7 破壊の女王
他社のプレゼンに乱入するという、あり得ないマナー違反にあえて目をつぶって貸しをつくる。
高度な心理戦術にクライン氏は黙り込んだが、乱入してきた張本人であるシンシアには、マニュアル本に書いてある心理テクニックなど、まるで通用しなかった。
「本当にお時間とらせませんことよ。だって紙を一枚、置いていくだけですもの。ニール、あれを」
公的にはオールダム商事㈱カスバ支店の従業員、私的にはカークコールディ家の従僕であるニールは、ずる賢そうな顔をニヤリとさせて、
「案件整理番号:PCS七〇九六、ゴブリン駆除及び巣の除去一式費用のお見積書でげす」
一枚の紙きれを、あろうことか俺たちの提案書類の上に、ひらりと投げた。
リアの太い眉がまたきりきりとつり上がったが、次の瞬間、そこに書いてある数字が目に飛び込んできて、そのまま絶句してしまった。
俺たちも同様だ。オーベルの目玉は眼鏡を突き破りそうになっている。ずいぶん時間がたってから、俺は自分の口がぽかんと開いているのに気がついた。
その【見積書】と書かれた紙にはただ一行、
『ゴブリン退治 一三八〇〇〇デル』
迂闊にも忘れていた。この業界で、シンシア・カークコールディがなんと呼ばれているかを。
狂気の爆安女王──
二十五万から三十万デルが相場の仕事で、その半値以下を平気でだしてくる。
リアが立ち上がって、
「ちょっと!」
「あら、なにかしら?」
「どうなってんのよ、これ!」
「どうって、十三万八千デルでゴブリンを退治してさしあげるんですのよ。変かしら?」
「こんなの原価割れに決まってるでしょ」
「原価割れ?」
シンシアは訝しげな顔をしていたが、やがてポンと手を打った。
「ああ、お金が足りないってことね? ご心配には及びませんわ。ブーアマン社のアイラッシュエクステ、六万九千デルしかしませんもの」
「は?」
「もっとも片方だけですけど。両眸で十三万八千デル。ちょうどぴったりですのよ、ホホホホのホ」
しばらく何を言っているのかわからなかった。わかった瞬間、俺はトロールの棍棒に頭をかっ飛ばされたかのような衝撃を受けた。
リアはメドゥーサに睨まれたかのごとく石化して、オーベルにいたってはドラゴンブレスをくらった燃えかす同然だ。
いったいどこの世界に、買い物とぴったり同額の見積書をだす馬鹿がいるんだ?
いや、まあ、ここにいるんだが──
シンシアにとってクエストとは、必要額の現金化でしかないのだった。