「化物じみた」連中⑤
「美味しいです!」
頬いっぱいに肉を頬張りながら、クレアは満面の笑みを浮かべている。
流れるような銀髪に、アイアンブルーの瞳。人目を惹く顔立ちをしているのは誰の目から見ても明らかだ。しかしそれを覆い隠すように、シルフィーナが返した外套を頭からすっぽり被っている。真っ黒の外套はどちらかといえば少女の身体には大きすぎるが、本人は満足そうにしている。
何らかの事情がある、ということは誰しも察していた。
――この子は一体、〈鎧の象徴〉にとって有益なのか、それとも――……。
シルフィーナは一人、目を閉じた。
▽
宿がないクレアはとりあえず、〈鎧の象徴〉に一晩泊まることになった。仮眠室があるため、何の不自由もない。何度も野宿を経験した彼女にとって、それはあまりに贅沢な寝床だった。だというのに、床について目を閉じても睡魔は一向にやってこない。
なぜだろうと考えてみて、すぐに答えは思い当たった。
――興奮しているのだ。
旅を始めてから、初めてできた"仲間"の存在に。
くすぐったい気持ちになって布団を口元まで引き上げたクレアだったが、下から聞こえた物音に身が凍り付いた。
(誰かいる……?)
クレア一人じゃ心細いと思ったのか、隣の仮眠室にはシルフィーナがいる。その気配もクレアはしっかりと感じていた。
戸締まりをしていたのはクレアも確認したし、なら、考えられる可能性としては。
(賊……)
クレアの顔付きが変わった。忍び足で布団から出ると、愛剣を手に取りそっと部屋を出る。仮眠室は二階にあり、一階と二階は吹き抜けのようになっている。柱に身を潜めて下の様子を窺うが、不審な影は見当たらない。細心の注意を払いながら、階段を下り一階に降りる。素早く視線を巡らせて、誰もいないことを確認したその時だった。
「誰だお前」
背後から響いたバリトンボイスにクレアは飛び退いた。
夜目の利くクレアにはその顔がしっかりと窺える。鋭い眼光が印象的な男だった。
「誰だお前」
言葉を発しないクレアに、男は再び同じ言葉を放つ。クレアは答える前に愛剣を鞘から引き抜いた。
クレアのいきなりの行動だったが、男は容易く反応した。静寂の中に響く剣戟。クレアは内心焦っていた。目の前の男の、底知れぬ実力に。
焦りは動揺を生み、動揺は隙を生む。重い一撃にクレアは吹っ飛ばされ、カウンターへと叩き付けられた。男が悠々とした動作でクレアの前に立つ。
自分の敗北を悟ったクレアはその瞬間、理性を失った。
「――喰らえ」
男が瞠目する。それもそのはず、クレアは自らの愛剣で腕を斬り付けていたのだから。剣の刃に血が滴る。血は刃に染み渡り、やがて剣は生き物のようにおどろおどろしい気を放ち始めた。
「妖剣か……」
男は舌打ちをすると、忌々しげにクレアの持つ剣を睨んだ。一方クレアにその声は届いていない。剣が、クレアの本能が、目の前の男の血を欲している。
クレアが顔を上げ、男と視線が交わった。クレアのアイアンブルーの瞳が闇の中で色をなくす。
その時だ。
足音と共に、見知った人の声が聞こえた。
「何やってるの!?」
惨状に目を見開いたシルフィーナは、二人の姿を見ると大袈裟に溜め息を吐いた。
「クレア!」
ソプラノの一喝に、好戦的だったクレアの瞳に色が戻っていく。次第に冷静になった彼女は、半壊したギルドを見て曖昧に笑顔を浮かべた。
「ハーヴェストさんも! 何してるんですか!」
「……すまない」
「謝って済む問題じゃないでしょう!?」
どうやら男はシルフィーナの知り合いらしい。怒鳴られて、肩身が狭そうに眉根を寄せている。
腰に手を当てて眉を吊り上げたシルフィーナに逆らうことなど出来ず、結局その日は朝まで片付けに追われたのだった。
▽
〈鎧の象徴〉のハーヴェストと言えば、「歩けば死の風が吹く」とまで恐れられる人物である。当然ギルド内では随一の腕前で、大陸でも名の通った男だ。
話を聞き終えるとクレアは萎縮しながら目の前の男を見上げた。
が、クレアを見下ろす鋭い眼光とかち合ってすぐに視線を逸らす。
「す、すみませんでしたあ……」
「……」
弱々しく謝罪を口にするも、ハーヴェストは何も言わない。その状況を見ているギルドメンバーも、誰も助け船を出そうとはしなかった。加入一日目でギルドを半壊させた問題児に、誰が優しくすると言うのだろうか。
ハーヴェストは結局一言も発さないままギルドを出て行った。クレアは半泣きである。
「自業自得だよなあ」
「うう……ちょっと頭冷やしてきます」
とぼとぼと出て行ったクレアの背中に、掛ける言葉は誰も見つからなかった。
▽
「わかったって。わかったから……」
人気の無い小川の前。木に背を預けながら、クレアは困ったように笑った。
全く問題児だよなあと呟きつつ、外套をたくし上げて左腕を晒す。
右手には妖剣と言われた剣。勢い良く左腕に突き刺すと、声にならない痛みがクレアを襲う。歯を食いしばって時が過ぎるのを待った。
やがて剣が大人しくなったのを確認し、血が止まらない左手に急いで包帯を巻く。どうにか止血を追えると、剣を鞘に戻してようやく息を吐いた。
クレアの周りには黒い染みが出来ていて、何とも言えない表情でそれを見下ろす、と。
「大変だな」
また、だ。
気配無く背後に現れたハーヴェストに、クレアは飛び退いた。
驚きを隠せない彼女に構わずに、ハーヴェストは嘲るように言う。
「グレイディア」
「……」
「禍根の妖剣として恐れられたソイツを、なぜお前が持っている?」
息が止まった。
目の前のこの男は、この剣を知っていたのだ。
沈黙が続く。真一文字に口を閉ざすクレアに、ハーヴェストは喉の奥で笑いながら言った。
「黙秘も選択の1つだ。悪いことじゃねえ」
「……」
ハーヴェストはそれだけ言い残すと静かにその場を去って行く。去り際に見せた嘲笑がクレアの頭に嫌に残った。
小川のせせらぎを聞きながらクレアは思い溜め息を吐く。
グレイディア。禍をもたらす呪われし剣は、かつて一国を破滅へと導き、その危険さ故に封印されたという、今では書物上でしか存在しない伝説の剣だ。
それがなぜ、いまクレアの手元にあるのかは割愛するとして。
「バレたら不味いよなあ……」
しみじみと呟いたクレアの言葉に反応するように、剣が妖しく光った。