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恋文理ロジック

作者: 水瀬火ノ

 * 1 *


(矢坂文也)

 夕暮れ時の街はたくさんの人々が行き交う。

 青信号が点灯した交差点を、さまざまな服装、性別、年齢層の人たちが入り乱れて渡っていく。

 俺もその雑踏のなかのひとりだった。

 暮れなずむ夕焼けがビルの谷間に濃い陰翳を落とし、鏡のような窓ガラスには積乱雲が浮かぶ茜色と白色と群青色の入り混じった空が映りこんでいる。じょじょに夜の帳が下りはじめた街の風景に、車のライトや建物の明かりや街灯の光など人工的な明るさが目立ち始める。どこからか響いてくる電車の走行音が、ラッシュに早まる都市の鼓動のように聞こえる。

 人ごみの喧騒に紛れて歩いていると、ふとこんなことを考えてしまう。

 今すれ違った人たちは、どんな人生を送ってきたのか。肩を並べて俺の隣を歩いている友達たちは、どんな気持ちを抱えて日々を生きているのか。

 この疑問の答えを得る日はきっと一生来ないだろう。他人を知るのは、自分を知るのとおなじくらい難しい。だけど、他人と違って自分はどこへも逃げていかないから幾分は楽だ。

 自分を知る一番の方法は、他の誰かと触れ合ってみることだと思う。

 もちろん、自分のなかの自分のイメージと、他人のなかの自分のイメージが一致することはない。しかし、他人と触れ合うなかで起こるさまざまな出来事から感情を汲み取っていくことで、今まで気づけなかった自分を発見することができる。

『それにしても、まさかあそこのファミレスでうちの大学の女子がバイトしてたなんてな』

『しかもすげぇ可愛かったぜ! あの子たしかおなじ系列だよな!』

『……現代文学の講義で見かける』

「水樹さんって名前だったっけ」

『文也、おまえあの子と面識あるのか?』

「いや、ウェイトレスの名札に水樹って普通に書いてあったじゃん」

 俺たちは大学の帰りに四人で近くのファミレスに寄って、夕食を食べたあとだった。このあとは、缶チューハイとツマミを買って俺の部屋でテレビゲームをやる予定だ。

 俺たちは、車が燈籠のように次々と真下をくぐり抜けていく歩道橋を渡っていた。ビルの大型モニターに映し出されているロックバンドの新曲MVが目についた。

 そのときにモニターで流れていた曲が熱いラブソングだったからだろうか。それとも水樹さんのウェイトレス姿にやられたのか。ヒョロ長で天パの松山がモニターを仰いで立ち止まり、手すりに手のひらを置いて、いやに真面目なトーンで呟いた。

『なぁ、彼女……欲しくないか?』

「は?」

『オレたち一年間ずっと一緒にいたけどさ、誰も彼女できてねぇじゃん。ずっと男やもめじゃん』

「おいおい、急にどうしたんだよ松下」

『松山な』

 ちなみに彼は、よく名前を間違われるというかわいそうな特性を持っている。

 俺が驚いていると、他のふたりもおもむろに松山の隣にならんでモニターの映像を仰いだ。なんだ三人そろってその凛々しい横顔は。

『オレもな、ずっとおなじことを思っていたんだ!』

 彼は五十嵐。筋トレが趣味の筋骨隆々な巨漢で、見た目通りの野太く大きな声が特徴だ。

『……もうすぐ夏休み』

 彼は橘。小柄な身体つきと、かわいらしい童顔で女子とよく間違われる。

『たしかにこのメンバーで一緒にいるのはすげぇ楽しい。最高の時間だ。だけどさ、大学生活って、青春ってこんなもんじゃねぇだろ? もっとなんかアドレナリンが炭酸みたいに沸騰してドバーッと弾けるようなさ、そういう熱さがあるはずだろ? 胸がキュンと切なくなるような甘酸っぱさがあるはずだろ? なぁ、おまえら解るだろ?』

『ああ、もちろんだ!』

『……異存はない』

 三人の虹彩にゆらゆらと陽炎のような光が妖しく灯っている気がした。松山が俺に顔を向けた。

『合コンだ』

「え?」

 間髪いれず松山の細長い手が、俺の両肩をガシッと鷲掴みにした。ギラギラと狂気をはらんだ双眸が俺の眼前に急接近する。

『文也。たしか幼馴染みがこの街で別の大学に通ってるって云ってたよな?』

 俺はこめかみに右手の人差し指を押しあてる。昔からの悩んでいるときのクセだ。

「うーん……。でも理系の大学だよ?」

『この際、理系でもなんでもいい。その子とコンタクトを取って、合コンをセッティングしてはくれないだろうか』

「いやー、どうだろ。あいつそんな話受けてくれるかな」

 たじろぐ俺に、松山はさらに顔を寄せる。どアップの眼球には、血走った毛細血管が見える。

『頼む。駅前で土下座する姿をツイッターに晒してもいい。なんなら靴の裏でも舐めよう』

「俺からも頼むからそれはやめてくれ」

 結局、三人の異様なテンションに押し負けたかたちで、俺は話だけでもつけてみると約束してしまった。

 俺が男三人に『大好きだー!』と暑苦しく包容されている姿を、白衣の女性が胡乱な目つきで一瞥して通り過ぎていった。

 とりあえず、俺は人から頼まれると断れない性格なんだということに気づいた。

 

(神崎理奈)

 私は京子のアパートに来ていた。

 べつに予定があったわけではなくて、たまたま帰りが一緒だったから立ち寄っていた。

 入学当初、京子は大学でよく私に声をかけてきたが、私のほうから積極的に関わり合おうとはしなかった。金髪に染めてゆるくウェーブのかかった髪を胸元まで伸ばしていて、パッと見て不良かギャルにしか見えなかったからだ。しかし、一年経ってお互いに打ち解けた今では、こうして親しい関係を築いている。

 京子の部屋には、多種多様な植物が飾られている。一般的な観葉植物のアロエ、サボテン、サンスベリアなどから、京子が愛してやまないハエトリソウ、ネペンテス、ムシトリスミレといった食虫植物まで、まるで小さな植物園だ。

 他にもヒトデのような形をしたティランジアが壁に紐で吊るされていたり、イチゴなど実のなるものが洋風のラックに飾られていたり。どれも洒落れたインテリアとして、部屋に溶け込んでいる。室内には爽やかなフィトンチッドの香りが満ちていて、息を吸い込むとほっと心が安らぐ。

 蒸し暑いのでベランダの窓を開けると、ゆるやかなそよ風とともに蝉時雨の音が室内まで入り込んできた。京子の住んでいるアパートは、自然公園のあおあおと茂った雑木林が目と鼻の先にある。

 直射日光は植物に悪そうなので網戸とカーテンを閉める。風をはらんでふわりと膨らむ白地のカーテンに濾された、やわらかな西陽が室内を照らす。

 京子はTシャツにデニムというラフな服装だった。スタイルがいいので、身体のラインが強調されてむしろ魅力的に見えるというのは同性としてはとても羨ましい。私はいつも通りロング丈の白衣を着用していた。

「こんなに目の前に林があったら虫とかすごいんじゃない?」

「まぁね。夜になると窓ガラスにすんごいでっかい蛾が張り付くの。昨日の夜なんかカブトムシが激突してきたし」

「うわ……。私ぜったいここに住みたくないわ」

「悲しきかな、森林浴にいつでも赴けるという欲求に負けてしまったわけよ」

「あいかわらず植物オタクの考えることはよく解らないわね」

「うるさい脳オタク」

 クッションに腰を下ろして、ジュースとお菓子を口にしながら、私たちは他愛のない会話を続けた。

 気がつくと、窓の外がすっかり真っ暗闇になり、夜空には黄金色の満月が煌々と浮かび上がっていた。

 そろそろお暇しようかと立ち上がったときだ。

「ねぇ、理奈。じつは今週の休みに合コンあるんだけど、どう?」

 京子がおずおずと訊いてきた。私は予想外の単語に一瞬理解が遅れた。

「……私がそういうのに興味あると思う?」

「うん、そう返されるとは予想してたけど、でも一回くらい体験してみてもいいんじゃない? 物は試しって云うじゃん」

「遠慮しておくわ」

「えー、 アタシだってこの前あんたがホラー映画観に行くのに付き合ってあげたでしょー。絶対にイヤって云ったのに」

 それを指摘されると弱い。私がひるんだ隙に京子はさらに畳み掛ける。

「べつに彼氏ゲットしろって云ってるんじゃないし、理奈と話の合いそうな男子も来るはずだからさ。ね、お願い」

 まつ毛の濃い片目を瞑って、大きな胸のまえで両手を合わせる京子。

 いろいろと借りのある京子の頼みとなると私も断りづらい。渋々提案を受け入れることにした。

「はぁ……解ったわよ。できるだけ食べ物が美味しいお店にしてよね」

「やったー! 理奈愛してるー!」

「きゃ!? なんで抱きつくのよ!」


(矢坂文也)

 居酒屋『杜若』の個室には男女八名のメンバーが顔をそろえていた。

 男性陣はもちろん俺たち四人組。女性陣は幼馴染みの夏目京子とその友達三人。

 アイドルみたいなツーサイドアップの髪型で赤いカチューシャに赤いワンピースを着ているのが藤宮霧絵。茶髪に染めたショートボブでいかにも女子大生らしいカジュアルな服装とルックスなのが水無月彩華。

 そして最後に、ひとりだけ異彩をはなっているのが神崎理奈だった。

 凛とした三白眼の瞳で、理知的な銀縁の眼鏡をかけている。普段からあまり陽の光にあたっていなさそうな色白の透きとおった肌で、線の細い整った顔立ちをしている。

 カラスの翼のように艶やかな長い黒髪が肩にかかっていて、それとは対照的な色合いの、汚れやシミひとつない白衣が目を惹く。

 ひとりだけ研究室で科学実験をしてきたついでに寄りました、とでもいわんばかりの雰囲気だった。

 しかも、あろうことか俺の正面に腰を下ろしたのが神崎だった。

 それぞれ簡単な自己紹介を済まし、飲み物や料理が運ばれてきて、京子が乾杯の音頭をとった。

俺がさてどう話したものかと悩んでいる一方、神崎は愛想を振りまく努力をはなっから放棄してにこりともせずに、新鮮なサラダと琥珀色のビールを口へ運んでいる。

「神崎はなんで白衣着てるの」

 とりあえず、訊いてみる。眼鏡の奥の瞳が警戒するようにこちらに向けられた。

「関係ないでしょ。楽だから着てるのよ」

「京子の友達ってことは、やっぱり神崎も食虫植物とかが好き?」

「草に興味はないわ。私は脳神経科学を勉強してるの」

 そこからはどう会話が展開したのか覚えていないが、ビールを飲みすすめながら話していたらいつのまにかかなり本格的な話になっていた。

「私たちは脳のなかに生きている。

 もっと正確に云うのなら、意識という世界に閉じこめられている。

 目で見、耳で聞き、舌で味わい、鼻で嗅ぎ、肌で触れ、心で感じた情報はすべて、全身の神経を伝達して脳に集められ、現実と意識の境界にあたる無意識の世界でいちどバラバラに分解されたあと、取捨選択や脚色を経たうえで、意識の世界でやっと再構築されたものよ。

 要するに、わたしたちはありのままの現実世界を見ているわけではない。

 わたしたちの知覚可能な世界は、感覚器官と脳の物理的な限界によって規定されているのよ。

 人間関係にしたっておなじこと。

 私たちは主観でしか他人を判断できないわ。脳を物理的に接続して感覚を共有するのでもない限り、私はあなたにはなれないし、あなたも私にはなれない。

 自分の見聞きした情報のなかからイメージを作り出し、それを相手に当てはめていく。

 だからすれ違うし、勘違いや偏見もおきる。要するにすべては思い込み。そんなの時間の無駄だし、疲れるだけよ。

 すいません、ビールもう一杯」

「俺ももう一杯」 

 料理の皿を置きに来た店員に声をかける。

 三杯目のジョッキを飲み干した俺たちの顔はすでにだいぶ紅潮していた。

「なによ、張り合ってるの?」

「まさか、今日はなぜか酒がすすむだけさ」

 とは云ったものの正直張り合っている。

 こんなの絶対に合コンでする話の内容じゃないだろうと心のどこかで思いながらも、神崎に普通の話題は通用しなさそうなことを考えると、この会話こそが正解に思えた。

 

(神崎理奈)

 お酒が入っていたせいか、つい喋りすぎてしまった。

 矢坂君はスラリとした体型で、短めの髪を明るい茶色に染めている。快活な声のトーンからも、明るい表情からも人懐っこさが滲み出ている。好青年を絵に書いたような感じだった。顔はわりとカッコいいほうだと思う。はじめて彼に会った女子なら、多少なりとも好意を抱くのではないだろうか。

 もっとも、私は京子から聞かされた彼の墓まで持っていきたいエピソードをいくつも知っているので、変な理想は抱いていないけれど。そもそも恋愛自体に興味が無い。

 私が語り終えると、矢坂君は飲み口から溢れるギリギリの量だったビールを喉を鳴らして飲み下し、半分まで水嵩が減ったジョッキを木製のテーブルに置いた。鼻の頭にビールの泡がくっついている。

「たしかに君の云うとおり、人と人が本当の意味で理解し合えることなんてないのかもしれない。

 だけど、他の人との心の距離を0にするなんて逆に生きづらいと思うし、そうでなくとも可能な限り距離を縮めて互いの誤解や齟齬をなくす方法はあると思うんだ。

 俺は、それができるのは言葉だと思ってる。

 言葉が存在しなくなった世界を想像してごらんよ。

 きっと不便なんてレベルじゃない。名前も無くなるし、伝えたいことを他人に伝える手段も大幅に制限される。

 もちろん言葉も完璧じゃないさ。

 自分の気持ちや考えを言葉に変換するとき、それをうまく言葉にできないもどかしさは誰だって感じたことがあるはずだ。

 きっと言葉で自分のすべてを相手に伝えることなんてできないんだよ。

 そして、俺は言葉を空っぽの枠組みのようなものだと思っているんだ。俺と神崎だってそうだろう。共有しているのは言葉っていう空っぽの枠組みだけで、その枠組みに意味を流し込むのは自分自身だ。

 人と人のあいだで空っぽの枠組みをやりとりしているだけだから解釈には勘違いや齟齬も出る。

 それでも、言葉が存在しない世界と比べれば十二分に便利だ。

 実際、今こうして俺たちがお互いの考えを伝い合えているのも言葉があるからだろう。

 言葉と時間を積み重ねて伝え合うことで、少しずつでも相手を理解していくことができる。そう考えれば、俺たちが話しているこの時間も無駄じゃないはずだ」

 矢坂君が語り終えてふと気がつくと、横の六人がしーんと黙り込んでこちらを窺っているのに気がついた。

 矢坂君の顔がやべっと云うように引き攣るが、

『……文也が本気で女子口説いてる光景はじめて見た』

「なんかすごくいい事云ってる雰囲気だったわね」

『霧絵、あとでお話したいかも……』

 予想していた反応とは違い、羨望と尊敬の眼差しが矢坂君に集められていた。

『やるじゃねぇか文也!』

『松田君のお友達ってみんな個性豊かでいいですね』

『松山です』

 なぜか以前よりも一層テンションが盛り上がったみんなが「いぇーい、乾杯!」と叫んでやんややんやとグラスとジョッキを鳴り合わせるので、私と矢坂君もとりあえず参加しておいた。

「矢坂君、鼻に泡がついてるわよ」

「え、ホント? かっこわる」

 私が自分の鼻をツンツンと人差し指でさし示すと、矢坂君は慌てて手の甲で鼻柱を拭った。

 意外な一幕があったものの、何事もないと悟った私たちはふたたび飲み合い、云い合うために両者睨み合った。


(矢坂文也)

 八杯目のジョッキが空になった時点で神崎は、

「……うえっ、もう無理」

 と呻いてテーブルに突っ伏した。それを見て俺は鉛のように重い拳を掲げて勝鬨をあげる。長くつらい戦いだった。

「……勝った」

「勝った。じゃないっての!」

「痛っ」

 いつのまにか近くに来ていた京子から脳天にガツンとげんこつを喰らった。

「あんた理奈潰してんじゃないわよ! まったくもう。ちゃんと責任持ってアパートまで送りなさいよね」

「俺神崎の住所知らないんだけど」

「このまえ理奈の部屋に遊びに行った時に気がついたんだけど、あんたたち同じアパートの隣の部屋に住んでるわよね」

「……マジで?」

「マジで」

 それは初耳だ。でも云われてみれば、寝ぼけてきちんと覚えていないだけで早朝のゴミ出しのときに白衣の女子と何度かすれ違ったことがあるような気がする。

 横ではすっかり意気投合した男女が二次会はカラオケに行こうと盛り上がっていた。

 暖簾をくぐって店の外に出ると、涼しい夜風が火照った頬をふわりとなでた。

 和気藹々と遠ざかっていく六人の後ろ姿を、俺は死んだナポレオンフィッシュのような眼差しで見送った。女子大生の色香のまえでは、男どうしの汗臭い友情など砂上楼閣に等しいのか。

 そのへんの看板でも投げつけてやりたい気分だったが、あいにくと俺の両手は背中の神崎を支えるのに塞がっている。命拾いしたなおまえら。

 諦めて帰路につく。意識のない状態の人間は軟体動物のようにぐにゃりと崩れ落ちようとするのでハンパなく重いのだが、神崎はいちおう意識をたもってくれているようで、俺の首に手を回して落ちないようにしてくれている。

 サラサラと夜風に揺れる髪の毛からほのかにシャンプーの香りがして、神崎も女子なんだよなと不覚にも意識してしまった。

 市街地を抜けて、街並みが閑静な住宅街へと変わったあたりで神崎がやっと息を吹き返した。

「……もう大丈夫。ありがとう」

 衣擦れの音がして、背筋に密着していた柔らかで温かい感触が離れる。ローファーを履いた足でストンと着地し、神崎はフラフラと歩きだした。

 俺たちはしばらく黙々と並んで歩いた。街灯の明かりには小さな翅虫が集まっていて、神社からはカエルの瑞々しい鳴き声が聞こえてくる。月明かりでアスファルトにぼんやりと伸びたふたつの影からこちらへ視線を移して、神崎が酒やけした声で云った。

「私、思い出したんだけどね。

 小学校のはじめに自己紹介するでしょう。

 そのとき名前を云ったあとになにを云ったらいいのか解らなくて黙り込んじゃったの。

 それから休み時間にクラスメイトから話しかけられても頭が真っ白になって口から言葉が紡げなくて。

 声をかけても無視してるみたいで冷たい人間だと思われたんでしょうね。

 そのうち周囲から距離をおかれるようになって、いつからかそれでいいやって開き直るようになっていた。

 その先の中学でも高校でも周りの人からしたら、私は無口でなにを考えているのか解らない人間だったはずよ。

 あなたが居酒屋で話していたように、クラスメイトたちと言葉を交わせばあるいは仲良くなれていたのかもしれない。

 そう考えるともちろん後悔の気持ちはある。だけど、もういちどあの頃に戻ってやり直したいとは思わないわ。

 あのころの私があったからこそ、今の私がある。

 こういう性格の私だったからこそ、京子や矢坂君と出会えたんだし、そう考えると私自分のことけっこう好きよ」

「それって……」

「気にしないで。ただのひとりごとだから」

 穏やかな表情で微笑む神崎。でもそれは、神崎がその壁を乗り越えられたからこそ見せられた表情なのかもしれなかった。

 そして、神崎が初めて俺に見せた笑顔でもあった。

 太陽の下でぱっと向日葵が咲いたような華やかな笑みとは違う。例えるなら、月光の下で一輪の白百合が儚く咲いているような、そんな静謐な笑みだった。大げさかもしれないけれど、俺にはそう思えた。

 思わず見蕩れそうになっている自分に気づいて、慌てて前を向く。顔が熱くて、高鳴った動悸の音が鼓膜に響いていた。


 それから五分ほど歩いてアパートの前まで到着した。白を基調としたシンプルな外観で、二階建ての上下合わせて十六部屋ある。

「それにしてもよく場所が解ったわね。京子に教えてもらったの?」

「うんまぁ、教えてもらったことに変わりはないんだけど。俺たち隣の部屋に住んでるらしいよ」

「それホント?」

「確かめてみる?」

 アパートの階段を登り、ふたりして自分の部屋のドアのまえに立って指を差す。

「私ここ」

「俺はここ」

 神崎は一番奥の角部屋、俺はそのひとつ前の部屋。距離にして1m。薄い壁一枚を隔てた場所に、俺たちの部屋はあった。

 しばらくポカーンと固まってお互いの顔を見交わし、沈黙が続いた。突然、神崎がフッと吹き出した。俺もそれにつられて笑う。

「こんな偶然ってあるのね」

「俺もびっくりだよ。まさかお隣さんだったなんて」

 神崎がクスクスと囀るように笑う。それを見て、この出会いをこれっきりになんてしたくないという衝動が湧き上がった。

「神崎、あのさ」

「ん?」

「これ、俺の連絡先。よかったら登録しといて」

「いいわよ。じゃあ私のも」

 スマホを取り出してSNSの連絡先を交換した。リストに『神崎理奈』の名前が追加される。神崎のホームやアイコンは初期設定の画像のままだ。

 神崎は白衣の内ポケットから鍵を取り出して、ドアを開けた。

「おやすみなさい。またね」

「ああ、おやすみ」

 名残惜しさを感じつつも片手を振って、部屋のなかに消えていく神崎を見送る。

 気分が高揚していた俺は、視界の隅で手の甲にとまった蚊が吸血していることにも気がつかなかった。

「またね、か」

 ということは、また次の機会があるのか。

 ふぅと一息つく。緩んだ口元がしばらくもとに戻りそうになかった。


 * 2 *


(矢坂文也)

 昼下がりの大学の食堂には学生が集まり活気に満ちていた。

 早めに来てクーラー近くの快適な席を陣取り、悠々と昼食をしたためている集団。券売機の前にたむろして何を買おうかと話している集団。食券を片手に順番を待っている学生の列。そして、厨房を右往左往してせっせと働く割烹着のおばちゃんたち。

 食堂内には美味しそうな匂いが漂っていて、男子の気の抜けた笑い声や、女子の甲高いトーンが聞こえる。

 外にもいくつかテーブルが置いてあるのだが、今日は雨雲が垂れこめていて今にも降りだしそうな雰囲気なので誰も使っていない。

 俺たち四人は丸テーブルを囲んで食事にありついていた。

 ほかの三人はラーメン、ざる蕎麦、日替わり定食。俺は自分で作ってきた弁当を食べている。

 いつもならスマホゲームの話なり、バイト先の先輩のお姉さんの話なり、身のない会話が飛び交うのだが、今日はこの前の合コンの話題があがった。

『結局さー、あのあとこれといった交流もないし脈無しっぽいんだよなぁ」

『……右におなじく』

 どうじに肩を落としてため息をつく二人。

 対して五十嵐は自信満々な笑みを浮かべて云う。

『ついに……ついにオレの時代が来たようだな!』

「五十嵐誰かと仲良くなったの?」

『ああ! 実は水無月さんと仲良くなってな! よくSNSでやりとりする! こんど一緒にどこかに出かけようかという話も出ているくらいだ!』

『『な、なんだとぉぉぉぉぉお!!』』


(神崎理奈)

 昼時、私たちは大学の食堂でテーブルを囲み、昼食を食べていた。

 京子たちはこのまえの合コンの話で盛り上がっていた。

「霧絵は身長高い男子が好みって云ってなかった? 松……なんとか君とか、わりと好みだったんじゃない?」

『霧絵、将来高収入が見込めて高身長の超イケメンじゃないと彼氏にする気ないし』

「あはは……、相変わらずね。彩華はいい出会いがあったんでしょ?」

『うん。五十嵐さんって大きな人、見た目は怖かったんだけど、話してみたら意外と優しそうだなって思って、最近SNSでよくお話してるよ』

 もじもじと両手の人差し指をくっつけながら頬を紅潮させる彩華。この子の天然な純粋さは女の私たちですらかわいいと思ってしまうのだから、男の人が見たらイチコロだろう。


(矢坂文也) 

『なぜだ。なぜこんな筋肉バカがモテてこのオレがモテないんだ。一体なにがダメだったんだ』

『……顔じゃないの』

『身も蓋もないこというな! おまえなんか「弟みたいでちっちゃくてかわいい」とか云われてた癖に!』

『……殺す!』

 ギャーギャーと罵り合いながら頬や襟首を引っ張り合う凸凹コンビ。この二人がいがみ合うのはわりといつものことなのでそのままにしておく。

『文也はどうなんだ! あの白衣の子とどうなったんだよ!』

「神崎と? 普通だよ普通」

『その普通が知りたい!』

「たまに一緒に外食行ったり、映画観に行ったり。あー、でも付き合ってるとかそういうのじゃなくて友達としてだよ、うん。

 あと、京子がなにを勘違いしたのか神崎の誕生日とか、好きな食べ物とかいろいろ教えてくるんだよね」

『ちなみに誕生日はいつなんだ!』

「8月12日だったかな。けっこうもうすぐだよね」

『プレゼントでもあげたらどうだ! それにしてもかなり仲良くしてるんだな、もしかして手料理とか作ってもらったりしてるのか?』

「いや、むしろ作ってるのは俺のほう。調理実習で絶対に包丁を握らせてもらえなかったぐらい料理が下手だって云ってた。

 最近は神崎のぶんもついでに弁当作ってるんだよね。冷凍食品とかカップラーメンばっかり食べてると身体に悪いよって云ったんだ。そしたらさ――」


(神崎理奈)

「――べつに栄養バランスが悪くても今すぐ死ぬわけじゃないでしょって云ったのに、矢坂君が無理矢理持たせたのよ。私がお願いしたわけじゃないわ」

 ちなみに私が食べているのは、今朝矢坂君が渡してくれた弁当だ。

 緑黄色野菜、炭水化物、肉類などがバランスよく敷き詰められていて、見た目にも美味しそうで彩りがある。

「なるほど文也が作ったわけね。どうりでこんなに綺麗で美味しそうなわけだ。

 文也とは中学も高校も一緒だったけど、手作り弁当なんて一回も作ってもらったことないなー。意外と文也のやつ理奈のこと好きなんじゃない?」

「矢坂君が? ないない、ただの友達としか思われてないわ。そもそも恋愛感情なんて脳内ホルモンが作り出す幻覚作用なんだからそんなの時間の無駄よ――」


(矢坂文也)

「――神崎が俺を? ないない、ただの友達としか思われてないって。きっと神崎のことだから、恋愛感情なんて脳内ホルモンが作り出す幻覚作用なんだからそんなの時間の無駄だとか云ってるって」

 いつのまにか取っ組み合いをやめた二人が会話に参入してきた。

『おいおい、ずいぶんと仲睦まじくしているみたいだな』

『……羨ましい』

「いや、意外とそうでもないよ……。苦手なのに無理矢理ホラー映画観に行くのに付き合わされるし、辛いの食べられないのに激辛ラーメン屋に連れて行かれるし、好き嫌いが真逆すぎてあっちは天国、こっちは地獄みたいな感じ」

『それを聞くとあんま羨ましくないな』

『……苦労人』

『そんな相手とどうして一緒にいようと思えるんだ? オレだったら我慢できないぞ』

 んー、と悩んでこめかみに人差し指を押しあてる。

「神崎って笑うとすごいかわいいんだよなぁ」

 思いついたままの感想を素直に口にすると、三人がポカーンとこちらを凝視してきた。 そのあと彼らは真剣な面持ちで『きっと文也はあの女に脳ミソを改造されたんだろう』という話を始めた。


(神崎理奈)

 数日後。私は駅前デパートの本屋に来ていた。広大なワンフロアまるごとが本屋になっているので、この街では一番大きい本屋だろう。一般文芸、漫画、雑誌などのオーソドックスなものから、専門的な学術書籍まで幅広い品揃えが魅力だ。

 ショパンかベートヴェンか、音楽への造詣はまったくないのでよく解らないが、美しい旋律のピアノ曲がBGMとして流れている。

 読書家の性というか、こうして書物の壁に囲まれていると自然と心が落ち着く。無数の背表紙に綴じられた人類の叡智を想像しながら眺めて回っているだけで楽しい。ここに来るたびに平気で一、二時間はとどまってしまう。

 京子にとっての花屋や植物園にあたるものが、私にとっては本屋や図書館なのかもしれない。

 いつも通り、心理学や脳神経科学の棚のまえに立って数々のタイトルを流し見する。上段に気になる本があったので左手を伸ばしたとき、どうじにおなじ本に手を伸ばしたらしい誰かと指先がぶつかった。

 私よりひとまわり大きくて骨筋張った男の人の右手だった。ふと、相手の顔を見る。

「……矢坂君」

「あれ、神崎?」

 お互いに伸ばしていた手を引っ込めて、顔を見交わす。心なしか文也君の顔が赤くなっているようにも見える。

「どうしてこんなところにいるの?」

「いやまぁ、神崎が普段どんな本を読んでるのかなーって気になってさ。それで来てみたんだ。まさかここで本人に会えるとは思ってなかったけどね」

「そういうことなら云ってくれれば私が持っている本のなかから良さそうなのを選んで貸すのに。ひと口に脳っていってもジャンルがかなり広いから、知らない人はなにから手をつけていいのか迷うと思うわよ」

「じゃあ神崎なら俺になにをすすめる?」

「そうね……。矢坂君って基本的には純文学系が好きなのよね」

「まぁ、そうなるね」

「だったら記憶に関する書籍が面白いんじゃないかしら。エリック・カンデルとかね」

 エリック・カンデルの本を一冊、本棚から抜き取って矢坂君に手渡す。矢坂君は適当なページを開いてひとしきり瞳を左右させて文字列を眺めたあと、さっぱり解らないというような顔をしてぱたんと本を閉じて本棚にもどした。

 私たちはその場を離れて、どのコーナーに行くでもなく店内を歩いた。

「専門用語が多くて俺にはさっぱりだったよ。記憶ってなにって訊かれたら、神崎ならどうやって説明する?」

「そうね、例えば……初めて私たちが知り合いになってから今日まで、結構な日数がたっていると思うけど、あのとき出会った矢坂君と今現在ここに一緒にいる矢坂君が、同一人物だと私が認識できているのはぜんぶ記憶のおかげでしょう。

 矢坂君が詩や文章を読んだときに、目のまえの紙とインクではなくて、色鮮やかな風景や魅力的な人物を頭のなかに思い描くことができるのも記憶があるからよ。

 生物にとっての最大の敵は時間だと私は思っているの。

 時間が流れるから私たちは常に変わり続ける。外面的にも、内面的にもね。今は、今になった瞬間と同時に過去になるわ。だけど、私たちは今現在のなかだけで生きているわけではなくて、常に過去と未来にはさまれた状態で生きている。

 その連続性をつなぎとめるのが記憶であり、意識であり、脳でもある。

 記憶はきっと、止めようのない時間の流れに対抗するために生物が獲得した能力なのよ。過去でも現在でも未来でも、私が私、矢坂君が矢坂君でい続けられるようにね。

 記憶のしくみが解れば、矢坂君が小説を読むときの読み方もまた変わってくると思うわよ。

 でも、こういう科学本って結構値段が高いし、私が持っているものでよければこんど貸すわ」

「それは楽しみかも。でも、出来るだけ簡単なのから頼むよ」

「当然でしょう。初心者向けのがいくつかあるからそこからはじめるといいわ。ねぇ、こんどは矢坂君が私になにか紹介してみてよ」

「え? 神崎が読んで興味持てそうな小説? なんだろ。夢野久作の『ドグラ・マグラ』とかかなぁ」

「なにそれ。全然聞いたことないわ」

「結構昔の作品だししかたないかもね。脳がストーリーの根幹に関わってくるんだ。しかもかなりヘンテコな作品だし。俺にはさっぱりだったけど、脳にくわしい神崎なら俺とは違った読み方ができるかもしれないし、帰ったら貸すよ」

「それは気になるわね。楽しみにしておくわ」

 そんな会話を交わしながら、私たちは本屋を見てまわった。


 そのあとは、適当に各フロアのいろいろな店を見てまわった。

 アクセサリーショップのまえを通りがかったとき、ふと私の目にとまったものがあった。

 三日月の形をしたネックレスだった。値段的には安いけれど、シンプルなデザインがなんとなく好みだった。思わず立ちどまってじっくりと眺める。

「神崎はこういう感じのが好きなの?」

「ええわりと…………っ!? って、こんなの私に似合うはずないでしょう! 脳ミソ腐ってるんじゃないの?」

 顔がかあっと熱くなる。京子とかが付けるならまだしも、私がネックレス? ないない。ぜったいありえない。

 これ以上この場所にいると矢坂君にからかわれそうな気がしたので、私は大股でズカズカと歩いて足早にアクセサリーショップを後にした。うしろをついてくる矢坂君が「似合うと思うけどなぁ」と思わせぶりに呟いたけれど、私は無視して下りのエスカレーターに乗った。


(矢坂文也)

 帰り道、俺たちはファミレスに立ち寄った。夕方の空には灰色の雲が隙間なく頭上を覆っている。

 出入り口のドアを開いて入店すると軽快な音色でベルが鳴った。店内を見回すと、壁の色も座席も照明もオレンジ色を基調としたイタリアンな雰囲気だった。

 そのときちょうど店を出ようとしていたらしい女性が、俺のほうを見て立ち止まった。

 ダークブラウンのポニーテールと、快活そうな雰囲気。どこかで見たことがあるような気がする。おもに大学とか、このファミレスで。

『あれ? キミって矢坂文也だよね?』

「もしかして水樹……さん?」

『そうそう! たまに見かけてると思うけど、わたしここでバイトしてるんだ。いつもは男友達と来てると思ってたけど、今日は彼女とご一緒? やるじゃん!』

 俺たちを見比べて愉快そうに微笑む水樹。

 そしてその視線を受けて、不愉快そうに眉をひそめた神崎の一瞬の表情を、俺は見逃さなかった。とっさにフォローしようと口を開く。

「いやいや、俺たちはべつに付き合ってるとかそういうのじゃなくて! えーっと、そのなんだろ」

「ただの友達」

 慌てふためく俺に、となりの神崎が打ち水のように冷静なトーンで助け舟を出した。

「それ! だから全然気にしなくて大丈夫!」

『そう? だったらバイト終わったしこれから帰ろうと思ってたとこなんだけど、予定変更して私も混ぜてもらっていい? 社割でちょっと安くなるし』

「いいよ。じゃあ一緒に食べようか」


(神崎理奈)

 私たちはボックス席に通されて、片方に矢坂君と私、対面に水樹桜と名乗った女子大生が座った。

 ふたりの会話を聞いているかぎり、どうやらおなじ学科系列でいくつかおなじ講義を受けているらしい。矢坂君は、水樹桜が先輩のツテで入手したという試験問題の対策情報に熱心に耳を傾けている。

 こうなると私は蚊帳の外だ。

 黙々と自分が注文したマルゲリータピザを齧る。まろやかなチーズが舌のうえでとろけて最高に美味しい。高カロリーの食べ物をたべると報酬系が刺激されてドーパミンやエンドルフィンが脳内で分泌され、幸福感や満足感が得られる。

 得られるはずなのだけれど、今の私はとても不機嫌だった。いや、私自身は幸福感や満足感に包まれていたいと思っているのだけれど、肝心の私の脳が不機嫌だった。

 原因は解る。となりで和気藹々と会話するふたりだ。だけど、脳が不機嫌になる理由がわからない。

 だいたいなんなのだろうこの水樹桜という女は。

 知り合って間もないのに、さっきから「文也は――」「文也って――」「文也の――」と矢坂君の名前を親しげに連呼している。そのたびに私の胸のなかに原因不明の怒りが、瓦のように次々と積み重なっていく。

 矢坂君も矢坂君だ。べつに一緒に夕食を食べる義理もないだろうし、断ればよかったのに。あまりにもお人好しすぎると思う。


(矢坂文也)

 俺はすっかり水樹と話し込んでいた。入店してから一時間はたっていただろうか。神崎は財布から出した千円札をバン! とテーブルに置いて、席を立った。

「悪いけど私、先に帰ってるから。ゆっくり親睦をふかめるといいわ、文也君」

 それははじめて見る神崎の最恐な笑顔だった。にっこりとほほ笑みかけてはいるが目がまったく笑っていない。

 全身から血の気がひく。水樹との話に夢中になりすぎて神崎の存在を完璧に忘れていた。

 スタスタと歩き去っていく神崎と、硬直している俺を交互に見て水樹は気まずそうに首をすくめて頬を掻いた。

『あはは……。なんかごめんね』

「悪いけど勘定お願い! じゃあ、また!」

 いてもたってもいられなくなり、俺も千円札をテーブルに残して、神崎のあとを追った。


 外に出るとホワイトノイズのような雨音が街全体を覆っていた。

 神崎は、50mほど先の歩道を傘もささずに歩いている。俺は雨で濡れるのを覚悟して走り出した。

「神崎! おーい、神崎!」

 呼びかけても神崎は立ち止まらない。が、近くまで追いついた。

「理奈!」

 遠ざかっていた脚の動きが止まる。白衣の肩と、長い黒髪を雨粒に濡らした後ろ姿がゆっくりと振り返る。

 1m四方くらいの水たまりをはさんだ距離で俺たちは向かい合った。パラパラと降る雨粒が、水面に無数の波紋をつくる。

 理奈の拒絶的な視線が冷たく俺を見返す。すこしあがった息を整えて云う。

「その……ごめん。理奈のことほうっておいて」

 理奈はしばらく黙って俺をじっと睨んでいた。それから、はぁ……と嘆息して云った。

「べつに、そこまで怒ってないわよ。私こそ、勝手に帰ったりして悪かったわ。これ以上濡れたくないから、あそこのコンビニで傘でも買って帰りましょう」

 これでいちおう理奈の気はおさまったんだろうか。

 俺たちはアスファルトの水たまりを避けながら、横断歩道をわたって煌々と明るいコンビニへと早足で入った。入店の電子音が鳴る。ふたりとも肩が少しだけ雨に濡れていた。

 入ってすぐ横のコーナーに、白い持ち手で透明なビニール傘が一本だけ残っていた。今日は予想外の出来事が多すぎる。次の展開を想像して、おずおずと理奈に尋ねる。

「傘、一本しか残ってないけど、その……理奈も一緒にはいる?」

 これは予想通り、本気で嫌そうな顔だ。理奈はさっきよりも盛大にため息をはいて頷いた。

「しょうがないから今日ぐらいは一緒でも我慢してあげるわよ」

 

 透明なビニールにあたった雨の雫がパラパラと音を鳴らす。足元の水たまりはパシャリと音をたててあさく波打つ。雨降りのなかで耳を澄ますと、一番多くの音色をもつ物質は水なのではないかと思ってしまう。

 俺たちは雨で人通りのすくない帰り道を並んで歩いた。

 あまり大きい傘ではないので、俺たちは肩を寄せあって歩かなければいけなかった。これがなかなか恥ずかしい。

「雨って苦手だなぁ。ジメジメするし、外に出かけづらいし」

「そう? 私はむしろ晴れより雨のほうが好きだけど。出歩く人がすくなくなるから買い物が気楽でいいし。研究室とか部屋にこもってるときも雨垂れの音がちょうどいいBGMになるし」

「その発想はなかったなぁ。でも、今日は雨が降ってくれたことに感謝しなきゃいけないかも」

「?」

 すぐとなりを歩く理奈が小首をかしげて不思議そうにこちらを見る。俺は照れ隠しに笑ってごまかした。

 俺は内心ドキドキしてたまらないというのに、理奈はいつも通りの恬淡とした面持ちだった。理奈にあわせて普段通りの表情を無理矢理作るのが大変だった。

 雨の日は憂鬱な感じがして好きではなかったけれど、こうして理奈と一緒の傘にはいれるのなら好きになれるかもしれない。

 そして、好きなものも考えかたも全然違う理奈だからこそ、俺は理奈のことを好きになったのかもしれないと思った。

 この気持ちを今すぐにでも伝えたいという衝動に駆られる。

 しかし、自分が理奈に告白するシーンを想像して、やっぱりやめたほうがいいか、と思いとどまる。理奈の口から「好き」という言葉が出るとは到底思えない。最悪、軽蔑するような目で睨まれて絶交されるかもしれない。

 それはあまりにも精神的ダメージが大きすぎる。立ち直れる気がしない。

 告白するか否かは、いちど頭を冷やしてからあらためて考えようと思った。

 

(神崎理奈)

 男の人とここまで接近する経験ははじめてだった。すぐとなりから雨に濡れた文也君のにおいがして、空気を吸い込んだ肺が熱くなったような感覚がする。

 心をかき乱されている私にたいして、文也君はなんでもなさそうな顔をしている。京子のような親しい幼馴染みがいるからこれくらいどうってことないのだろうか。そう考えるとひとりだけドキドキしている自分がちょっと悔しい。

 文也君は私のことをどう思っているのだろうか。そして、私は文也君のことをどう思っているのだろうか。

 文也君が私をただの友達としか見ていないのなら、私もそうすればいい。

 今キリキリと感じている胸を締めつけるような痛みも苦しさもきっと、時間がたてば次第にうすれていってくれるはずだから。

 無数の雨粒をうけて円い波紋が次々と重なり合う水たまりの水面のように、私の心は不安定に揺らいでいた。

 

 アパートに到着して階段をのぼると、文也君が傘を閉じた。通路をすすんで自分たちの部屋のドアの前で立ち止まった。私たちの通ったあとには、濡れた靴跡と傘から伝い落ちた雨水の斑点が残っていた。

「ねぇ、あとで文也君の部屋に行ってもいい?」

「べつにいいけど」

「じゃあ、あとでお邪魔させてもらうわね」

 そう言い残して、私は自分の部屋にもどり、熱いシャワーを浴びて雨水に冷えた身体を流した。

 私と文也君の部屋はとなりなので、部屋の間取りは変わらないものの、鏡映しのように左右が対称になっている。

 文也君の部屋はよく友達が遊びに来るからか、床やテーブルに置かれた漫画やゲームソフトが目につく。多少の生活感はあるものの掃除はしっかりとしているらしく、散らかっているという印象はない。たくさんの本も大きな本棚にきちんと整理整頓されておさまっている。

 いっぽう私の部屋はといえば、持っている本の冊数こそあまり変わらないものの、本棚がないのですべて床やテーブルの上に平積みになっている。木立のようにたちならぶ本の柱は、賽の河原の石積みを髣髴とさせる。

 本を読むのに集中しようとしても、周囲の視界が雑然としているのは自分が思っている以上に気になってしまうものだ。

 最近は、本を読むのも、課題をするのも文也君の部屋でしている気がする。

 部屋着に着替えて、読みかけの本を手に文也君の部屋に移動した。

 部屋の中央にあるローテーブルの前に座り、左腕で頬杖をついて、私はスタニスラス・ドゥアンヌの『意識と脳 思考はいかにコード化されるか』を読んでいた。

「なんでわざわざこっちに自分の本持って来て読んでるの」

「いいでしょべつに。文也君の部屋のほうが片付いてるから集中できるのよ」

「なんだそれ。まぁいいや。俺も理奈から借りた本を読もうかな」

 文也君は本棚から一冊抜き取ると、ソファーに仰向けに寝転がって本を開いた。

 静かな室内には、小ぶりになってきたらしい窓の外の雨音と、私たちがときどきページをめくる音がした。


(矢坂文也)

 時計は深夜の1時をまわっていた。

 俺は本を読むふりをしながらも、ずっとべつのことを考えていた。

 理奈に「好き」と伝えるか否か。

 日をあらためてとも最初は思ったが、むしろこのチャンスを逃したらいつ告白するんだという思いがだんだんと首をもたげてきた。

 そして悩めば悩むほど、今がそのときなんじゃないかという思いが強くなってきた。

 冷静に考えれば、完全に深夜テンションで気分が舞い上がっているだけなのだろうけれど、理奈に告白するなんて無茶な真似をするにはこの勢いが必要なんだという気がした。

 よし、云うぞ。

 本を閉じてソファーの脇に置き、そっと起き上がった。テーブルにむかって膝を折って座っている理奈の後ろ姿に声をかける。

「あのさ、理奈」

 緊張しすぎて、すこし声がうわずってしまった。

 理奈は俺に背中をむけて俯いた姿勢のまま動かなかった。顔が見えないほうがすこしは緊張せずにいられるので助かるといえば助かる。

 喉がカラカラに乾いて、動悸が激しく暴れている。

 勇気をふりしぼって、そのひと言を口にする。

「俺、理奈のことが好きだ」

 云ってしまった。もう後戻りはできない。

 理奈の返事が俺の望むものであったにしても、そうでなかったにしても、俺たちの関係は今まで通りではいられないだろう。

 心臓がバクバクと早鐘を打つ。期待と不安が入り混じった気持ちで、理奈が振り向くのを待つ。カチ、カチ、カチと壁にかけた時計の秒針が回る音が、緊張で張り詰めた心をチクチクと刺激する。

「…………」

 背中をむけて俯いたまま微動だにしない理奈。顔が見えないので、表情から感情を読み取ることはできない。まさかこの沈黙が答えということだろうか。

 そのまましばらく固唾を呑んで待っていたが、やっぱり動く気配がない。

 …………?

 さすがにおかしいと思い、理奈に近寄って顔を覗き込んでみた。すると、

「……寝てるし……」

 理奈は頬杖をついた姿勢のまま、瞼をとじて安らかな寝息をたてていた。

 寝顔を唖然と眺めたあと、がっくりと肩を落とした。なんというか、ホッとしたような、残念なような複雑な気持ちだ。

 はりつめていた緊張がとけて、どっと疲労感が押し寄せてくる。結局、さっきまでの葛藤もふくめて全部、俺のひとり相撲だったのか。

 ソファーに引っ掛けてあった白衣を袢纏がわりに理奈の肩に羽織らせて、俺も寝ることにした。

 ベッドに仰向けに寝転がって、窓枠に四角く切り取られた夜空をぼんやり眺める。雨が上がって雲がなくなった濃紺の星空は一層澄んで見えた。散りばめられた星の海を、一筋の流れ星が願いをかける間もなく駆け抜けて消える。

 ふかくため息を吐く。おしよせる後悔で胸が痛い。どうしてもっとはやく決心できなかった。どうしてもっとはやく云わなかった。どうして伝わらなかった。理奈はこんなにも近くにいるのに。

 昼間、理奈が「生物の最大の敵は時間」と云っていたのを思い出す。理奈が意図していた意味とは違うかもしれないが、それでも今の俺にはその言葉が痛いほど実感できていた。

 たしかに、時間は最大の敵だ。

 すぐ傍にいる理奈の息遣いを感じながら、熱く高ぶっていた気持ちは徐々におさまっていき、薄らいでいでゆく意識は眠りのなかに落ちていった。


 * 3 *


(神崎理奈)

 あの日、じつは私は起きていた。

 あと五分遅かったら本当に眠りに落ちて聞き逃していたかもしれない。だけどそうはならなかった。

 うっすらと残っていた私の意識には、文也君の言葉がしっかりととどいていた。

「俺、理奈のことが好きだ」

 その一言を聞いた瞬間、いっきに眠気が醒めたが、突然のことでどう反応していいか解らず、そのまま狸寝入りを決め込んでしまった。

 あれから数日、モヤモヤとした後悔と罪悪感が胸に蟠りつづけている。

 あのときちゃんと文也君に言葉を返すべきだった。

 だけど、私はどんな言葉を返せばよかったのだろうか。

「――奈」

 思考がずっとおなじところをグルグルと回っている。

 そもそもほかの人のことで悩むのなんて初めてかもしれない。

「おーい、理奈」

「……っ」

 京子の声でハッと意識が現実に引き戻される。

 私たちは急行電車のボックス席に座っていた。すぐ左手の車窓から見える風景は、波打ち際から水平線までキラキラと太陽に照らされたサファイア色の海原が広がっている。線路沿いに立てられた電柱が次々と後ろに過ぎ去ってゆき、不規則に揺れる電車のリズムがゆらゆらと身体に響く。

 正面に座っている京子がじーっと私の顔色を探るように窺ってくる。横では彩華と霧絵がトランプでスピート対決をして盛り上がっている。

「なにぼーっと魂が抜けたみたいな顔してんのよ。もしかして旅行が楽しみすぎて昨日の夜眠れなかった?」

「こっ……」

 喋ろうとして、口元に違和感があると思ったらポッキーを咥えさせられていたことに今さら気がついた。ポリポリと食べてから飲み込む。

「子供じゃないんだから、そんな理由で夜ふかししたりしないわよ」

「そう? アタシはワクワクして朝の5時まで寝られなかったけど」

 言われてみれば確かにメイクでほぼ隠れているが目元にうっすらとクマができていた。

「とにかく、なんでもないわ」

 強引に会話を打ち切る。文也君のことで悩んでいるなんて勘付かれたくなかった。

 横では勝負に勝った霧絵が、罰ゲームで男の人には絶対見せられないレベルの変顔を晒している彩華を写メって愉悦に浸っていた。

 

 目的地に到着したのは昼過ぎだったので、かるく街を観光して回ってから夕方に予約していた旅館にチェックインした。

 広い和室はしっとりとした畳の匂いがほのかにした。部屋でしばらくのんびり過ごしたあとは、みんなで温泉に入ることにした。

 いい香りのする湯気が立ちのぼっている熱々の湯船につかると、温泉の成分が身体の芯まで染み渡るような感覚がした。身体をのばしてリラックスする。

 こんなときに限って考えてしまうのは、なぜか文也君のことだった。

 今、文也君はなにをしているのだろうか。もし文也君と旅行に行ったら、私たちはどんな会話をするのだろうか。あの日、文也君の言葉に答えていたら私たちの関係はどうなっていたのだろうか。

 さまざまな疑問が間欠泉のようにとめどなく溢れてきて、それを脳内から振り払おうとすればするほど逆に考えてしまうという無意識のはたらきが私の心を苦しめる。

 ままならない。人の心というのは本当に不便だ。

 いっそ脳の回転を低下させてなにも考えられなくなってしまおうと思い、私はサウナと水風呂をひたすら往復することにした。


 温泉から出て浴衣に着替え、豪華な会席料理をお腹いっぱい食べた。部屋に戻ると、四人分敷いてある布団の場所決めをして、街を回るついでに買ってきた地酒やツマミを開けて酒盛りをした。

 時計が夜の11時をまわった頃には全員ほどよく酔いが回っていた。明日は朝早いので今夜は消灯して寝ることにして、布団にもぐった。

 移動の疲れとお酒の酔いがあってか、電気を消した室内は数分とたたないうちに安らかな寝息が聞こえるようになった。

 ひたすら繰り返したサウナと水風呂で身体が鉛のように重いものの、目が冴えてしまってなかなか寝付けなかった。

 障子を全開にした窓から、蒼白い月明かりがぼんやりと暗い室内に差し込んでいる。備えつけのエアコンから吹く涼しい風が鎖骨のあたりを撫でていく。板張りの天井をなんとなく眺めていると、頭上でもぞもぞと京子が布団のなかで動く音がした。

「……ねぇ、理奈」

 天井に視線をむけたまま、声だけで会話をする。

「……なに」

「……あんた一日中、心ここにあらずって感じだったけどなにかあったの?」

「……まぁ、ね」

「……当ててみよっか。文也のことでしょ」

「……ええ。好きって云われた」

 布団のなかでガバッと上半身を持ち上げる音がする。

「……それマジ!? で、OKしたの?」

「……それがその。聞こえなかったフリしてそのままなのよね」

「……うわ、勿体な。理奈としてはイエスなの、ノーなの?」

「……解らないのよ。こんな気持ちを感じたのは初めてなの。私の文也君にたいする気持ちが本物なのかどうか。そもそも好きってなに? 遺伝子の相性がいいってこと? それとも、脳内で恋愛ホルモンが分泌されるってこと?」

 自分自身に嫌気がさす。こういうときばかりは、自分がまわりのみんなと違って子供のまま取り残されているような感覚になる。他人と向き合うことから逃げつづけてきたツケだ。

「……じゃあさ。理奈は文也のこと嫌い?」

「……嫌いじゃないわよ。嫌いなところもあるけど。どちらかといえば好きなのかもしれない。でも好きな理由が見つからないっていうか」

「……そんなのあとから見つければいいじゃん。諦めてつらいのは今だけかもしんない。でもきっとその後悔は一生残るよ」

「……そんなものなのかな」

「……ま、最終的に決めるのは理奈だけどね。とにかく、全部ひとりで解決しようとしないでさ、アタシたちにも協力させてよ。手助けぐらいならできるかもできないし」

 いつになく落ち着いた口調で京子が云った。会話が途切れて、空調のかすかな音が室内をみたす。

 さっきまで胸にたまっていた鬱屈とした気持ちと一緒にふかく息を吐く。

「……ありがとう。すこしスッキリした」

「……いいってことよ。おやすみ」

「……おやすみ」

 会話が終わって室内にふたたび就寝の静けさがもどる。くかーと寝息をたてていたはずのふたりの呼吸が、息をひそめるような静かな息遣いになっているのに気がついた。

 きっと私たちの話を聞いていたのだろう。といっても、べつに盗み聞きをされたような不快さはなかった。

 あたたかい安心感を胸に感じながら、私は眠りに落ちていった。


 翌朝、ふと目が覚めてスマホで時刻を確認するとまだ5時37分だった。三人のゆっくりとした寝息が聞こえた。音を立てないようにして緩慢に布団から抜けだし、窓際のイスに座る。

 夜明け前の蒼穹はどこまでも濃く深く宇宙色に澄んでいた。うっすらと朝霧がかかった街の風景のむこうには山の稜線が横たわっていて、しばらく時間がたつと白みがかった境界線から朝日が顔を出した。

 赤黒い残像を焼きつける朝陽の眩しさに両目を眇めながらも、私はその光景から目を離せずにいた。


(矢坂文也)

 8月に突入してまさに夏真っ盛りな日々がつづいていた。今朝のテレビでも東京は猛暑日だと報道していた。

 この時期になると全国各地で夏祭りが盛んに行われる。俺たちの住む街では今日が花火大会だった。市街地からあるていど離れた場所に大きな河川が流れているので、そこで花火が打ち上げられる。

 神崎に声をかけて一緒に行こうかとも思ったが、以前の告白失敗以来なんとなく誘う勇気が出なかった。

 そして結局、いつもの男メンバーで集まることになった。

 花火が上がるにはまだ早い時間だったが、駅前の噴水で集合してから河川敷まで移動することにした。

 が、いざ顔を合わせてみると五十嵐が足りなかった。

「五十嵐はどうしたの?」

『……代理でバイトが入ったとか』

『まったく仕事熱心なやつだ』

 バイトなら仕方ない。五十嵐のために何枚か花火の写真撮っといてやるか、などと話をしながら歩いた。大きなイベントなだけあり、河川敷に近づいていくにつれて通りを歩く人の数もどんどん増えていった。河川敷につく頃には、視界がとにかく人人人でうまってしまうくらいだった。

 通りにはたくさんの屋台が軒を連ねていて、酸漿色にひかる提灯が垂れ下がっている。わたあめの甘い香りや、お好み焼きの美味しそうな匂いが漂ってくる。

 ていうか今日って、理奈の誕生日なんだよな。

 理奈も来ているんだろうか。もしかしたらバッタリ会えないだろうか。そんな淡い希望を抱く俺のポケットには小さな紙袋に包装されたプレゼントが入っている。

 

(神崎理奈)

 私は京子と花火大会に来ていた。

 京子はラフな私服姿だったが、私は浴衣を着ていた。といっても、わざわざ実家から送られてきたのを着ないでいるのも悪い気がしたから着ているだけだ。紺色の布地に菫の花がちりばめられた綺麗な模様の浴衣に、朱色の帯を結んでいる。

 髪は京子が結って頭のうしろにまとめてくれた。

「いやー、さすがに賑わってるわね。この街にもこんなに人がいたんだ」

「私、人ごみのなかって具合悪くなるから苦手なのよね……。そういえば今日は霧絵たちはどうしたの?」

「霧絵とはあとで合流するから。彩華はなんと男の人とデートらしいわよ」

「え、彩華が? ちょっと見てみたい気もするわね」

 そのとき京子のスマホが振動する音がした。京子はデニムの尻ポケットからスマホを取り出して耳元にあてる。

「あ、霧絵。今どこ? うんうん。なるほど橋のほうね。解った、ありがとう。これから理奈と向かうね」

 短い会話を交わして通話を切った。

「じゃあ理奈、橋のほうに行こっか。あっちに霧絵たちがいるみたいだから」

 霧絵たち? すこし引っかかる物言いだったが、とりあえず京子についていくことにした。


(矢坂文也)

 どこか落ち着けそうな場所はないかと歩いていると、人ごみの向こうから見知った人物が来るのに気がついた。あちらも俺たちに気づいたようだった。

 ひらひらと手を振ってやってくる京子とならんで、理奈も下駄をカラコロと鳴らして来た。

「あれ、京子。それに理奈も」

「文也じゃん。あんたたちも来てたんだ」

「えっと、橘君と……松ぼっくり君?」

『松山です』

 理奈、さすがにそれはない。

『霧絵もいるよー』

 いつのまにやら俺たちの背後からひょこっと出てきた藤宮が、かわいらしい猫耳のついたフードを外して京子と理奈のとなりにならんだ。

 なぜか京子とハイタッチを交わしている。

『炎天下で張り込みとか無茶させるよー。霧絵もう疲れたー』

「ごめんごめん、あそこで売ってるトロピカルジュース奢るから許して霧絵」

『むぅ、しかたない』

「えっと、なんの話?」

『男子禁制、女子だけの秘密のお話』

 悪戯っぽくウインクして唇に人差し指をそえる藤宮。なんの話だかまったく解らないけれど、そう云われると追及しずらい。

「よかったらあんたたちも一緒に見ない? 人数はおおいほうが楽しいし」

「いいよ。こっちもちょうどメンバーが足りてなかったんだ」

 河川敷の階段脇を集合地点にして、一旦わかれて屋台をまわることにした。

 京子は藤宮と。橘は松山と。俺は理奈と一緒に屋台を見て歩いた。

 なにを話せばいいだろうか。無難な選択かもしれないけれど服装を褒めてみようか。

「えっとその、似合ってるね浴衣」

「べつに誰も褒めてなんて頼んでないわ」

 にべもない。いつも通りの理奈だ。ある意味安心できる反応ではある。

「理奈はなにか食べたいものある?」

「あまり食欲はないのよね。あ、でもかき氷は食べたいかも。ねぇ文也君、射的で勝負しない? 負けたほうが勝ったほうにかき氷を奢るっていうのはどう?」

「面白そうじゃんか。受けて立つよ」

 屋台に立ち寄って料金を払う。コルクは三発。

「相手より大きい景品を落としたほうの勝ちでいいわね」

「望むところだ」

 まず一発目は、なにも落とせずに負けるリスクを回避するために小さな箱菓子を撃ち落とした。理奈もおなじように小さな景品を落とす。

 二発目はなにを狙おうかと悩んでいると、理奈が一番大きな景品にめがけて発射した。箱入りの水鉄砲で、最上段の落ちるか落ないかギリギリの位置に置いてある。理奈の弾は命中はしたものの、箱がわずかに揺れるていどで落ちる気配はなかった。

「さすがにあれは無理じゃないかなぁ」

「私は圧倒的勝利を飾って文也君が悔しがる顔が見たいのよ」

 もしかして合コンのときに飲み比べて負けたのを根に持っているのだろうか。

 そこまで云われると、俺もやる気を出さずにはいられない。

「じゃあ俺が落としてみせるよ」

 二発目の狙いをさだめて箱の上のほうに当たるように撃つ。が、やはり揺れるだけで落ちる気配はない。

「あちゃー、俺も駄目だった」

「コルク一発分の威力じゃどうやっても無理そうよね」

 んー、とこめかみに左手の人差し指をあてて悩む。横を見ると理奈もおなじポーズで悩んでいた。利き腕が逆なので理奈は右手だったけれど。

 俺の視線に気がついて理奈もこっちを見る。そのとき、これが以心伝心というやつかと思った。お互いに自然と笑みがこぼれる。

「理奈、ちょっと試したいアイデアがあるんだけど」

「あら、もしかして文也君もおなじことを考えてた?」

 俺たちは最後のコルクをこめて、ガチャリとレバーを引いた。ならんで大物に狙いをさだめる。

「「二人同時なら――」」


(神崎理奈)

 文也君は屋台のおじさんから受け取った水鉄砲の箱を持って、困ったように云った。

「……理奈これ欲しい?」

「いらない」

「だよねー、あはは。それにしても勝敗はどうしよう。引き分けだよね。俺が奢ろうか」

「いいわよ私が奢るわ」

 てきとうにイチゴ味とブルーハワイをひとつずつ買った。

 さっきは反射的にすげない返事をしてしまったが、正直さっきの一言は予想外で嬉しかった。

 なんとなく恥ずかしくて目線が合わせられなかったのでそっぽをむいて、ブルーハワイをできるだけ素っ気なく文也君に手渡した。

「浴衣を褒めてくれたお礼」

 

 集合場所にもどると既にほかの四人はシートを敷いてそこに腰を下ろしていた。

『……アチッ、たこ焼きができたてで熱すぎる』

『ん、文也。その水鉄砲どうしたんだ?』

「ああ、気にしないで。射的の景品だよ」

 日が暮れた空は菫色に染まっていて、そろそろ花火が上がってもいい頃合だ。雲はほとんど無く、河川敷の草花をサラサラと鳴らすていどの緩やかな風が吹いているので天候も理想的だ。

 私たちも腰をおろそうとしたとき、文也君の友達ふたりが、行き交う人波のなかになにかを発見したように指をさした。

『おい、橘。あれってまさか!?』

『……五十嵐だ。あの手を繋いで歩いている相手は……』

「あれって彩華じゃない? 京子」

「だね」

 初々しく頬を赤らめながら、仲睦まじく肩を寄せて河川敷を歩く二人の姿が見えた。

 橘君と松山君がそれを呆然と目で追いながら掠れた声で呟く。

『……バイトなんて真っ赤な嘘だった』

『仕事熱心? 恋愛熱心の間違いじゃねぇか……』

 事情はよく飲み込めないが、とりあえず彼らは自分たちを差し置いて彼女を作った巨漢の彼に衝撃を受けているようだった。

『文也、その水鉄砲もらうぞ』

『……このたこ焼きは五十嵐に食わせる』

「え、ちょっとおまえらヤバい事考えてない?」

 制止しようとする文也君を意に介さず、金剛力士のような鬼気迫る表情でゆらりと立ち上がった二人はそれぞれ、かつおぶしが踊る熱々のたこ焼き、ペットボトルの水をタンクにチャージした水鉄砲を手に、地面を蹴って駆け出した。

 復讐の鬼(というかただの逆恨み)と化した凸凹コンビが接近してくるのに気がついた五十嵐君は、

『げっ!? なんだおまえら!』

 と悲鳴をあげて、彩華の手をひいて走り出した。

 ちょうどそのとき最初の花火が上がり、河川敷に歓声がわいた。

『きゃははは、なんか面白そー』

 霧絵が立ち上がってあとを追いかけはじめた。

「おーい、待てってあんたら! ったくもうどこ行くのよー!」

 両手をメガホンのように口元にあてて呼びかけた京子だったが、誰も聞いてないとみるやすぐさま駆け出した。

 濃紺の空に色鮮やかな花火が打ち上げられて河川敷が明暗を繰り返すなか、騒がしい一団がワー、キャーと遠ざかっていく。

 取り残された私と文也君はしばらくポカーンと顔を見合わせたあと、最後はどちらもおかしさをこらえきれなくなって思いっきり笑った。


(矢坂文也)

 残された俺たちはシートに座って花火を見上げながらかき氷を食べた。

 今さらながら、これってふたりきりなんだよなと気がついて緊張してきた。

 普段はまったく飾りっけがないくせに、こういうときにいきなり女の子らしい雰囲気になるのはズルいと思う。

 ストローのスプーンでかき氷を口元に運ぶ仕草だとか、頭のうしろにまるく編みこまれた髪の下のうなじだとか。花火を眺めているフリをしながらも、視界の隅の理奈につい意識がむいてしまう。

 心臓からおし出されて全身をめぐる血液があつく熱をもったような感覚がして、かき氷を食べるペースをすこし上げた。シャクシャクとした口当たりとシロップの甘さが、ひんやりした冷たさとともに口のなかに広がる。あせって食べたせいですぐに容器が空になってしまった。

 かき氷を食べ終えると、眉間にしわを寄せた理奈が額に手の甲をそえて云った。

「文也君、私たくさんの人のなかにずっと紛れていると具合が悪くなるのよね。わるいけどちょっとどこか人気のないところに行って休むわ」

「大丈夫? 俺も一緒に行くよ」

 立ち上がって、屋台のならぶ通りのほうにもどる。

 理奈は不快そうに人波のなかを進みながら、ぶつぶつと不平をもらした。

「ほんと不便よね、人間の身体って。感覚とか気分とか全部自分の意思でコントロールできるようにならないのかしら」

「もしそうなったら理奈は酸欠で倒れるまで自分が危険な状態だって気づけなくなっちゃうよ」

「文也君のくせに云うようになったわね」

「いったい誰のせいだろうね」

 さあ誰かしら、と理奈はわざとらしく肩をすくめてみせた。

 

 人波をぬけてしばらくそのまま道なりに歩くと、林に赤い鳥居が見えた。

 理奈がそちらに足を進めるので俺もそれに合わせた。鳥居をくぐって緩やかな石段をゆっくりと登っていく。石段の左右には樹木がサラサラと枝葉を揺らして立っている。

 石段をちょうど半分くらい登ったところで理奈は立ち止まって、来た道を振り返った。俺もとなりにならんで、夏の夜空に大音響でひろがり散る花火と、光と音で賑やかな河川敷を眺めた。

 しばらく俺たちはその光景に見入っていたように思う。2、3分かもしれないし、10分以上かもしれなかった。

 周囲に人の気配はまったくない。完全にふたりきりだ。心臓がトクンとはねる。河川敷を離れてからずっと俺の脳内に渦巻いていた葛藤はただひとつ。今こそこのまえの告白のリベンジをするときか否か。まだ早いだろうか。

 いや、――云おう。

 そう決心してふるえる唇を開きかけたとき、理奈が静かな声で云った。

「ねぇ、文也君。私、ひとつあなたに謝らければいけないことがあって」

 理奈の栗色の瞳が俺を見上げる。

「文也君の部屋でそのまま私が寝てしまったときのことなんだけど、文也君が寝ていると思ったとき、じつはまだ起きていて。

 だからあの……文也君が私に好きって云っていたのはバッチリ聞こえていたというか。だけど、なんて答えたらいいのか解らなくて聞こえなかったフリをしていたの。卑怯なことをしてしまって。その……ごめんなさい」

 …………。理奈の衝撃発言に、俺は息をするのも忘れて固まっていた。心のなかで理奈が云ったことをもういちど反芻して、やっと理解が追いつく。

「ぇえええええええええええええええええええええええええええ!?」


(神崎理奈)

「ちょっと待って、それって。ぇええええええ……。逆にもっと恥ずかしいじゃん」

 一瞬で真っ赤に染まった顔を両手でおおって崩れ落ちるようにしゃがみこむ文也君。ちょっとかわいい。

 文也君ががっくりと背中をまるめて俯いたまま涙声で云う。

「きっついなぁ。俺フラれたってことだよね……」

「? それとこれとは話が違うわよ。私は文也君の告白を聞かなかったフリをしたことにたいして謝罪したの。返答に関してはまたべつ」

 それを聞いた文也君は驚いたように顔をあげて目を見開いたあと、おもむろに立ち上がった。一拍おいて、文也君の凛々しい瞳が私をとらえる。

「……聞くよ。理奈の返事」

 いちど深呼吸をして心を落ち着ける。文也君に伝えよう。私のありのままの気持ちを。私のありのままの言葉を。

「あのね。私は文也君がほかの子と仲良くしているのを見るとすっごくイライラするの。文也君の誰にでも優しいところが好きなところでもあるし、嫌いなところでもあるの。

 独りよがりだと解っていても、文也君には私だけ見ていてほしい、贔屓して特別扱いしてほしいって思ってしまうの。

 こんなわがままな私でも、文也君が好きでいてくれるのなら本当に嬉しい。自分の気持ちに答えを出すのが怖くて言葉にできなかったけれど、今ならはっきり云えるわ。

 私もね、文也君のことが――」

きっとこの言葉には、これまで私と文也君が積み重ねてきた時間や思い出や記憶が全部つまっている。だからこんなにも言葉にするのがたいへんで、大切なんだと思う。

「――好きよ」

 そのまま私たちはお互いをじっと見つめ合った。自分の気持ちを、そして目のまえの相手の気持ちをじっくりと噛みしめるように。この時を一生忘れないよう、深く心に刻み付けるように。

 ふわりと一陣の風が吹いて髪を揺らし、止まっていた私たちの時間がふたたび動き出した。前髪がかかった眼鏡をはずす。

 当然ながら眼鏡をはずすと視力のひくい私の視界はいっきにぼやける。

「花火がぼやけてまるで万華鏡みたいね。文也君の顔はすこし輪郭がぼんやりしてはっきり見えないわ」

 文也君は今、どんな表情で私を見ているのだろうか。

「ねぇ、このまま文也君の顔がはっきり見たいわ。こっちに近寄って」

 ゆっくりと一歩。文也君が私のほうに踏み出す。

「このくらい?」

「もっと近づいて」

 もう一歩。文也君は目の前だ。だけどまだ物足りない。

「もっと近く」

 最後の一歩。身体と身体が密着する距離。吐息と吐息が触れ合う距離で、私を見つめかえす文也君の顔が視界に鮮明に見える。文也君の手が優しく私の肩におかれて、遠い花火の音と共鳴するように熱い胸の鼓動が激しく高鳴る。

「……見えた?」

「……うん、見えた」

 そういえば。

 はじめて出会ったとき文也君が、言葉では自分のすべてを伝えられないと云っていた気がする。

 瞼を閉じると視界が消えて、そこにいる文也君の存在だけを感じられた。

 私たちは、言葉では伝えきれないぶんの気持ちを、唇でそっと伝え合った。

 初めてのキスは、甘いシロップの味がした。


(矢坂文也)

 それから数日。

 俺は理奈への誕生日プレゼントを買った帰りだった。このあとは理奈と会う約束をしている。

 全体的にグレーの配色が目立つ街並みに、真夏の陽射しが燦々とふりそそいでいる。どこからか聞こえてくる蝉の鳴き声が、快晴の青空に吸いこまれていく。人々が行き交う雑踏は今日も変わらずそこにあって、俺もまたそのなかのひとりだった。

 プレゼントを渡すときのことを想像する。

 理奈はこれをもらったら、喜ぶだろうか。それとも頬をふくらませて怒るだろうか。

 きっと、怒りながら喜んでくれるんじゃないかな。

 そんなことを考えながら、いつかの歩道橋を歩いていたとき、反対側から歩いてくる

女の人が目にとまった。

 相手もこちらに気がついたらしく、俺たちは歩道橋のちょうど真ん中あたりで立ちどまった。

 爽やかな風が吹いて、俺たちの髪を揺らしていく。

「文也君」

 まっさきに目がいくのが、肩のあたりまで短くなった黒髪だった。ハイヒールを履いていて、黒いロングスカートに、白いシャツを着ている。うすく顔にほどこした化粧も魅力を際立たせている。

 別人かと見違えるほどの変化だった。だけど、その声も、立ち姿も、凛とした眼差しも、俺の記憶のなかの理奈とはまったく変わらない。

「理奈」

 俺の視線をうけて、理奈は恥ずかしそうに頬を赤くそめてそっぽをむいた。

「その……、文也君がいつも私にあわせてくれているから、文也君が喜ぶなら、私もたまには文也君にあわせてみようかなって思っただけよ。化粧も服もぜんぶ京子頼みだったけど」

 新郎が新婦のウェディングドレスを着た姿をはじめて見たときってきっとこんな気持ちなんだろうな、と思った。理奈の魅力を最大限にひきだしてくれた京子の手腕に脱帽する。

「すごく似合ってるよ。うん、なんか感動した」

「そ、そう? ありがと……」

「髪、切ったんだね」

「ええ。なんとなく気分でね。夏だとみじかいほうが涼しいし」

 そう云って、毛先を指でつまむ理奈。今までの長かった髪も好きだったけれど、この髪型も新鮮な感じがしてよかった。

 ふと思い出して、ポケットに手をつっこむ。

「そうだ、はいこれ。誕生日プレゼント」

 綺麗に包装された小さな袋を手渡す。

「なにこれ。開けてみてもいい?」

「うん。開けてみて」

 封をあけて、理奈が中身を取り出す。ちいさな銀色の三日月に、陽の光がキラキラと反射する。

「これって、このまえのネックレス?」

「あげるならこれがいいかなと思ってさ」

「似合わないからいいって云ったのに。脳ミソ腐ってるんじゃないの」

「そう云わずにさ、つけてみてよ」

 俺にうながされて、慣れない手つきでチェーンを首にまわして留め具をつける理奈。胸の上のちいさな三日月に指で触れながら、上目遣いでおずおずと訊いてくる。

「ど、どう?」

「もちろん最高」

「なら、よかったわ」

 安心したように微笑む理奈。ひかえめな笑いかたとか、笑ったときにすこし細くなる目元とか、照れ隠しに顔をそむけたりとか、そういうところがほんとうに好きだ。

「で、約束の時間よりだいぶ早いけどどうする?」

「どうしよっか。本屋でも行く?」

「そうね」

俺たちの心はいつもすれ違う。全然思い通りにいかなくて、もどかしくて。だけど、ふとした瞬間。たとえば同じタイミングで笑ったとき、不意に手と手がふれあったとき、いっしょに花火を見上げたとき、好きだと思いを伝え合ったとき。二人の心が繋がったと、そんな風に感じられる一瞬があるから、ケンカしたってまた君の笑顔が見たい。そして、君の笑顔のわけが俺であってほしい。そう思ってしまう。

 となりにならんで手をつなぐ。自然と笑みがこぼれる。

 手のひらにお互いの温もりを感じながら、俺たちは一緒に歩きだした。

最後まで読んで下さった方々に最大限の感謝。

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