9 白昼の接触
「おい、待てよ。待てってば」
しかしリアは聞く耳をもたず、来るときは人生でもっとも近くて遠かった通路を、大股にずんずん歩いていく。
薄暗い通路を闊歩する後ろ姿は、さながら迷宮を徘徊する#怪物__モンスター__#──いや、今のリアは、もっとタチが悪い。
「待てったら。話を聞けよ」
「なによ」
「なによ、じゃないだろ?」
ようやく反応したが足はとまらず、大迷宮商事の正面ゲートで入館証を返して、さっさと屋外に出ていこうとする。やむなく俺とオーベルもそれに倣い、ばたばたと後を追った。
機嫌が悪くなるとダンマリを決めこむクセは、養成学校時代のまんまだ。
教官半殺し事件のときもそうだった。暴れた理由はおろか、一言も口をきかないもんだから、周囲がどれだけ手を焼いたことか。
だが、それが通用するのも学生時代までだ。社会にでれば、むくれて黙り込んだって周囲は何もしてくれない。
発言して主張して解決策を見つけなければ、待っているのは失業だけなのだ。
「おい、いい加減にしろよ!」
「お説教なんか、もうたくさん!」
「もうって、まだ何も言ってねーだろ」
「どーせ、これから言うんでしょ」
「違うって。俺はどうすりゃいいのかをだな──」
「ほらでた!」
リアは赤い髪を振り乱して、
「ほらでた、お説教! だいたいフィルは普段からちょっとエラソーなのよ。ちょっとあたしより勉強ができたからって」
「いや勉強はいま関係ないだろ」
「でも文章に変なルビが多すぎるってレポートだすたびに怒られてたよね。頭よさそうなフリして説教すんのやめてくれる?」
「昔話してる場合じゃないだろ。#目下優先事項__いまのハナシ__#なんだからとにかく聞けって!」
「じゃー訊くけど、他にどうすりゃよかったのよ」
「どうすりゃよかったのか、じゃなくて、これからどうすりゃいいのか、だよ!」
「お、おふたりとも落ちついて──」
激しく口論するリアと俺、それを宥めようとするオーベル。
そんな構図のまま表通りにでた俺たちは、
「よ!」
そこに見知った顔をみつけて、一様に黙りこんでしまった。
「どもども! 毎度、元気のいいこってすなァ」
髪を七三に撫でつけて、きざったらしい口髭をはやした中年男が、片方の踵を浮かせたモデル立ちでニヤニヤしている。デッカ興産㈱賃貸営業課の課長代理、エディ・ヒースだった。
(よりにもよって、こいつに会うとは)
正直すぎるリアの顔にはそう書いてあったが、べつに悪人ではない。㈲ノーザン・クエストはデッカ興産㈱から装備品などをリースしており、ヒースはその担当者だった。
「いつもお世話になっております。こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
内心はどうあれ、リアは丁寧に挨拶をした。
俺とオーベルも会釈をしたが、
「ンッもう、固いっすよォ! いっつも他人行儀でおじさん傷つくなァ。もっとフランクにいきましょーよ、フランクにィ! なんたって、ウチとノーザンさんの仲じゃないですかァ」
ヒースはぺらぺらと喋りながらにじり寄って、リアの肩に腕をまわすと親しげにポン、ポンと叩く。
(ぴくっ)
と眉が動いて、リアは身体を固くした。