「化物じみた」連中②
そうして翌日。クレアはとある建物の前に居た。
首を傾けないと全貌を把握できないほどの大きな建物。この街――ひいてはこの国でも名を轟かせる傭兵ギルド、〈鎧の象徴〉である。
世間に疎いクレアでさえ噂を良く耳にするギルドだったが、共通するのは「化物じみた」連中がいるということくらいだ。
そんなギルドの前に立っているのには勿論理由があった。
それは今朝のことだ。
クレアが図書館に行きたい旨を伝えると、宿の女主人はクレアの背中を叩きながら言った。
『王立図書館なんて、下級市民が入れるわけ無いじゃないか!』
『でも用事があって……』
『なんの用事かはしらないけどねえ。学者にでもなるか、貴族の養子にでもしてもらうか――あ、後はあれだね。〈鎧の象徴〉にでも入るとか!』
『……〈鎧の象徴〉?』
『そう! あのギルドの連中は狂ってるが、腕は確かだってもんで、国の依頼を受けることもあるらしい。国のお偉いさんや貴族の方々とも繋がってるって噂だよ』
まあ、アンタみたいなか弱い女の子には到底無理だろうけどね――と女主人は笑い飛ばしたが、事実クレアは今ここに居る。
その目は限りなく本気だ。
「化物じみた」連中とは出来れば関わりたくないが、目的のためなら仕方が無い。意を決して扉を開いたとき、丁度中から出て来た人が居たようで。
思わずバランスを崩し尻餅をついたクレアが顔を上げると、そこには予想外の人物が居た。
「……お前!」
「ヒッ!」
逃げ出す、よりも早く腕を掴まれ抵抗すら出来ずに終わる。
昨晩逃げ果せたと思っていた男が、クレアを鋭い目で睨み付けていた。
▽
「ご、ごめんなさい!」
「あ?」
「木登りが好きで! 塀も登ってみようかなあと思っただけなんです!」
「……」
「別に図書館に忍び込もうとしたとか、そういう訳じゃないんです!」
「……」
「さっきの閃光弾のことだって、わたしは全く関係ないんです!」
「……」
誠に残念なことに、この男は「化物じみた」連中の一人だったらしい。ギルドの中に連れ込まれ、正座をしながら自分を見下ろす男に必死で訴えるも、どうも無意味な気がしてならない。
男の表情は1ミリたりとも動かないのだ。
嫌な沈黙が続き、そろそろ足が痺れてきたな――とクレアがもぞもぞ動いた、その時だ。
「あらやだ。こんな可愛い子に何してるのよカル」
絶世の美女が現れた。
美女は胸元が開いた、この場には余りに似合わない赤いドレスを身に纏っている。思わずクレアが釘付けになっていると、美女は上品に笑いながら「この子、カルの彼女?」と尋ねる。それを即座に男――カルが否定した。
「違う」
「あら、違うの? 残念ねえ」
「……からかいに来たならやめてくれ、シルフィーナさん」
「つれないわねえ」
二人の会話を聞きつつ、最早感覚のなくなった足の体制を変えようと奮闘していると、上から美女の声が掛かった。
見上げると至近距離に美女の顔。
「で、あなたは誰?」
「クレアです」
「クレア……聞かない名ね。どうしてここにいるの?」
「それは、その……男の人に無理やり」
途端にシルフィーナの厳しい視線がカルへ飛ぶ。慌てて「違う!」と否定をするカルだが、その慌てようは逆に怪しいというものだ。
これくらいの仕返しは許されるはず――とクレアは俯き口元の笑みを隠す。
「……何笑ってやがる!」
が、バレバレだったらしい。カルはご立腹の様子だ。
「仲良しじゃないの!」
シルフィーナが嬉しそうに声を上げる。
――どういうわけか穏やかな空気が流れ始めたのを察して、クレアは思った。
(もしかしたら、このまま逃げられるかな……?)
カルが顔を真っ赤に怒る、それをシルフィーナが笑う、そんな二人を見てクレアも笑う――この空気の中で、まさか自分を犯罪者として突き出すなんて話になるまい。
しかしそれは甘い考えだったらしい。
「で、本当のところはどうなの?」
「コイツが昨晩の騒ぎの犯人だ」
ピタリと笑いを止めて核心を突いた二人にクレアは笑顔のまま固まった。