懸賞首の実力②
報酬をカルと分けた後、自分の生活費を残してシルフィーナにお金を渡したクレアはさっそく次の依頼を捜していた。受付のおじさんが「精が出るねえ」と笑いながら、適当に見繕った依頼書を渡してくる。しかしクレアは目もくれず、ある一点を見つめていた。
「……おじさん、これって……?」
「ああ、それは嬢ちゃんには関係ない依頼だ」
普通の依頼書とは違い、王国の判が押印されていたその依頼書をおじさんはクレアの手からひったくった。ちらりと見えたのは「懸賞首」と「バン」の文字。
「王国からの依頼なんですか……?」
「……懸賞首だよ。騎士団にも手に負えねえってんで、ギルド中に依頼が届いてる。――が、うちのギルドでもこれ程の依頼を請け負うったらほんの一握りだ。新入りの嬢ちゃんには関係ねえよ」
クレアは肩を疎めながら、先程勧められたうちの1つの依頼書を手に取った。本当は気になって仕方なかったが、なにより受付のおじさんの目が怖かったのだ。
「おし、受理したぞ。頑張ってな!」
手早く何かを書き込み、判を押したおじさんが依頼書をクレアに手渡す。受注者の欄を見て、クレアの隣にしっかりカルの名前も書かれていた辺り、このおじさんは抜け目がない。
▽
「あの……怒ってるんですか?」
「別に」
嘘だ、とクレアは思った。カルの眉間には深い皺が刻まれ、その声はいつか聞いたハーヴェストのように低い。これが怒ってると言わずして何というのだろうと思うが、それは口に出さずに黙っておく。
心当たりならひとつあった。
クレアが相談無しに依頼を受注し、さらにその依頼が少し遠方だったことだ。必然的にカルは早起きを強いられ、依頼を終えた今もこうして仏頂面でいる。
息が詰まる沈黙にクレアが口を閉じて少し経った頃だ。あるものを見付けて二人は言葉を失った。
大地が裂けている。
大きく裂けた地面は、どれほどの深さがあるのかわからないが人ひとりくらいなら軽く落ちそうなほどの大きさだ。
「……なんだこれ」
言いながら、薄々感じていた。
これは誰かが、意図的に開けた亀裂だ。鋭利に裂けたそこから人の悪意を感じて、クレアが一歩後退る。その時だ。
「あ、あの!」
声が聞こえて二人は振り返る。見れば小さい女の子だった。決して質が良いとはいえない服を身に纏った女の子は、小さな両手でその服をきつく握りしめている。
「ぎ、ギルドの人ですか……?」
「いや、」
「そうです。何かあったんですか?」
面倒は嫌いだと、咄嗟に否定しようとしたカルに被せてクレアが女の子の目線に会わせるようにしゃがみ込む。
「お、お願いがあるんです……」
女の子の声は無様なほどに震えている。緊張しているのかもしれない。
「お兄ちゃんを助けてください!」
「お兄ちゃん?」
「わたしたちのためにお兄ちゃんは連れてかれて……」
とうとう女の子は泣き出してしまった。そこで気付く。この子は緊張しているのではない。怒り、憤り、――あるいは憎しみ。激しい炎が瞳の奥で揺らいでいるのを見て、クレアは小さく息を呑む。
しゃくりを上げながら泣きじゃくる女の子を前に困り果てたクレアは眉尻を下げてカルを見上げる。些か投げやりに溜め息を吐いた彼は、頭を掻きながらクレアと同じように女の子の前にしゃがみ込む。
「おい、お前。泣いてちゃ分かんないだろ」
「うえ……ひぃ……っく」
カルの乱暴な言い方に少女は肩を跳ね上げた。かと思えば、クレアの影に隠れるように身を寄せる。
「……イライラをこんな小さな子にぶつけるのはどうかと思います」
非難するような――事実、冷めた視線を向けられたカルは返す言葉がなかったのか沈黙を貫いた。