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ラ・リュヌ・フロワード - 凍れる月の唄 -  作者: 浅海
第六章 敗走、そして
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第四節 決断

 翌朝は、聞き慣れない鐘の音で目を覚ました。

 ミュスカデルの兵舎の鐘とは異なり、グルナードの鐘は建物全体にがらがらと響く。疲れも相まって死んだように眠っていたリュヌだったが、これでは目を覚まさざるを得なかった。

 お蔭でただでさえ悪い寝起きが余計に悪くなり――もっとも、うなされもせずぐっすりと眠っていたので、フォルテュナには『意外と立ち直りが早い』などと評された――不承不承、身支度を整え、二段ベッドの詰まった部屋を出た。

「こんな朝早くから何なの? 訓練する場所もないのに……」

 欠伸を噛み殺そうともせずにぼやけば、俺に訊くなよとフォルテュナが呆れる。その一歩後をついて歩きながら、ベルナールが言った。

「多分、これからのことについて説明があるんじゃないかな……」

 ミュスカデルを占領したスプリング軍にいつまた動きがあるともしれない今、こちらもじっとしてはいられないということなのか。同じく鐘に叩き起こされた兵士達の波に交じり、少年達は螺旋階段を下っていく。

 集会場は建物の一階だ。立方体に近い要塞の中心部分は、上層階では複数に区切られているが、一階から二階にかけては仕切りのない吹き抜けの空間になっている。その入り口の少し手前で、ジルとバティスタが話をしているのが見えた。

 マルセルはあの日、戻らなかったらしい――コレットから聞いた話を思い出して、なんとも言いようのない息苦しさを覚える。その内にジルの方がリュヌ達に気付き、片手を挙げた。

「おー、リュヌ! 大丈夫なのかお前!」

「えっ? ええ、なんとか……」

 どう声を掛けたものかと迷っていたので、あっけらかんとした声に拍子抜けした。そうして言葉を探す間にも、ジルはリュヌとフォルテュナの間をすり抜けて、ベルナールの肩を抱く。

「よぉーベル、どうしたんだよそんな微妙な顔して、せっかくの美少年が台なしだぜー?」

「お前の存在に困ってんだよ!」

 ジルの手を払い除け、フォルテュナはベルナールを背に庇った。しかしめげない剣士はまじまじとフォルテュナを見詰めると、ああ、とわざとらしく手を合わせる。

「ヤキモチか?」

「なわけあるか!!」

 ギャンギャンとやり始めた二人からそっと距離を取り、リュヌは壁際に身を寄せた。自然とバティスタの横に並ぶ形になり、軽く会釈する。

「仲いいですね、あの二人。……っていうか、意外と」

 元気ですね。

 思わず零してしまった本音の意味を察したのだろう、バティスタは無表情の中に苦い胸中を滲ませた。

「あいつなりに考えてはいるんだろう。次の動きもある……できるだけ普段通りに過ごせればそれに越したことはない」

 命じられればいついかなる時であれ、戦わなければならないのが軍属の常だ。友を失ったからと言って、いつまでも後ろを向いてはいられない。とはいえ、と褐色の青年は溜息をついた。

「あれが普段通りというのも考えものだな……」

 身の丈ほどの長斧を軽々と肩に担ぎ、バティスタはフォルテュナにじゃれつくジルの首根っこを掴んだ。

「ぐえっ」

「いつまでやっている気だ」

「ちょ、襟、伸びる! 引っ張んなって!! じゃあベル、リュヌ、またなー!」

 最後にリュヌを巻き込んで、ジルは半ば引きずられるように広間の中へ消えて行った。相手を終えたフォルテュナはどっと疲れた顔をしていたが、反してベルナールはどこか安堵しているように見えた。

「ジルさん……元気になって、よかった」

 リュヌが眠っていた二日間には、きっともっと色々なことがあったのだろう。深くは詮索しないことにして、行こうかと促した。


 ◇


 広間の中は、既に大勢の兵士達でごった返していた。

 多くの者が不安げに寄り集まって話す中で、コレットが一人ぽつんと立ち尽くしている。所在なさげな背中を軽く叩くと、少女は小さく声を上げて振り返った。

「おはよう、コレット」

「おはようじゃないわよ。もう話が始まるわよ?」

 しっと人差し指を立てて、コレットは言った。咎めるような眼差しをかわして広間の奥に目をやると、演壇の上にセレスタンと幹部達に加え、護衛を連れた皇女ベアトリスの姿が見えた。演壇の後ろの壁には、大きな地図が掲げられている。やがてセレスタンが身を翻すと、無秩序にざわめき立っていた室内が水を打ったように静まり返った。

「おはよう。皆、この三日間で少しは身体を休められたことと思う。……早速だが、我々の今後の動きについて説明する」

 皇王ファブリスは凶刃に倒れ、ミュスカデルは占領された。第一師団の人員は本来の三分の二にまで減少した一方、スプリング軍は正規兵の数をほぼ維持したままだ。加えてあの魔法使いの存在を考慮すれば、とてもミュスカデルを攻め返せる状況にないことは馬鹿でも分かる。

 残った人員をどう動かし、何を成そうというのか。兵士達は固唾を飲み、続く言葉を待った。

「結論から言おう。私達は――このグルナードを、棄てる」

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