見上げる時間
林の中の人口的に円状に切り開かれた場所。
ここからは月が良く見えた。
詩穂のお気に入りの場所だった。
ここにはもういない幼馴染と、昔よく来ていた。
その幼馴染の名は、永瀬由紀乃という男の子である。
その永瀬由紀乃は五年前の事件で亡くなっていた。
少なくとも詩穂はそう思っている。
切株に腰を掛ける。
木々達が葉を揺らし、音を立てる。
風が吹き抜けていき汗をかき火照った体を冷まさせていく。
もうすっかり辺りは暗くなっていた。
まだ寒さが残る季節。
空気が澄んでいるからこそ、星がはっきりと見える。
「満月が綺麗……」
つい感嘆の声を出してしまった。
なんだかそれが恥ずかしくなったのか。
袴の衣嚢から。
横に顔が広く、体は丸太い。
近い距離にある耳。
手足は普通くらいの大きさと長さ。
ちょっと見た目が変な形で、まぁウサギかなって感じの。
そんなウサギ人形を取り出す。
「きゅーちゃんもそう思わない?」
膝元に置いて、ウサギ人形に話しかけた。
満月の日の巡回には、詩穂はこのウサギ人形を持ち歩いていた。
それは昔、由紀乃が手作りで詩穂へプレゼントした物である。
ウサギ人形にも見えるように、満月のほうへ体を寝かせる。
これできゅーちゃんの目にも見えるかな。
……うん、喜んでいる……ような気がする。
喋らないし、動いたりしないけど、きっと同じ事を思ってくれているはず。
そのまま詩穂は、ウサギ人形と一緒に満月を眺めていた。
「……きゅーちゃん、私ね、またやらかしちゃった」
「最近、自分を見失っちゃうんだよ。どうしたらいいと思う?」
だけど、きゅーちゃんが答えるわけがなく。
何故なんだろう?いつからなんだろう?
そう考えても何も分からず。
お腹の辺りに何かに焼かれ、押しつぶされそうな感覚。
駄目だ。とりあえず、落ち着こう。
今は綺麗な満月を見上げて、風を感じながら風景を楽しむのだ。
もし彼が生きていれば、教えてくれただろうか?
……どうだろう。彼は彼で結構マイペースだし。
でも、やっぱりいないのは、かなり、その……くる。
これもダメだ。
「由紀乃君……」
それでも、簡単には寂しさは消えなかった。
少し眺めて、落ち着いた頃に。
「おーい、詩穂。帰るぞー」
反対側の林から勝気そうで、でも優しさを秘めたような、そんな声が聞こえてきた。
千秋が呼びに来たのだ。
「またそのウサギ人形持ってきてたのか」
「いけないかな?」
「いけなくはないが......」
石垣から腰を上げると、ウサギ人形を袴の右ポケットに入れる。
……ん?
なんだろう?右ポケットで何かが動いたような気がした。
……いや、そんな、まさかね。
違和感を拭う。
胸当てを付ける。
太刀を左腰に携帯し、石垣の上に置いておいた弓と矢筒を背負う。
「いつ見ても重そうだな。お前の装備」
「何があるか分からないからね。」
「たまに厄介な奴が出てくるからな。それにしてもよく動けるよな」
「うーん。慣れ、かな」
「私には絶対無理だ」
「千秋はその必要がないじゃない」
「近い詩穂にもできるよ。お前は頑張ってるじゃないか」
「まだ......できるように、ならないよ」
刀を生成しようとして失敗した事を思い出す。
「私が教えられればな......」
「千秋は感覚でできちゃうもんね。仕方ないよ」
「その代わり、できないものはできないけどな」
私達は林の中に入っていく。
そこから広がるのはただの暗闇。
月の光すら届かない静寂。
音がするのは、歩く音だけ。
だけど、何も警戒を必要はない。
林を抜けると、村の明かりが見える道に入った。