懸賞首の実力④
サザンカ村で話を聞いてから数日が経った。クレアはそれ以来浮かない顔をしているし、カルはずっと不機嫌だ。何があったのかシルフィーナが訊ねても、二人は口を割らない。
そして今、クレアはミゲルと仕事に来ていた。逃げ出した飼い猫を捜すという、至って簡単な依頼だ。
「どうかしたのかい、マドモアゼル」
ミゲルが芝居がかった動作でクレアに訊ねる。ハッとしたように顔を上げたクレアは、目の前にいる金髪碧眼を見た。
「……あの」
「なんだい?」
「ミゲルは、強いんですか?」
脈絡のない質問にミゲルが目を瞬く。が、すぐに我に返って「君を守れるくらいにはね」と微笑んだ。
「じゃあ、」
「うん?」
「……ハーヴェストさんは、どのくらい強いですか?」
言いながら、クレアはその答えを知っていた。他ならない自分自身が剣を交えたのだ。彼は強い。それこそ、「化物」と揶揄されるのが当然のように。
――そしてカルは、大喰らいのバンを「ハーヴェストさんクラス」だとのたまった。
『どうしてですか、どうして依頼を受けてはいけないんですか!』
『駄目だ』
『ならせめて理由を教えてください!』
『理由? ……そこまで言うなら教えてやるよ。お前じゃ、"大喰らいのバン"の足元にも及ばないからだ』
『何故』
『……懸賞首の張り紙を見ただろ。あれが証拠だ。ツァーリが動いてないとでも思ったか。国は動いた。他でもない領地を荒らされたんだからな。けど、王国騎士団は大喰らいのバンを捕らえることは出来なかった。これがどういう意味か分かるか』
『……』
『どういう訳か、大喰らいのバンは軍事力に値するほどの力を持った。俺が知る中で、同等の力を持つのはハーヴェストさんだけだ』
『……』
『分かっただろ。この件は、俺たちにどうこう出来る問題じゃねえ』
「クレア?」
肩を叩かれて急激に思考がクリアになった。ミゲルが心配そうにクレアを見ている。思考にふけっていたらしい。ようやく焦点の定まったクレアを見て、ミゲルが安心したように息を吐く。
「クレア、今日はもう帰った方が良い」
「……え」
「君は少し具合が悪いようだ。休んで、可愛い笑顔を見せておくれ」
申し訳なさそうにしながらも歩き出したクレアの背中を見て、ミゲルは目を細めた。
――突然〈鎧の象徴〉にやって来た少女は、一帯何に悩んでいることやら。角を曲がり姿が完全に見えなくなったところで、彼は気を取り直して猫探しを再開する。
――が、女性と目が合う度にウインクをしているところを見ると、猫を見付けるのはもう少し掛かりそうであった。
▽
肩を落としながら〈鎧の象徴〉へ向かうクレア。背中には哀愁が漂っている。頭に浮かぶのは女の子の涙、カルの言葉、そしてミゲルの心配そうな顔。
外套のフードを持ち上げて頭をすっぽり覆う。行き交う人々の笑顔が眩しく見えて仕方なかった。
視界が狭くなったことに安堵していたその時、聞き覚えのある単語を耳が拾った。聞こえなかったふりをすれば良いのに、そんな器用なことができる人間ではない。
思わず足を止めたクレアは、神妙そうな顔で話をする婦人二人に詰め寄った。
「あの、今の話って……?」
「なんでも、サザンカ村が例の山賊に襲われたらしいわよ」
「最近よくその名を聞くわよねえ。確か……”大喰らいのバン"」
噂好きらしい二人は嬉々として話を教えてくれた。そのどれもがクレアの耳を擦り抜けていく。
「あらあなた……顔色が悪いわよ? 大丈夫?」
「……ありがとうございました」
頭の中は真っ白。どうするかも決まってないのに、足取りはやけにしっかりしていた。
――もう後悔はしたくない。
アイアンブルーの瞳は覚悟を決めていた。
▽
ミゲルという男を説明するのに、変人という言葉は欠かせない。
〈鎧の象徴〉でもその変人ぶりは有名である。特にカルは、言動が理解の範疇を超えているこの男のことが大の苦手であった。
そして次に欠かせないのが、女好きの事実である。女性を見れば依頼もそっちのけで飛び付くし、違う女性を見付ければそっちへふらふら。まるで花から花へ飛び移る気紛れな蝶のような行為が許されるのは、ひとえにその類い希な容姿のせいだ。金髪碧眼、どこぞの王子様の風貌は誰しもの目を惹く。白馬がこれほど似合いそうな男は恐らく居ないだろう。
――とまあ、そんな彼だが〈鎧の象徴〉では一目置かれている存在ではある。軽薄な言動は確かに人を苛つかせることもあるが、人とコミュニケーションを取るのは誰よりも上手だし、なによりあのハーヴェストさえも彼のことを認めているのだ。
しかしカルはそのことが気に食わないらしく、歳が同じ二人の青年はあまり仲がよくない、というのが〈鎧の象徴〉の大半の見解であった。
ミゲルが〈鎧の象徴〉へ着いてそうそう、二人は鉢合わせた。ミゲルを見て顔を顰めたカルは、その手にある花束を見てさらに酷い顔になった。
「……花粉臭え。そんなもんギルドに持ち込むなよ」
「マドモアゼルに渡すのさ」
「はあ?」
「クレアだよ。先に帰ってきているだろう?」
クレアの名を聞いてカルが渋い顔をする。あれから二人はまともに会話をしていない。
「……帰ってきてねえよ」
「……本当かい?」
「ああ。俺に会いたくなくて家に帰ったんじゃねえの?」
言いつつ、それは違うだろうなとカルは感じていた。クレアは恐らく、そんなことでカルを避けたりしない。あいつはきっと、俺から逃げない。そんな確信めいたものがカルの中にはあった。
じゃあ一体――と考えていた二人の元へ、シルフィーナがやって来る。今日も素敵だね、とミゲルが微笑んだのを無視して、彼女はやや険しい顔で口を開いた。
「……サザンカ村が大喰らいのバンの襲撃にあった」
王命で各ギルドに要請が来た。ハーヴェストが遠方の依頼でいない今、シルフィーナが代わりに行ってきたらしい。各ギルドの代表者と騎士団長、さらには国王まで集まる異例の会議の内容は、大喰らいのバンの討伐。大喰らいのバンの悪行を前に、ついにツァーリは国中のギルドと騎士団を使い鉄槌を落とすことに決めたそうだ。
「〈鎧の象徴〉からは私とアレク、あなたたち二人とクレアを参加させようと思ってるの」
「……シルフィーナさん」
カルの顔面は真っ青だ。
「…………クレアがいない」
「いない……?」
意味が分からずに反芻して、その言葉の意味を悟ったシルフィーナは「まさか……」と瞠目した。タイミングよくギルドの戸が開かれ、ほろ酔いの男がクレアという言葉に反応し「さっき見たぞ!」と些か大きな声を張る。
「見た? クレアをか?」
「ああ! 俺ぁ酔っ払ってたが、間違いねえ。広場を西に駆けていった!」
「……決まりね」
クレアはサザンカ村へ向かったのだ。
無謀にも、大喰らいのバンを止めるために。




