6 逆襲の心理戦
「苦戦中のようね、ノーザン・クエストの皆さん?」
見事なモデル立ちで見おろすシンシアを、
「商談中なんですけど」
リアが睨んだのも無理はない。明らかなマナー違反だ。
というか他社が商談中のブースに突入するようなマネを、シンシア・カークコールディ以外の誰がやるのか教えてくれ。
「これはこれは、シンシア様」
しかしクライン氏は咎めだてるどころか、貴賓を迎える恭しさで立ちあがっていた。なんだよ。割り込んできた相手にそれかよ。
「クラインさん。ご機嫌いかが?」
「はい、おかげさまで何とか。ただ今、お茶をお持ちしますので」
「あら、お気遣いなく。すぐに行きますわ」
「まあまあ、ごゆっくりなさって」
リアがたまりかねて、
「商・談・中・なんですけど!」
そうだそうだ。今度ばかりはリアが正しい。俺たちはアポイントをとってここにいるんだ。
いくら#大手__メジャー__#だからって、#零細企業__インディーズ__#の商談を邪魔していい道理がない。それがたとえ公共クエストを告示するカスバ市長の娘であってもだ。
しかし俺は、そんな心中をおくびにもださずに笑顔をつくって、
「どうやらダブルブッキングのようですね。クライン様はご多忙ですので無理はありません。せっかくオールダム商事様もお見えのようですので、私どもが席を外してお待ちしましょうか?」
露骨に#依怙贔屓__えこひいき__#をやってのけたクライン氏も、これには言葉が出なかった。
「ちょっと、フィル」
リアが小声で睨んできた。
正論が正解とは限らないことをリアはよくわかってない。たぶん永遠にわからないだろう。
今回は入札案件ではないので、どこを贔屓しようと担当者の勝手だ。邪魔されたと怒ってみても、担当者の心証を悪くするだけで、いいことはひとつもない。
俺も声を落として、
「ここは引くんだよ。引くことでクライン氏にひとつ貸しをつくるんだ」
クライン氏にしてみれば、約束通りに来社した取引先を自分の都合で待たせることになる。
多少なりとも引け目を感じるだろうし、それによって依怙贔屓を自覚させる効果も期待できる。
他人に不公平を指摘されると意固地になるだけだが、自覚すると密かに襟を正そうとするものだ。
次の#行動__アクション__#では公平な自分を演じようとするだろう。
「それって、うまくいくの?」
「──たぶん」
なんたってリグビー出版の『年収三千万デルの冒険者が駆使する九十九の心理テクニック』にそう書いてあったのだ。
そうであってくれ。でなけりゃ困る。