のいくつめだかに、「一族の中の頭目が犯罪を犯したなら、その処刑は先代の頭目か次代の頭目が執り行う」という掟があった。しかし、先代の頭目、俺の祖父は何十年か前にあった任務から未だに帰って来ていない。その任務の内容は、隣国、ナグーラダス王国の国王及び王子、ならびに騎士団長を暗殺し、国家としての機能に打撃を与え、長きにわたって続いている大戦においてウェルオズ王国が優位に立てるようにする、という任務だったのだが、ナグーラダス国王はおろか、騎士団長も存命している。その結果、任務は失敗として処理されたし、祖父が捕縛されたという報告も隣国から届いてはいないせいで、祖父はナグーラダス王国に亡命したのではないかという噂がまことしやかに囁かれた。その噂が民衆に伝わると、俺たち一族は国王に背いた暗殺集団として、国民からはとてつもない罵詈雑言を浴びせられる羽目になった。そんな最悪の情勢の中、父は仕事とあらばいくらでも人を殺し、心を捨て、非情な亡霊となり、数多の暗殺をこなした。その行いが国王を始めとした忠臣に評価された事と、八年続いたナグーラダス王国と の大戦の戦況を胸を張っては言えないような手段で大きく覆し、ウェルオズ王 国の大勝に導いたことで、「国王の黒き盾」の称号を送られた。が、祖父がいなくなる前とは父の中の何かが明らかに変わっていたことを子供ながらに悟っていたことを俺は今でも覚えている。そして、そんな偉大な父をこの手で殺めた時の感触も。 処刑には手斧が使われた。処刑される前に、父は俺に語りかけた。
「最後の別れがこんなものですまない。父親としてしてやれることも碌にできなくてすまない。俺は死ぬ、俺は死ぬが、魂はいつもお前とともにある。それを忘れるな。そして、今ここで、コヴェル・ワーコフ・ヴェルダンディをウェルオズ王国次期暗殺団長に任命する。さあ、団長。何も思い残すことはない。 殺せ」
と。 なぜかその一瞬だけ、優しく微笑んでいるその顔が昔の父の穏やかな顔に見えた。 けれど、次の瞬間、その穏やかだった顔は苦痛に歪んでいた。なぜなら首は半分も斬れていなかったからだ。俺は手斧を何度も何度も思い切り振り下ろしたが、首は綺麗には落ちなかった。それまで気付かなかったが、手斧は全く整備されておらず、刃の部分は赤錆ていたし、欠けていたらしかった。そもそも処刑というのは、受刑者を苦しめることなく黄泉へと送るのがふつうだ。ならば父に苦痛を与えたこれは処刑ではない、単なる私的な殺しだ。 厳かな雰囲気の中、父は国王含む人々に見守られ、死んでいった。俺は今だに実の父を殺した時の感触を忘れられずにいる。いや、そう易々と忘れられるようなものでもないのだろうが、首の肉の繊維を潰し、首の骨に刃が当たって振動が跳ね返ってくるあの感触は。 俺の母である最愛の妻は涙を流し、目を逸らしていた。きっとその場にいた多くの者が涙で頬を濡らしていたんだろう。国王も残念だ、というふうに目を伏せていた。 だが俺は見逃さなかった。皆が俯いている中、窓の外を眺めながらほくそ笑んでいたあいつを。国王の側近であるカロナス伯爵を。この時、俺の中に燃え上がるような何かを感じた。と同時に頭の中に声が響いてきた。なんといったかは覚えていないが、おそらくこう言っていたんだと思う。
「あの男を殺せ。それだけがお前を、お前の父を浄化する術になる」
と。腹の底に響くドスの効いた声で、俺に語りかけてきた。 思えば、恐らく俺の人生が復讐によって動き始めたのはここからなんだろう。
日課である日記を書き終えたついでに、最初の一ページを読み直してみる。 こうして時折最初のページが読み直したくなるのだ。そうするたびに、自分の目標を思い出し、着々と準備を進められていることに安堵する。明日。今まで 積み上げてきたものが明日報われる。これで親父も報われる。明日のために今まで生きてきた。明日、すべてを終わらせる。その決意を胸に、深いまどろみに身を委ねることにした。
どうも、あとがきをきちんと読む系の皆様。初めまして、小夜時雨 如月と申します。めっちゃジャパン。このハンドルネームめちゃくちゃジャパン。渋谷歩いてる女子高生に聞いても読めなさそう(偏見)。ま、そんなことはどうでもよくてですね。この度は 吼えろ、黒き獅子よ を閲覧頂きありがとうございます。控え目に言って愛してます。嘘です。本作品は、王の側近の策略によって父親を殺されてしまった少年の復讐の話となっております。まだプロローグですので、特に舞台の背景や人物像なんかは不明瞭かと思いますが、話が進むにつれ、しっかりと書いていきたいと思っておりますのでどうかゆっくりとご覧下さいませ。それでは、次の話でお会いしましょう。小夜時雨でした。