8 リアの暴走
「ふざけないでよ!」
リアが立ちあがった。
当たり前だ。こちとらギルド存亡の危機なのだ。お嬢様の遊びに振りまわされちゃたまらない。
「あんた、また自分ちの使用人をタダ働きさせるつもり?」
「あら、人聞きの悪い。ちゃんとお給金は渡しておりましてよ」
「あんたのお父さんがでしょ! クラインさん、いいんですか? こんないい加減な話ってあります?」
「わ、我が社としては、お見積もりいただいた価格で、オーダーに沿った仕事をしていただければ、その、とやかく言う筋合いものもではございませんので」
「見積もってないじゃないですか! ただ欲しいものの値段を書いただけで」
「そこはその、オールダム社様のご都合ですから、我が社としては、詮索すべき性質ではないところでして──」
「そんな見積もりが信用できるんですか?」
「そ、それはもう。シンシア様には、いつも発注した通りの、完璧な仕事をしていただいております、ええ」
シンシアの顔色を窺いながら、クライン氏は言った。
もっともシンシアは、なんの話をしているか理解できない様子で、不思議そうな顔をしているだけだが。
クライン氏の話に嘘はない。
迂闊にも忘れていたが、本人がちっとも理解していなくたって、シンシアにはそれができるのだ。
ずる賢そうなニールも、脳味噌まで筋肉でできていそうなエバンスも、それぞれ#盗賊__シーフ__#、#戦士__ウォリアー__#としては一流だった。
パーティを組む場合は、彼らに#僧侶__クレリック__#のグレイブス、#魔術士__マジシャン__#のサラメンダ、#射手__シューター__#のスタイナーなどが加わるのだが、彼らの性格はさておき、腕は確かだと認めるしかない。
そしてなにより問題なのは、連中はカークコールディ家の扶持だけで人並み以上に高給なので、オールダムの見積もりに人件費を含めなくていいことだ。
「#不当廉売__ダンピング__#だ!」
俺は叫んだ。
「あきらかに市場の健全な競争を阻害する行為だ。すぐに公正取引審査会に提訴を──すぐに──」
すぐに──提訴状に不備がないかチェックに三日。受理されたとして関係部署の回覧に十日。審査会の開催が決まったとして、委員の招集に少なくとも二週間から一ヶ月──
万事休す。さすがに匙をなげかけたとき、
ばん!
と、リアが長机を叩いた。
「クラインさん! ようするに、安いところに発注されるってことですよね?」
「え──ああ、そ、そう──なりますかな」
「そうですよね?」
「ええ──まあ、仰る通りです」
「うちは十三万でやります」
「え──」
えええっ!
と、こっちが叫ぶところだった。
無茶を言うな! どこをどう切りつめれば、そんな金額で採算があうんだ?
「お、おい──」
慌ててとめようとしたが、じろりとこっちを睨んだリアの眼差しは、それが手遅れだと無言で語っていた。
暴走しているときの顔だ。教官を半殺しにしたときもこうだった。
つまり俺は、リアの暴走を食いとめるという任務に失敗したのだった。