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星読み導師と流星(メテオ)な助手

作者: 小津 カヲル

「荷物、これだけですよね、忘れ物は……?」


 この町へ来て仕事場を変えるのは、これで五度目。聞くだけは聞いてみるものの、肝心の上司はというと……


「ねえ、もっと居てくれてもいいのに」

「そういうわけにはいかないんだ、ごめんねマリアンナ」

「……また来てくれる?」

「もちろんだよ、ここのマフィンは最高だからね」


 カフェのオーナーに涙目で迫られつつも、微笑みを絶やさない余裕は、度が過ぎればただチャラいだけに見える男。これが私の今の上司、というか雇い主。この淡い色の金髪に中性的な顔立ちの優男は、叶えようとは思ってもいない言葉を口にしているのだから、始末におえない。

 確かにこのカフェはマフィンなど焼き菓子がとっても美味しい。体重との攻防さえなければ、毎日でも食べたいくらい。だけど新しい仕事場の手配が済んだ今、長居は無用。

 理由はそれだけじゃない。

 彼が私に微笑むので、いつも通り私は仕事用の分厚いノートを取り出し、読み上げる。


「マリアンナさんの主星が、明日の十時には注意が必要な宮へ入ります。これは対人関係の更新を意味していまして、反対にキースはこのあとすぐに、凶星の影響を受けやすくなります。ここで引き留められると悪影響を受けるのはマリアンナさんの方で……」

「あら、それは大変! じゃあ、残念だけどまた星の巡りが良くなったら会いましょう」


 私の言葉を聞くやいなや、しなだれかかっていた腕を外す美女。残念と述べた言葉とはうらはらに、乾いた笑みを浮かべているのは、なにも彼女がとりたてて薄情だからではない。

 この世界に住む人々の行動理念は、いつだって星に左右されている。


「じゃあね、キース、ナチ、また星のご縁がありますように」

「マリアンナにも、星の巡りの恩恵を」


 形式通りの挨拶を交わし、私と私の雇い主であるキースは大きな荷物を抱えて、借りの職場であったカフェをあとにしたのだった。

 私の少し前を歩く彼キースは、いわゆる占星術師である。私は彼の助手として、雑務から日常のことまで手伝いをしている。

 この世界では占星術……正確には星読みと呼ばれるのだけれど……彼ら星読みたちの仕事は、日常生活において、なくてはならないものなのだ。人生を左右するほどの決断はもちろんのこと、たとえば引っ越し先から部屋のインテリアまで、生活のありとあらゆることで星読みはアドバイスする。この世の生あるもの全てには、星の導きがあり、その力に影響を受けているという。だから星の影響を細かく計算し複雑な統計を元に、より幸せな運気を読みとる。そんな彼らは、星読みの導師と呼ばれていた。

 私の雇い主であるキースもまた、星読みの一人ではあるものの、大勢いる星読みの末端の一人。

 まあ、見た目だけなら特上なのだけどね……


「なにしてるの、早くおいでよ那智なち!」

「はいはい、ただいま。って……少しは荷物を持ちなさいよ、キース!」


 抱えていた大きな鞄を、キースに放り投げると、あわてて大事そうにえキャッチしてみせる優男。

 さすがに商売道具は大事にするみたい。ついでに助手も大事にしてよね。

 私……藤森那智ふじもりなち、どんな理由があったのかは分からないけれど、異世界トリップを果たした日本人。

 就職活動がようやく楽になった幸運の世代で、長い勉強を終えて仕事にもつき、人生でもっとも輝くはずだった……。遊びに仕事に恋愛に、これからだっていうのに、不運にも異世界へ飛ばされてしまった。

 そう、あの日は本当に何気ない一日だった。

 いつも通り会社で書類整理と電話応対にあけくれて、暗くなってからようやく帰路についていた。

 時間のわりに空いていた電車を降り、駅のホームからふと見上げた夜空には、きれいに輝く月。

 つい見とれて足を止めたときだった……月のすぐ脇に、一筋の流れ星を目にとめた。なんて幸運なんだろうと、心のなかで呟いたと同時に、ホームを走り抜けた特急列車の風にあおられて……体勢を崩してしまったんだと思う。瞼を閉じたのは、一瞬だった。それなのに……

 気づけば私は、輝く夜空の星とともに、丸い地平線に向かって空を流れていた。

 夢にしか、思えない光景だった。

 輝いては燃え尽きる無数の流星群のなかで、揺りかごに包まれているかのように温かく、守られながら落ちていく自分。いつしか火花に囲まれながら、意識が遠のいていった……

 次に気づいたときには傍らにキースがいて、私は彼の観測所の寝台に寝かされていた。そして何がなんだかわからないでいると、キースは容赦なく告げたのだ。


『ようこそ、破滅を呼ぶ流星の乙女メテオーラ。世界の全てがきみを疎んじても、ぼくはきみを歓迎するよ』


 世界中の星読みが滅びの予言を紡いだその日。空を埋め尽くした流星とともに落ちてきた私は、この世界にとってのイレギュラー。星の運行を邪魔する私は、星読みを狂わせる存在なのだと聞かされた。不幸を呼ぶ要因は、排除される運命。すべては人々の幸福のために……

 って聞かされても、いまいち理解できなかったのよね。

 ようは、この世界の邪魔者ってこと?

 そうキースに聞けば、微笑み誤魔化しつつも頷いていた。

 本当についてない……今までだってアンラッキーなことは起きてきた人生だけれど、それでもなんとかやってこれた。なのに、このざま。どうしてその懸命に生きてきた人生を捨てなくちゃならなかったの、不運にもほどがあるわよ。

 助けてくれたキースに事務職だった計算力を買われ、助手としての仕事を手にいれた。こちらの世界の事情を教わりながら、生活はなんとかなっている。だけど日本とは全く違うこの古びた世界に、長居をするつもりなんてない。絶対に。

 固くこぶしを握りしめ、決意を新たにしていたわたしの腕を、キースの細い指が掴んで引っ張った。


「あ、ちょっとなによ」

「こっちの道を使うよ、ぼやぼやしないで」

「わわっ」


 外見は女性かと見間違えるほどのキースだが、腕力はやはり男性。あっという間に引きずられて細い路地へと入り込む。

 目的の場所は、これまで居候していたカフェから西に行ったところにある古本屋だ。距離はそこそこあるものの、方角はまっすぐなのに、どうしてわざわざ路地に入るかというと……


「来た、声を出さないでよ……四、三、二、一……」


 キースが壁に背を向けて声をと切らせた次の瞬間、私たちが先ほどまで居た大通りに、何人もの衛兵たちが走ってくる。その姿に、私の心臓が大きく鳴った。


「今度こそ逃すな、行け! 不審者は全て確保だ!」

「残りは反対側へ回り、見張りを立てろ!」


 部下に指示を出している大きな体格の衛兵は、何度か見たことがある人だった。やっぱり、私たちを追っているのは明白だろう。

 十人以上の足音が遠ざかっていくのを、息を詰めて待つ私とキース。

 そのまま三分ほどした頃だろうか。キースはコートの胸元から、小さな星図を模した懐中時計を取り出し、ひとしきり眺め頷いてから、私に向かって極上の笑みを見せた。


「もう大丈夫みたいだ。今回も無事に逃げ切れてよかったね、那智」

「……それは、どうも」


 安堵から出てしまう、大きなため息。素直になりきれず、こうして返事を返すのももう何度目か……。

 再び荷物の鞄を抱えなおし、私たちは細い路地を前後に歩く。つい緊張から重くなる私の足とは反対に、キースの足取りはいつだって軽い。

 先ほどのことなど無かったかのように、キースは笑顔で私を振り返る。


「あ、そうだ聞いてよ那智、今度の店主はイケメンなんだって、那智もそういうのが嬉しい?」

「は? どうでもいいわよ、そんなの!」


 軽薄そうな上司の、まさに軽薄そのものなセクハラ発言に、持っていた手提げ鞄を投げつける。


「ふーん、那智ってば機嫌悪いなあ、もしかして女の子のひ………ぐう、くるしい」

「違うわよバカ! あんたはなんでそう無神経なの!」


 コートの襟を掴んで体重をかけてしまえば、タイも共に引っ張られて絞まる首。涙目で謝るキースを解放し、今度は私が先に歩くことにした。


「本当に緊張感ないんだから。あいつら衛兵に私が見つかったら、匿ってたあんたも罪を問われるんでしょうが」

「僕の……心配してくれてたの、那智?」

「ち、違うわよ、私は帰りたいの、平和的かつ確実に。それだけ」


 そう、私は帰りたい、自分の家に。あの便利だけどろくでもない、ごちゃごちゃとした世界に。

 それが可能だと私に告げたキースを信じ、逃亡生活を続けている。今のところ頼りはキースの星読み。流しの導師だけど、腕は確かだと思う。こうして星の運行を読む力だけで、追っ手をかわし続けているのだから、信用してる。……一応。

 いつか巡ってくる、私の帰還の星廻り。それをただ待つしかできないけれど、無事に帰るその日まで、私は逃げ続けてやるんだから。

 ふと、後ろから伸びてきた手が、私の髪をふわりと撫でた。

 振り返らずとも分かる、キースの手。


「大丈夫、任せといて。君はぼくにとって最高の救い星なんだから」


 何をしたわけでもない私を、世界が拒絶し『破滅の流星メテオーラ』と呼ぶ。

 たった一人をのぞいては。

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