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ラ・リュヌ・フロワード - 凍れる月の唄 -  作者: 浅海
二章 剣を求めて
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第四節 出逢い

「やめなよ!」

 揉める三人の間に割って入り、素早く少女を背に庇う。当然面白くない男達は、悪党じみた人相でじろりとリュヌを睨みつけた。

「なんだてめぇ」

「痛い目に遭いてぇの、かっ!?」

 凄んでにじり寄ってくる男の鼻面に拳を突き出してしまったのは、防衛反応だったとしか言いようがない。突然の、かつ思いもよらない一撃に対応しきれず、太った男は仰向けにひっくり返った。

「早く、逃げて」

 少女を庇うように立った背中に、嫌な汗が滲んだ。相手は年上の、しかも体格もいい男二人だ。さすがにちょっと早まったかもしれない――とはいえ、もう後の祭だ。

「すみません、すぐに助けを呼んできますから!」

 申し訳なさそうに言い残し、少女は表通りへと駆けて行った。衛兵を呼ぶよう、コレットにはもう頼んである。ほんの少し時間を稼げばいいだけだと自分に言い聞かせて、少年は身構えた。森で熊に遭うと思えば、それよりは幾らかマシなはずだ。

「なめんじゃねえ!!」

 陳腐な台詞を吐いて、痩せぎすの男が襲いかかってきた。動きはさほど速くない。片足を庇いつつ身をかわして、リュヌは再び拳を引いた。攻撃を避けられ、たたらを踏んだ相手を殴り飛ばすくらい、どうということはない――はずだった。

「!?」

 打ち込んだ拳は、確かに男の横面を捉えたように思われた。ところが現実は違っていた。

 固めた拳は空を切り、腕を痛いほどに掴まれる。そしてそのまま、投げ飛ばされた。石壁へ強かに叩きつけられ、リュヌは苦悶の声を上げた。

 冴えない風貌からは想像のつかない動きだ。ただのチンピラと思っていたが、実態はそうとも言い切れないらしい。ならば逃げるかと考えたものの、先ほど殴り倒した方の男がいつの間にか立ち上がり、狭い退路を塞いでいた。

「見ねえ顔だな。難民か?」

「そういやサリエットから逃げてきた連中がいるって、朝礼で言ってたなぁ……」

 壁際にじりじりと追い詰められ、徐々に逃げ場が狭まっていく。咄嗟に動いていればまだすり抜けるチャンスもあったかもしれないが、今となってはそれも難しそうだ。

「だったらなんだって言うんだ?」

 じろりと、琥珀の瞳が男達を見据える。しかし格下の少年がいくら睨みつけた所で、彼らは全く意に介さないようだった。

「この街にはこの街のルールがあるんだよ。田舎モンが、調子に乗ると痛い目見るってことを思い知らせてやるよ!」

 やられる。

 そう確信して、咄嗟に両腕で顔を庇い、目を瞑った。――しかし。

「ぐあっ!?」

 拳撃は、いつまで経っても襲ってこなかった。代わりに蛙の潰れたような声が聴こえ、続いて何かの崩れる音がする。恐る恐る目を開けてみると、男達が二人、崩れた木箱の山の中に仲よく突っ込んでいるのが見えた。

「ったく問題ばっか起こしやがって……除隊になりてーのかお前ら!」

 若い男の声だった。振り向けば一人の青年――少年、と表してもよいかもしれない――が、竹箒の柄をくるりと回して担ぐのが見えた。少し大人びて見えるが、ともすると同い年ほどではないだろうか。またその後ろには、これも同じ年頃の若者が一人控えている。

「……ホウキ?」

 状況がうまく飲み込めずにいたリュヌだったが、突如として腑に落ちた。助けを呼んでくると言って、あの娘は走って行った。それが恐らく、彼らなのだろう。

「お前、サリエットの避難民か?」

「あ、いや……」

 箒を持った少年が尋ねる。エーレルだと答えると、猫のような瞳が翳った。少なくとも彼は、エーレルに起きたことをある程度把握しているらしい。

 しばし困ったように口ごもった後、大変だったな、と彼は言った。

「あんまり無茶すんなよ、あんなでも一応兵士だ。下手に手出すと怪我じゃ済まない上に、お前の方が悪者にされかねない」

「ありがとう。……あの人達、兵士だったんだ」

 ああと苦い顔をして、年嵩の少年は頷いた。

「志願兵って奴さ。パニックを抑えるために表向きは平静を装ってるけど、第三師団が全滅したなんて大損害だしな。……だけどあんなんじゃ、猫の手にもなりゃしねえ」

「じゃあ、君達も……皇国軍の?」

 凄い。少年は純粋に感嘆した。

 目を瞑っていたせいで何が起きたのか仔細は分らないが、彼は一回りも二回りも体格のいい相手をいとも簡単にのして見せた――それも恐らく、その辺に転がっていたのだろう箒で。

 歳は自分と同じくらいに見えるのに、この違いは何なのだ。

「……ねえ、君」

 後ろに控えていた少女が、ぽそりと口を開いた。

 少女と言ってよいのかどうか、実際の所ははっきり分からない。ただ華奢な身体つきと高い声は、隣に立つ少年との対比もあって女のそれに思われた。

「足。怪我してる」

 頬に掛かる髪を軽く押えて、青髪の少女はリュヌの足元に屈み込んだ。じっとしてて、と促され目を瞬かせていると、包帯を巻いた踝に細い手が触れる。その仕種に妙にどぎまぎして、視線を背けようとした――その時。

「……え?」

 手袋の掌から、蒼い光が溢れた。痛めた個所が水で清められていくような感覚が、冷たく、そして心地よい。

 光は徐々に収縮し、やがて完全に消えてしまった。同時に足の痛みと違和感もまた、完全に消えてなくなっていた。

「……はい、もう大丈夫」

 そう言って、少女は微笑した。思わず頬が熱くなり、リュヌは顔を俯ける。

「今のは……その……魔法?」

 魔法と呼ばれる超自然的な能力が、この世界には存在する。しかしそれは、才能を有するごく限られた人間だけが扱えるものに過ぎない。その存在を知ってはいても、実際に目にするのは初めてだった。

 ありがとう、と続けると、無口な少女はもう一度、にこりと笑んだ。

「リュヌ! 大丈夫!?」

 ばたばたと、忙しない足音が聞こえていた。建物と建物の隙間に覗く大通りを、亜麻色の髪が思い切り通り過ぎ、そして慌てて戻ってくる。その後ろには、鎧を身に着けた衛兵らしい姿もあった。

「衛兵さん呼んできたわよ――……あれ?」

 すっかり様相を変えた路地裏の光景に、コレットはぱちりと瞳を瞬かせた。知り合いか、と尋ねる声に、リュヌは小さく頷いた。

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