懸賞首の実力①
大通の市場を抜けた先、比較的貧しい人々が暮らす下町の更に奥にある路地裏にその声は響いていた。卑しい笑い声は空気まで汚していくような気にさせる。声は2つ。恐らく2つとも男性のもの――1つは喉の奥から出すような低い笑いで、もう1つは典型的な高笑いだ。
「こんなに上手くいくとはねえ……神は俺たちの味方らしい」
手の中にある小さな輝きを見てほくそ笑んでいたその時だ。後ろから突然かかった声に驚き、男は手を放してしまった。重力に従い落ちていったそれは、運悪く声の方へと転がっていく。
「指輪、返してくれるんですね!」
現れたのは一人の少女。こんな路地裏には似合わない綺麗な銀髪を持った少女は、満面の笑みで小さな輝きを放つ指輪を自身のポケットへしまった。かと思えば、「ありがとうございました!」と丁寧に頭を下げると軽快な足取りで去って行ってしまった。
呆然としたのも束の間、慌ててその背を追う。
「待て!」
そう言われて待つ人が実際何人居るだろう。しかし少女は少数派の人間だったらしい。律儀にも足を止め振り返った少女に、一人の男――ややお腹が出ている小太りの男――は出来るだけ優しい笑顔を浮かべながら近付いた。
「お嬢ちゃん、それを返してくれるかな?」
「……」
「それはね、おじさんたちの大切なものなんだ。代わりにお菓子でもなんでもあげるから、ね?」
「……大切なもの、ですか?」
少女が躊躇いがちに訊ねる。小太りの男は鼻息荒く「そうとも!」と大袈裟に頷いた。
少女は逡巡するような仕草を見せた後、困ったように眉尻を下げた。庇護欲をそそる表情に男たちが息を呑む。
「……嘘は、いけないですね」
しかし少女から紡がれた言葉は、男たちの想定外のものだった。聞こえてないと思ったのか、それとも違う思惑があったのか、今度は力強い声で同じ言葉が吐き出された。
「嘘はいけません」
「……え?」
「この指輪はあなたたちのものではないはずです」
何を根拠にそう言い切るのか。男は思わずアイアンブルーの瞳から目を逸らす。もう一人の男と目だけで会話をする。
(な、なんだこの嬢ちゃん……)
(まさか知ってるのか……?)
(とにかく、あれを取り返さないとまずい)
(……仕方ねえな)
互いに頷き合った男たちは、最後に「それを返してくれないかな?」と訊ねた。
少女は心底不思議そうに首を傾げた。
「元はといえば、あなたたちが私に返してくれたんですよ?」
そこで初めて小太りの男は違和感を覚えた。落ちた指輪を拾った少女は、何て言った? 少女は指輪を拾って、「返してくれるんですね」――確かに、そう言ったのだ。つまりそれは、俺たちが何をしたかを全て知っていると言うことではないか?
もう一人の男に制止の声を掛けようとしたが、すでに遅かった。相棒は隠し持っていたナイフを手に少女へと向かっている。少女は驚いているわけでもなく、怖がっているわけでもなく、ひたすらに哀しそうな顔をしていた。
「残念です」
その時だ。上から影が振ってきて、相棒の男が無様にも潰れた。その拍子にナイフがあらぬ方向へと飛んでいく。
突如現れた男に驚いていると、少女が眉を下げたまま指を2つ立てた。ピース? 平和? ――どちらも違うだろう。
「選択肢は、2つです」
小太りの男も相棒も、現れた男までも怪訝そうに少女を見遣る。
「1つは、指輪は諦めてこのまま大人しく引き下がる。もう1つは、カルと戦って力尽くで指輪を手に入れる」
「……」
「――ちなみに、2つ目を選んだ場合、あなたたちがカルに勝てるとは思えないので、指輪は手に入らない上に騎士団へ突き出される覚悟をしてくださいね」
現れた男はカルというらしい。カルに下敷きにされている相棒と少女を交互に見た小太りの男は、悩んだのも束の間、その場に勢い良く膝を着いた。
「すみませんでした! 騎士団だけは勘弁してくださいぃ」
少女がにっこり笑う。カルが納得できないという顔をしながらも、渋々男の上から退いた。二人は蜘蛛の子のように散っていく。
「……随分甘っちょろいこと言うんだな」
「だって、依頼は指輪を取り返すところまでですよね……?」
不安げに揺れる少女の瞳を見てカルは大袈裟に溜め息を吐いた。目の前に居るこの少女が、あのハーヴェストと剣を打ち合ったというのだから驚きだ。加入一日目で問題児認定された少女はいま、「一人で行動させるのは危険」だということでお目付役に選ばれたカルと共に依頼をこなしながら、シルフィーナへ払うお金を貯めている。最強と名高いハーヴェストと未知数のクレア、二人が残した爪痕は未だギルドに残っている。当然、修繕にかかる費用はハーヴェストとクレアが半々で受け持つことになったが、これまで数々の依頼を一人で捌いてきたハーヴェストと旅人であるクレアの貯金額が同等であるはずがない。よってクレアはシルフィーナに肩代わりしてもらったために、一刻も早くお金を稼ぐ必要があるのだった。
そんなクレアが今回受けたのは、とある貴婦人からの捜し物の依頼だった。聞けば捜しているのは指輪で、眠るときいつものようにドレッサーに置いておいたが、深夜泥棒が入ったらしく盗まれたという。屋敷があるのは下町ではないし、立地的にもそれほど物騒な地域ではない。治安の良さに気が緩んでいたところを狙われたそうだ。
クレアとカルは貴婦人から話を聞いた後、話を聞いて回ったが有力な情報は得られなかった。向こうも盗みを生業としているプロだ。そう簡単に尻尾は出すまい。――と、カルは思っていたのだが。
「こっちです」
「は? わかるのか?」
「こっちから悪の臭いがします」
獣のように鼻が利く(らしい)クレアは、あっという間に指輪のありかを嗅ぎつけた。そこからは冒頭へ戻る――。
「まあ! ありがとう……!」
貴婦人は指輪を受け取ると、目尻に涙を浮かべながら何度も頭を下げた。使用人を呼びつけ、報酬――に少し色を付けたものをクレアへ手渡す。ラッキーとカルは思ったが、クレアはそうは思わなかったらしい。釈然としない顔をしながらも、貴婦人の熱意に負けて渋々お金をしまった。




