1 大迷宮の扉
燭台をかざしながら薄暗い通路を一歩、また一歩とすすんでいくと、ようやく目的地が見えてきた。
おびただしい冒険者を葬ってきた大迷宮の最深部──
不気味な静寂のなかに、志なかばで倒され、挫かれ、踏みにじられて、ついに英雄になれなかった先達の、怨嗟の叫びが聞こえてくるようだ。
「──くっ!」
すくみそうな足を強引に振りあげて、俺はまた一歩を踏み出した。
ここまで来た以上、留まっていることは許されない。逃げ出すか、さもなければ前に進むかだ。
「フィル、ひとりで前に出ないで」
凛とした声が俺の足をとめた。
声の主はリア・スティッグウッド── 肩にかかる赤い髪に、長い睫毛に、翠玉色の瞳をした、まあ一般的に言えば整った顔だちといえる同僚だった。
ただ、きりきり吊り上がった眉と、真一文字に引き結んだ口元に、過度の気負いがあらわれている。
(危ういな──)
彼女の暴走に気をつけなければ。焦燥に駆られた味方は、ときに敵より脅威なのだ。
とはいえ戦士である以上、剥き出しの闘争心は必須スキルのようなものだ。そんなときに錨の役割を果たすのが──俺はもうひとりの仲間に目を転じた。
「ど、ど、どうしても行くんですか?」
ダメだ。これは頼りにならない。
職業適性を鑑みても、胆力にやや疑問符のつく聖職者のジュール・オーベルは、さっきからしきりと眼鏡をずりあげていた。
「行くんです。俺たちにはもう、それしかありませんから」
「でも、フィルさん。相手はあまたの冒険者を葬ってきたという──」
「で、あってもです」
俺は断固とした口調で告げた。
オーベルは二十代後半、つまり俺やリアよりひと回り年長だが、こうして強く言い切らると何も言えなくなってしまう。
リアの暴走をとめる役割など、期待できるはずもなかった。
「オーベルさんは、後ろに控えていてくだされば結構ですから。そう打ち合わせをしたはずでしょう?」
「ですが、リアさん──」
「大丈夫。もともと前衛はあたしとフィルなんです。本当はシアーズさんも来られたらよかったんだけど」
「そ、そう、そこ、そこですよ」
オーベルは大袈裟な身振りつきで、
「シアーズさんがいる時に、あらためて来るってのはどうでしょう」
「それはダメです。この機を逃せば次はずっと先になってしまう。あたしたち、それを待ってはいられないんです」
「し、しかしですね」
「シアーズさんはいないけど、時間は残されてません。もう一刻の猶予もないんです」
キース・シアーズはギルドの最古参で、この地方では【カスバの大槌】という通り名のほうが有名な冒険者であり、俺やリアにとっては大先輩にあたる古強者だった。
五名ないし六名でパーティを組む場合、彼を中堅に据えて、右翼にリア、左翼に俺を置くのが理想的な最前線ではある。
しかし【カスバの大槌】はここにいない。いない者をアテにはできない。
不在によってその存在をより大きく感じながら、
「行こう」
俺は気を引き締めなおして、そう言った。