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リアス  作者: 佑加
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「化物じみた」連中④


 誰も追ってきていないことが分かると、クレアは速度をゆっくり落とした。路地裏に入って、壁に背を預けて息を吐く。何度か深呼吸をくり返すと頭に血が回り、冷静な思考回路が戻ってきた。


「……どうしよう……」


 冷静になればなるほど、自分の過ちに気付く。思わず頭を抱えたクレア。


(喧嘩を売っちゃった……もう絶対ギルドに入れてもらえない!)


 それどころか、馬鹿にされたといきり立ってボコボコにされるかもしれない。想像しただけで顔が青ざめてくる。とにかく、図書館に入る手筈は追々考えるとして――この街から出なくちゃ!

 ハッと顔を上げた。こんなことをしている暇はない。早くしないと「化物じみた」連中が、クレアをとっ捕まえようとやってくるに違いない。

 クレアは天下のギルド様を侮辱したのだ。


 足早に宿に帰ると女主人が「おかえり!」と元気に声を掛けてくれる。挨拶もほどほどに、クレアは自らのポケットを漁ろうとして――「あれ?」――素っ頓狂な声を出した。


「どうしたんだい?」

「あれ……ない」


 だんだんと青ざめていくクレア。それよりも、女主人はあるものを見て「あんた!」と声を張り上げた。


「あんた、その剣、どうしたんだい……」

「え?」


 言われて気付く。外套でいつもは隠れているはずの愛剣が剥き出しになっている。装飾品と言うにはあまりに年季が入っている代物に女主人は恐れを抱いたようだ。

 手練れでなくとも分かるほどには、この剣の禍々しさはさすがに常軌を逸している。


「さっさと出てお行き!」


 クレアの愛剣、もしくはクレア自身が災いを運ぶ元凶だとでも思ったのか、女主人はヒストリックに叫んだ。クレアとしてもこの街に滞在する予定ではなくなったから良いのだが、それでも少し寂しいものがある。


「あ、あの……」


 声を掛けると女主人は怯えた目でクレアを見た。傷付いたが、これは言っておかなければならない。


「ごめんなさい、サプロなくしちゃったみたいで……」

「……サプロ?」


 外套に入れておいたはずの、サプロ――この宿の「証明印」がなかった。通常宿に連泊する際、本人だと確認するために宿の印が刻まれた石が渡される。それがサプロ。クレアはそれを外套のポケットに入れて置いたのだが――それは既に自分の手元にはない。


「サプロなんて気にしなくていい」


 最後にもう一度謝罪をしてクレアは宿を後にした。最後の一言は、クレアに対する優しさからではない。それくらいはクレアにも分かる。

 背負っている愛剣が、急に重みを増したように感じた。




「おい」


 最初、その声が誰に対するものなのかクレアはさっぱり分からなかった。それもそうだ。顔を見られないように、出来るだけ俯いて歩いているのだから。


「おい、無視すんな」


 二回目の声が聞こえたときに、あれ、やけに近いなあとぼんやり思い。


「……にしても、てめえ、随分と趣味の良い剣持ってるじゃねえか」


 クレアは弾かれたように顔を上げた。


「あ、そうそう。サプロ。返すわね」


 シルフィーナから手渡しされてクレアは「ありがとうございます……」と微妙な心持ちで呟く。


「なあ、お前」

「……はい」


 もう反抗する気も無かった。カルにシルフィーナ、アレクになぜかミゲルまで揃っている。


「お前、ギルドに入らねえか?」

「はい……はい?」


 項垂れていたクレアは、もはや必要ではなくなったサプロを呆然と見ながら、ほとんど頭を使っていなかった。

 だからと言っては何だが、言われた言葉を理解するのに時間がかかった。カルは本気の顔をしてるし、シルフィーナは微笑んでいる。アレクは終始笑顔だから何を考えているのかはさっぱりわからない。ミゲルはカルを「正気か?」とでも言いたそうに凝視している。


「それは肯定ってことでいいんだよな?」

「え……いや、ちょっと……」


 満足そうに頷くカルだったが、慌てて否定の言葉を口にする。と、カルがみるみる不機嫌になった。


「なんでだよ。男に二言はねえって昔っから決まってんだろうが」

「カル、クレアは男ではないわ」

「それにお前、あれだぞ」


 口角を上げたカルが悪戯っ子のように声音を顰めた。


「〈鎧の象徴〉に入れば、図書館くらい簡単には入れるぞ」

「もしかしたら王宮内の図書室にも口添えしてくれるかもしれないわねえ」


 二人の言葉――特に後者を聞いてクレアは顔を上げた。王宮内の図書室のほうがよっぽど魅力的だ。しかし、当然無理だろうとそれは選択肢に最初から入れていなかったのである。

 目の前にぶら下がった甘い誘惑に、クレアは飛び付く――寸前で理性を取り戻した。


「そ、それって」

「ああ」

「なにか裏があるんじゃ……?」


 随分と虫のいい話だ。それもクレアにとって。

 人間不信というわけではないが、伊達に一人で旅をしてきたわけじゃない。笑顔の人間全てを信用していたら、痛い目を見るのは自分である。


「面白えやつを仲間にしたいと思って何が悪い」

「はぁ……」


 煮えきれないクレアの肩にシルフィーナが首を回す。


「まあ、いいじゃない。クレアも目的が果たせるし、私達も楽しい思いが出来る。十分正当な理由だと思わない?」


 耳元で囁かれたやけに艶めかしい声にクレアの頬が紅潮した。コクコクと首を振る姿は、さながら壊れた人形だ。



 ――そんなこんなで、クレアは〈鎧の象徴(エル・アーマー)〉の一員となったのである。




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