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HAPPY HOLIDAY ! 〜サンタクロース捕獲作戦〜

作者: ほんわか八咫烏

HAPPY HOLIDAY !

〜サンタクロース捕獲作戦〜




挿絵(By みてみん)



一年というものは、人々が思っている以上にあっという間に過ぎ去っていくものだ。気がつけば一週間、一ヶ月、遂には一年と、時間は1秒たりとも止まる事なく進んでいく。一瞬にして通り過ぎていく日々に、まるで取り残されていくような感覚はまさに浦島太郎だ。そんな事を考えている内に、再び『この日』がやって来ることになった。




ーー皆『この日』を心の底から待ち侘び、どうしようもない期待と逸楽に耽っていた。


両手に美しくラッピングされた包みを抱え、上機嫌に小躍りで街を闊歩している婦人。街灯のスポットライトの下を優雅に通り過ぎるスーツ姿の紳士。仲間でコスプレをして、都市の喧騒など気にする事なく謳歌する若者たち。


普段は不景気で寂れた都市の空気とは一転し、

そんな祭典の雰囲気が、市邑に色濃く蔓延していた。


堅苦しいブランド店や大手の企業ですらもそのムードには逆らう事なく、『特別セール』や『限定サービス』などの期間限定を示した垂れ幕が都市中にて発見する事ができた。


公園や街路樹には大量の電飾が施され、その様はまさに光の芸術作品だった。普段は無意識に通り過ぎるだけの小さな公園でも、この季節では皆が立ち止まり、その美しさと神々しさに酔い痴れる。カメラを構える人も屢々、涙を飲む人も屢々だ。





ではここで一つ、問題を提起しよう。


何故、『この日』になれば多くの人を巻き込んだ馬鹿騒ぎに発展するのだろうか。そもそも『この日』とは一体何なのだろうか。


善良な一般市民だろうが、素行不良の目立つ世間嫌いな若者だろうが、少々老化が始まった御老体だろうが、生まれたばかりの赤ん坊だろうが既知しているに違いない。その問題の正答率は、余裕の百パーセントだろう。


なんといっても、全人類に共通の誕生日。聖なる神の誕生祭だ。知らない筈がない。知らない人はよっぽど世間知らずなのだと揶揄されても仕方がない。


杖を突いた御老人から風船を手にした幼い子供まで、全員が口を揃えてこう答える事だろう。






そう、今宵は『クリスマス』だと。













・・・聖夜といえば、一体何を思い浮かべるだろうか。


もみの木にクッキー、リースにイルミネーション。はたまたケーキに愛しい恋人・・・。


それは人によって様々だろう。楽しみ方もまた、人によってそれぞれだ。宗教に信仰深く、人類を罪から救った神に対して祈りを捧げる者もいれば、軽い行事のように恋人と一日を暮らす者も居るだろう。また、薄暗い部屋の中で一人寂しく、パソコンに向かいながら聖夜を過ごす人も居るだろう。


そんな多種多様なクリスマスだが、老若男女が楽しめる『一大イベント』というものが毎年開催されているのをご存知だろうか。


いや、最早知っていて当然と言い切れるくらいだ。“節分”では“豆まき”、大晦日には“除夜の鐘”と直ぐに答えられるのと同様だ。それ程、その行事は認知度が高く、不動の人気がある。



どこかの富豪が開く一般参加可能な大規模クリスマスパーティー?


道行くカップルを脳内爆殺するストレス発散行為?




断じて違う。そんなチャチな物じゃない。


今、全国民が年に一度のこの催事に熱中し、熱望しているのだ。最早このイベントのためにクリスマスを楽しみにしているといっても過言ではない。皆、この日が365もの太陽日を越えて巡ってくるのを翹首していたのだ。




それは全人類を躍動の境地に駆り立てる事変。





その名も『サンタクロース捕獲作戦』だ。












まず結論から言おう。


“この世界にはサンタクロースは存在している”。


それは確かだ。


だが、その白髭の老人の分類 は『UMA』・・・所謂『未確認生物』だ。


分かりやすい例を挙げるならば、“ツチノコ”や、“ネッシー”などが有名だろう。それらのように、名前や文献は知っているが、実際にその姿を目撃した事が無い虚影、或いはこの世ならざる形態の所為で存在自体が隠蔽されたという動物のことだ。それらの陽炎のような存在の総称が『UMA』だ。


しかし、サンタクロースは違った。


その他諸々の未確認生物とサンタクロースの決定的な相違点は、『姿を見たものは多数存在する』という部分だ。赤服の老人は一年に一度、決まった時間に必ず正体を現す。


しかし、どんな策を弄そうと、どんな罠で誘き出そうと決して赤服の老人を捉える事はできない。まるで粉雪に投影された幻影のように、その姿は気が付けば跡形も無く搔き消えているという。


そんな逸話のある幻想に掛けられた懸賞金は、なんと十億円にも昇る。その積み上げられた大金は、数十年は遊んで暮らせる金額だ。これは『サンタクロース捕獲作戦』に全国民が参加する理由でもあった。誰もが一攫千金を狙って、サンタクロースという存在を捕縛しようとしていた。


この季節になれば、町中に『WANTED』の文字と桁外れな金額が記された広告もとい指名手配書が貼られている。


そんな盛大な馬鹿騒ぎを、とある少女も夢見て待ち焦がれていた。









・・・





今夜はクリスマスの前夜祭、『クリスマスイブ』だ。窓の外はしんしんと雪が降っているにも拘らず賑やかで、普段感じる喧騒への抵抗感もこの日に限ってはゼロに等しかった。それ程、少女自身の感情も呼応しているのだ。



「・・・今年もサンタさん来るかなぁ。」



そう呟く少女の名は、『白雪 牡丹』。


高校生にもなってサンタを信じているのかという小学生のような揶揄いは、この世界には一切存在しない。クラスメイトもこの季節になれば皆『サンタクロース捕獲作戦』の会話が絶えない。それだけに留まらず、現実主義的な中年の会社員でも、ファンタジーとは無縁な浮浪者ですらサンタクロースの存在は認知していた。


そんな重度な夢見という訳でもない唯の少女である牡丹が、あのサンタクロースの首を追う事には理由があった。



それは『平凡』だからだ。



あまり人には理解されないかも知れないが、牡丹は『平凡』というものに異常なコンプレックスを抱いていた。


友達との会話は弾む。親先生からの信頼もある。だが、何もない。


率直に言ってしまえば、牡丹は『無個性』なのだ。


友人Aのように秀でて運動神経がいい訳ではない。友人Bのようにユーモラス溢れるセンスがある訳でもない。友人Cのように知識に富んだ頭脳を持っている訳ではない。


笑えてしまう程度に目立つ部分が何も無い。



だからこそサンタクロースを追い、捕らえ、クラスの人気者になりたい。学校内で一躍有名人として名を馳せたい。そんな小さく微笑ましい野望を胸に秘め、牡丹は自室の窓から冬空を眺めていた。








『サンタクロース捕獲作戦』の開始時間は深夜0時。クリスマスイブからクリスマスへと移り変わる瞬間だ。只今23時50分・・・。


子の刻まであと10分だ。




「そろそろかな・・・。」



牡丹は決戦の覚悟を決めた。



大きめの虫取り網を片手に持ち、捕獲網や荒縄に鉤縄、玩具の手錠などを全てパラシュート付きのリュックに詰め込んだ。こんなもので果たして捕まえることができるのか。些か不安ではあるが、試してみなければ分からない。


牡丹は今回の捕獲作戦が初参加だ。普段は観戦側だったので、サンタがどのような姿をしているのかは知っている。大の大人が数人がかりでも触れることすら叶わなかった事から、正攻法では勝てない事も推測できる。


サンタ捕獲への一歩を踏み出す勇気は、小学校の頃に学級委員選挙に参加した時を思い出す。


お気に入りのスニーカーの紐を固く結び直し、寒さ対策に厚手のコートを着込んだ。首にはチェック柄のマフラーを巻いて、重いリュックを背負った。


やる気は十分。気合いも充分。準備も万端だ。


牡丹は両頬を挟むように二回叩いて、気を引き締めるように闘争心を注入した。



そして意気揚々と、戦場への扉を開けた。









・・・


外は既に多くの人が集まっていた。当然目的はサンタの捕獲だ。皆それぞれに捕具を用意し、様々な格好で参加していた。



現在の時刻は23時59分。



運命の時刻まであと1分を切った。



牡丹は震えていた。

決して寒さからではない。


武者震いのように、サンタ捕獲作戦の決行が楽しみで仕方がないのだ。



「来い・・・! 来い! 来い‼︎」



牡丹は小さな声で呟き続けた。

網を握る手も自然と強くなる。



そんな時、牡丹の上空からカウントダウンの声が響き始めた。見上げると、窓から身を乗り出した人々が、大きな声を上げている。これらの人々は観戦者だ。自分では参加しないが、参加している人たちを見て楽しむ。それを動画に撮って、サイトに投稿する人も多い。昨年まで自分もあの場に居たのだな、と牡丹は少し感慨深い気分になった。憧れて眺めていた景色に、今自分は立っている。子供目線からヒーローだったサンタクロースに、今自分は挑もうとしている。


感情が高ぶる。

それは抑えきれない感情だった。



カウントダウンは残り10秒を切った。



「10! 9! 8! 7! 6! 5! 」




歓声混じりの雄叫びも聞こえる。この場にいる誰もが、サンタクロースを捕らえたくて仕方がないのだ。この場にいる誰もが、本日の主役になりたがっているのだ。



「4! 3! 」



たかが10秒だ。なのに、何故こんなにも長く感じるのだろうか。牡丹はこれ程までに時間がゆっくりに感じたことは、今までに一度もなかった。



「2! 1! 」



一瞬の静寂。咆哮も歓声も止み、全員が0になる瞬間を望んでいた。この1秒も、まるで永遠のように感じた。


そして、遂に時は来た。



「 0‼︎ 」



カウントダウンは0を刻み、参加者は一斉に声を張り上げた。そんな牡丹を含む市民達の視線は、一箇所の建物の屋上に集められた。



雪の降る幻想的な夜空、大きな満月を背に彼は立っていた。威風堂々と、質実剛健と彼は立っていた。



「merry Xmas‼︎」



赤い服を着込んだ老人は、凛としてそこに立っていた。



「目標前方‼︎ 捕まえろ‼︎」



観客の一人が声を上げたと同時に、集った勇敢な市民は鬨の声を発した。その叫びは寒気を吹き飛ばす勢いで大気を震わせ、街中にその声が響き渡ったに違い無い。そしてその雄叫びはイベント開始のゴングの役割でもあった。サンタクロースも長い髭で隠れて分かりにくいが、確かに笑みを浮かべていた。



「さぁ、諸君。今年も冬が来た。今日は満願成就の聖夜祭だ。十億の懸賞首はここにいる。何処にもいない幻想だが此処にる。私を捕まえてみたまえ。」



サンタクロースは声を張り上げ、それはとても楽しそうに、愉快そうに。



「愛しの子供達へプレゼントを届け終えるまでが、諸君に与えられた期限だ。ずっと諸君らと追いかけっこを楽しみたいのも事実。だが、私は多忙な身だ。全世界の子供達が私を待っているのだ。だから私も全力で逃げ果せる。捕まる気は毛頭ない。」




そう言うと、サンタクロースは何処からか大きな袋を取り出した。あの白い袋に、玩具やプレゼントが詰め込まれているのだろう。そんな夢のある袋をサンタクロースは肩に担ぎ、屋根から屋根へと器用に飛び移りながら移動を始めた。矍鑠の言葉を超えた軽捷な動きだった。


それを追って市民達も街を縦横無尽に駆け回り始める。


そんな人の荒波に混ざって、牡丹もサンタクロースを追いかける。だが、サンタクロースの異常な跳躍力によって、誰一人として近づくことが出来ていない。無重力間を遊泳するかのようにサンタクロースは雪降る都会を舞っていた。



「そっちに行ったぞー!」



「囲め囲め!」



「挟み撃ちにしろー!」



牡丹は自然と顔に笑顔が浮かんだ。

この喧騒は不愉快ではない。それどころか、心地よくすら感じた。


牡丹は一度集団から離脱し、裏路地へと侵入した。楽しい。楽しくて仕方がない。正直ここまで楽しめるとは思っていなかった。こうなったらとことんまで楽しんでやる。


そう誓った牡丹は用意してきた鉤縄を使用し、裏路地から一軒家の屋根へと登攀した。しかし、ただの少女が簡単に登れるものだろうか。それは牡丹が平凡に対して珍妙なまでの嫌悪感を抱いていたのが功を奏した。「普通じゃない」という理由で少し齧った通信制忍術スキルがこんな所で役立つとは、牡丹自身でさえ想像してなかった。


少し高い屋根から見渡す景色は、実に壮観だった。遠くにてふてふのように飛び回る紅白の点。それを追うように動く人間の大群。それらの全てを牡丹は鳥瞰できた。


牡丹は深く息を吸い込んで、



「ほら!サンタクロースは商店街の方へ行ったわよ‼︎」



と叫んだ。


聞こえたのか聞こえなかったのかは分からないが、小さく映る挑戦者達は一斉に商店街の方へと動き出した。牡丹は満足げに微笑むと軽いステップで走り出した。


そのまま勢いを緩めることなく、牡丹は屋根から大通りに向けて飛び降りた。なんとも危険な行為だが、クリスマスだからこそできる行為でもあった。牡丹は見事、走行中の大型トラックの上へと着地した。それと同時に、鉤縄をトラックに引っ掛け、決して振り落とされないように牡丹は鉤縄を握り締めた。


トラックはそんな牡丹に気づくことなく、我関せずといったように走り続ける。


この時期、この時間帯に走るのは商業関係のトラックのみ。その他の一般自動車や自転車は通行禁止となっている。そんな風変わりな条例はこのイベントの為のみのものだ。それを牡丹は知っていた。


向かう先は、恐らく商店街だ。








トラックの速度はそこまで上がる事はなかった。溝に引っ掛けていた鉤縄を取り外し、牡丹はリュックから長めの荒縄を取り出した。


冬独特の冷たい風を真正面から浴びながら、牡丹はゆっくりとバランスをとりながら立ち上がった。




これから行うのは小さな賭けだ。


限りなく不利な賭けだ。




牡丹はトラックに揺られながら、じっとその時を待った。このトラックが商店街へと向かうのならば丁度いい。今はただ、牡丹はこの負けに等しい博打を楽しんだ。



「頼む・・・来てちょうだい!」




そして次の瞬間、牡丹はその賭けに勝った。こればかりは牡丹の力ではない。運だ。運が牡丹の味方をしてくれた。



遁走を続けるサンタは、迂闊にも牡丹の上空を通過したのだ。屋根から屋根へ飛び移る過程を牡丹は捉えた。



すかさず牡丹は、予め輪を結んでおいた荒縄をサンタクロースへ向けて投げた。


馬鹿らしいが見事、それはサンタクロースの足に引っ掛かった。これも通信制忍術の投擲技能のお蔭だろう。そしてこちらには、トラックの直進する推進力が付与されている。後は此方にサンタクロースを手繰り寄せれば捕獲したも同然だ。


だが、牡丹の体は次第に浮き始め、サンタクロースと共に上空へと舞い上がった。それ程までにサンタクロースの脚力は異常だった。常識の範疇を超えている。と言っても常識も人間が勝手に決めた範囲だ。『UMA』にそんな脆い常識など通用するはずもなかった。



「きゃあああああ‼︎」



牡丹の悲鳴は虚しくも目下の道路へと降り注いでいった。サンタクロースは驚いたように牡丹を見つめると、優しく笑って挨拶をしてくれた。



「やぁ、勇敢なお嬢さん。君が今夜、私に近付くことのできた一人目だよ。」



サンタクロースは叫び続ける牡丹を気遣い、近くの店の屋根にふわりと降り立った。牡丹はゆっくりと立ち上がると、サンタクロースと真正面から対峙した。緊張や不安から様々な感情が入り混じる中、やはり大きかったのは亢奮だった。牡丹がサンタクロースと並んで立ってから、ものの数秒で野次馬達の人垣が出来上がった。大通りは、文字通り人で埋め尽くされている。



「お嬢さんは、今夜の主役になりたいかい?」



サンタクロースは小さな声で問いかけた。

牡丹は一拍置いてから答えた。



「・・・なりたい。」



「君は、私を捕まえて何を望む?十億という大金かい?はたまた名誉や称号かい?」



牡丹は迷うことなく、正面を向いて言い放った。



「・・・平凡から抜け出したい。」



サンタクロースは目を見開いた。さすがに予想外の解答だったのだろうか。だが、すぐに察したように柔和に微笑んだ。



「周りを見てごらん。君は既に注目を浴びている。舞台の中央に立つ役者のように、絶体絶命を救うために颯爽と現れたヒーローのように、周りの目線は君に集中している。」



「・・・。」



牡丹は言われたま、屋根の上から下を見下ろした。そこには多くの人達が声をあげていた。それは決してサンタクロースの元へ辿り着いた牡丹に対しての僻みではない。嫉妬の声でもない。応援だ。冬の寒さなど消し飛ばすような暖かい声援が、牡丹の耳に飛び込んできた。




「ほら、君はもう平凡じゃあない。英雄だ。サンタクロースと対峙する事ができた名誉市民だ。」




牡丹は感激のあまり、顔を手で覆った。自分でも真っ赤になっている事が分かる。全国民が憧れる老人から、賞賛の言葉を受け取る事ができた。これこそ言葉に出来ない感動だった。今日という『この日』を。素晴らしいクリスマスを牡丹は心の底から実感した。





ありがとう。


牡丹がそう発する刹那だった。







絹を裂くような一つの銃声と共に、牡丹の夢の狭間は終わりを告げた。



「・・・え?」



トラックだ。先程牡丹が上に乗っていたトラックが急に大通りに向けて突っ込み始めた。慌てて群がっていた人達は逃げ出すも、行動が遅れた人々を巻き込み、躊躇いなくトラックは驀進した。そしてトラックは止まることなく、とある百貨店へと突っ込んだ。しかしそれでは終わらなかった。気がつけば、目の前で巨大な爆発が起こっていた。窓ガラスは粉々に飛び散り、近くにいた人々は爆風に巻き込まれて血を撒き散らした。



「う・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



悲鳴が上がったのは、それから数秒後のことだった。その爆発したはずのトラックから降りてきたのは仮面を被った数人の男達だ。皆ライフルやショットガンをその手に担ぎ、聖夜に相応しくない冒涜的な格好をしている。その内、リーダーらしき人物がメガホンを手に、逃げ惑う市民達に呼び掛けた。



「はーい。皆さん落ち着いてー。我々はクリスマス中止のお知らせに参りました〜。そしてこらからも未来永劫、クリスマスは中止でーす。何故なら今から・・・。」




サンタクロースは死にます。




男の口からは、そんな言葉が無慈悲にも放たれた。


その台詞と同時に、同じく仮面を被った仲間達が一斉に銃口をサンタクロースへと向けた。


牡丹は咄嗟にサンタクロースを庇うように前へ出た。


殺される勇気もないのに。


誰かを庇う勇気もないのに。


罪や戦を咎める厭戦感も持ち合わせていないのに。


自分でも理解をしない内に、牡丹はサンタクロースの前で手を広げていた。



「・・・何のつもりだ?糞餓鬼」



仮面の男は不機嫌そうに言った。


本当に何をやっているのだろう。

後悔の念が後々から雪崩の様に牡丹を責め立てた。だがもう遅い。牡丹は震える体をより一層震わせ、大声で呼び掛けた。



「どうして・・・どうしてこんな事をするの? 折角の・・・年に一度の『クリスマス』なんだから、もっと楽しもうよ‼︎ 笑顔で過ごせばいいじゃない‼︎ なのに何で・・・何でこんな酷いことを‼︎」



そんな必死の呼びかけに相反し、テログループは意味がわからないと言った様子で牡丹を嘲笑した。



「・・・何だ? お前は突如やって来た台風に向かって『酷いことをしないで』と憤慨するのか? 前触れもなく起きた大地震に『何でこんなことをするのか』と問い返すのか?」



次第に彼らの照準は牡丹へと向き、牡丹は足が竦み始めた。だが、決して折れることはなかった。



「私は、サンタクロースを捕まえたい。その為にこの企画にも参加した。だけど・・・‼︎」



牡丹は先程よりも目一杯息を吸い込んだ。そして、半ば叫びながら言葉を発した。



「だけど殺したくはない‼︎ 死なせたくもない‼︎ サンタクロースは、私達の“夢”なんだから・・・!」



そう叫んだ後、しばし静寂が訪れた。気分の悪い静寂だ。その張り詰めた空気を切り裂くように、男は口を開いた。その言葉は、冬空よりも冷酷で、雪空よりも冷徹だった。



「知るか。」



牡丹は泣きそうになった。牡丹の感情はたったその三文字によって踏み躙られた。言葉にできない悔しさが、牡丹の脳内を駆け巡った。


だが、そんなことを考えている内に、眩い光と共に裂帛の音が空間を支配した。幾重にも連鎖した銃声は、一瞬の躊躇いなく牡丹へと発射された。










牡丹は「あぁ、撃たれたんだな」と確信した。そりゃ、あれだけテログループに刃向かったんだ。殺されて当然かもしれないな、と牡丹は自分を説得した。だが、内心は悔しくて仕方がなかった。台無しにされた。折角掴める所まで来た小さな野望は、全く無関係な第三者の手によって打ち砕かれたのだ。非常に業腹だ。しかし死にゆく目からは、涙が溢れることはなかった。


だが、撃たれたというのに自然と痛みは無かった。それは死ぬ直前だからだろうか・・・。それとも痛覚が麻痺しているのだろうか・・・。


牡丹は倒れ行く自分の体を確認した。血は出ているだろうか。何発当たったのだろうか。

薄れゆく意識の中、牡丹は薄っすらと自分の体を見ることが出来た。



瞬間ーーー牡丹は驚いた。



銃弾は当たっていない。一発もだ。


体の何処からも、どの部分からも血は一滴たりとも流れてはいなかった。確かに銃の照準は牡丹へと向いていたはずだ。自意識過剰というわけでは無いが、狙いの先は牡丹だったと言い切れた。一体どういうことなのだろうか。


不思議で仕方がなかったが、牡丹の思考はすぐに答えへと辿り着くことができた。



牡丹は反射的に顔を上げた。



そこには牡丹を庇うように、優しく抱擁するサンタクロースの姿があった。不思議とその抱擁は、牡丹を穏やかにしていった。赤い服はとても暖かく、小太りの腹が柔らかい。まるで母親の温もりに包まれたように、恐怖に染まっていた牡丹の心も、少しずつ安らかさを取り戻していった。



「安心しな。無茶なお嬢さん。」




「私・・・生きてるの?」




「あぁ。生きてるとも。トラックに轢かれた運の無い人達も、爆発に巻き込まれた可哀想な子羊たちもだ。みぃんな、生きてるとも。」



牡丹は爆発事故のあった百貨店へと目を向けた。すると驚くことに、血塗れだった男性も、見るも無残な姿だった女性も、皆何が起こったのか分からないようにその場に立ち竦んでいた。怪我ひとつ無い綺麗な体で、不思議そうにサンタクロースを見つめていた。



「・・・よかった。」



牡丹は胸を撫で下ろした。みんな生きていた。死んだ筈の人達も生き返った。


これぞ聖夜の奇跡だ。





だが、サンタクロースはそれで一件落着とはいかない様だった。牡丹はふと見上げると、サンタクロースは明らかに憤怒の表情でテロリスト達を睨みつけていた。



「お嬢さんはここで休んでなさい。」



その言葉で牡丹は察した。


それから、必死に説得の言葉を投げかけた。行っちゃあ駄目だ。撃たれてしまう。


そんな牡丹の制止の言葉にすら聞き耳を立てず、サンタクロースはそれだけを言い残して屋上から飛び降りた。








・・・







「さて、狂悖した小童ども。私の名前を言ってみろ。」



サンタクロースは途轍も無い威圧感を放ちながら、テロリストグループの方へ足を進めた。当然、テログループは銃を構えている。だがサンタクロースは臆することなく、怯懦する事なく堂々と正面から接近していった。その行動の異質さに、グループの一員はサンタクロースという存在に畏怖の感情を抱き始めていた。



「何をしている! 早く撃て!」



それを危惧したリーダーは早くサンタクロースを撃ち殺すよう促した。言われるがまま団員達は、恐れながらにも引き金に指を掛け、そして引いた。銃声は世にもおぞましいジングルベルを奏で、銃弾は一斉にサンタクロースへと襲撃した。


だが、サンタクロースは回避しない。




正面から銃弾を受け、そしてすり抜けた。




「・・・え?」



団員達は自身の目を疑った。

確かに銃弾は命中した。全弾命中した筈だ。


だがサンタクロースの姿はまるで舞い散る細雪のように搔き消え、そして何事も無かったかのように再構築された。



「知らないのなら教育してやろう。私の名はサンタクロース。職業は隠遁した夢の配達人。酒は飲まない。煙草も吸わない。この仕事は長生きが必要だからな。体に害ある物は一切摂取しない。」



サンタクロースは銃に怯えることなく邁進し続ける。



「好きなものは子供達の笑顔。無邪気で無垢な笑い声が私を長生きさせる。そして私の仕事は子供達の喜ぶ顔で成り立っている。」



先程の光景を見てしまったテロリスト達は、硬直したまま動けない。鬼胎が容赦なく体を蝕む。蛇に睨まれた蛙とはこんな感情なのかと理解すらできた。



「そして嫌いなものは、周りの迷惑を顧みず、自分が良ければ全て良いと抜かす、好き勝手に悪行を働く醜い大人共だ。」



サンタクロースは一歩、また一歩と足を踏み出してくる。



「ば・・・化け物!」



団員の一人が声を上げた。サンタクロースは表情を変えぬまま頷き、認めるような口調で話し始めた。



「そうだ。私は化け物だ。空想上の怪物だ。伊達に懸賞首なんてやってはおらん。だが、私が化物ならばお前達はなんだ? ゴミか? それとも人間か?」



「ほざけ老ぼれが‼︎」



再び彼らは発砲した。だがまるで効かない。

いくら風穴を開けようと、サンタクロースが止まる事は無かった。



「もう《お遊戯》では無い。これから始まるのは《戦争》だ。」



サンタクロースは実に悲しそうな表情で、そう宣言した。




「こんな事は初めてだ。初めて味わった侮辱だ。私を信じてくれる人達に暴行を加え、射殺し、轢殺し、爆殺し、鏖殺する者は断じて許さん。貴様らのような輩は特にな。」



サンタクロースはテログループの一人に軽く触れた。本当に軽くだった。だが、触れられた団員は抵抗する色すら見せず、上空へと吹き飛ばされた。サンタクロースがその気になれば、この街程度なら軽く消し去ることも可能だろう。


サンタクロースは幻想生物だ。


全人類の抱く夢や希望を、思いを、信頼を。それらの全てを現実の力へと変換する力がある。それがサンタクロースの持つ、決して揺らぐことの無い幻想だ。


サンタクロースとは、全人類の強い思いが作り上げた集合体なのだ。そして現在、テロリストという全人類に共通の敵が現れたことによって、それを制裁するサンタクロースには全人類の思いが集まっている。希望が集まっている。最早サンタクロースに負けという言葉は無かった。



「負けないでー!サンタクロース!」



「お願い!頑張って!」



「テロリストなんてやっつけちゃって!」



知らず知らずの内に湧き上がるのは『サンタコール』だ。たった今、全人類がサンタクロースの味方をしている。


サンタクロースは次々とメンバーを消し飛ばし、リーダーだけをその場に残した。



「お・・・おい! まぁ、ちょっと止まれよサンタさんよぉ・・・!」



「なんだ負け犬。貴様らは聖なる夜を血と鉄で汚した。穢れた感情で貶したのだ。命乞いをしたとしても断固として赦さん。無事な姿で帰れると思うなよ。」



サンタクロースは道端に転がる糞を眺めるような目で睥睨した。リーダーはそんなサンタクロースを見上げながら不気味に口角を吊り上げた。悪戯好きの子供が、狡猾な悪巧みをする時の顔だ。純粋に悪を好み、無邪気に悪に徹するどうしようもない餓鬼の表情だ。



「いやいや・・・勝ち誇ってるところ悪いけど、少し計画が変わったんだ。」



そのままリーダーは勝ち誇った様な狂った哄笑を上げながら、史上最悪な言葉を並べて吐き捨てた。



「・・・気に入らねぇ。気に入らねぇからこの街消すわ。」



その瞬間、街の右往左往からテログループと同じマークの記された数十台のトラックが、クラクションを鳴らしながら衝突してきた。


その警笛は非常に不愉快で、喧しかった。


サンタクロースは惨めさのあまりため息をついた。そしてその後、小さく何かを呟いた。








・・・







牡丹には、それが聞き取れた。


サンタクロースは「トナカイ『ルドルフ』」と言った。


『ルドルフ』については知らないが、その前に言った『トナカイ』という言葉には聞き覚えがあった。



トナカイとは空想上の動物だ。サンタクロースが移動手段として使う、水陸空の全てを移動可能な万能生物と聞いている。時には悠々と空をかけ、時には水面を優雅に滑り、時には韋駄天のように地を駆ける。見た目は鹿のようだが、まるで大木のような立派な角を持ち、天使の輪のような光輪を頭部に浮かべているという幻想生物。そんな姿形は伝聞として残っているが、誰一人としてその姿を見た事は無い。まさに『UMA』だ。



牡丹は若干困惑していた。



実際に「トナカイ」と呼ばれて現れたのは一人の美しい女性だった。あの女性が『ルドルフ』という名前なのだろうか。空から降ってくるように、はたまた地から湧いてくるように、前触れもなくその場に出現した。その女性はサンタクロースの傍に跪き、最上級の敬意を示していた。


暫くサンタクロースと会話を交えたかと思うと、その女性はすっと立ち上がり、そして姿を変化させた。醜い変身過程などは一切なく、一瞬光に包まれたかと思うとその女性は変身した。


文献通りの『トナカイ』へと変貌を遂げた。


そして、一吠え。

まるでこの世の終焉を告げるホルンの様に、トナカイは嘶いた。



「あれが・・・トナカイ‼︎」



牡丹は感嘆の音を漏らした。

実物のトナカイを生で見れるなど滅多なことでは無い。恐らく人生で一度きりの体験だろう。


毎年恒例で行われるこの『サンタクロース捕獲作戦』ですら、今までで一度としてトナカイは姿を見せたことはなかった。正真正銘、サンタクロースの切り札なのだ。サンタクロースが抱える一枚のジョーカーなのだ。



トナカイは自爆覚悟で突っ込んでくるトラックを足蹴にし、たったひと蹴りで数台を横転させた。筆舌に尽くしがたい感動と衝撃だ。人類の生み出した速度などまるで止まって見えるかのように、トナカイは音速どころか光速を超えそうな勢いで移動した。


これが『全世界の子供達に、ほぼ同時にプレゼントを渡す』という絶対的不可能な手品のタネだろう。トナカイさえいれば、地球の裏側まで1秒とかからないだろう。そんなトナカイは続けざまに寝転がしたトラックをカーリングのように滑らせ、更に二台のトラックを掃滅した。


サンタクロースを護衛すると共に、攻撃の前線に出る事ができる。まさに一騎当千の生物だ。



「・・・すごい!」



牡丹は自然と顔に笑顔が戻ってきていることに気づいた。不謹慎かも知れないが、今とても楽しいのだ。いつも窓から眺めていたサンタクロースの全力、そしてトナカイという秘密兵器を間近で眺めている自分がいる。覚めない夢でも見ているような気分だった。





・・・




「何か、言い残したい事はあるか?」



サンタクロースは屈み、既に戦意喪失したテログループのリーダーに目線を合わせて話している。



「いいのか? お前は子供達の憧れなんだろう?ヒーローなんだろう?本当にいいのか? 俺に暴力を振るっていいの?」



頭領も性格がひん曲がって悪く、必死に舌を回していた。無様でも醜くとも生き残るためにはどんな手でも使う。そんな吐き気を催すような態度に、サンタクロースは一言だけ告げた。






「知るか。」



刹那、何処からか巨大な十字架が掲げられ、リーダーは意識する間もなく磔の刑に処されていた。両手両足には釘が打たれ、彼は思わず苦悶の声を上げた。



「さすがに命までは奪わん。火炙りにもせん。ただ、お前はこの聖夜祭のオブジェとしてその場から物欲しそうに眺めてるといい。」



「おい! 待てよ! 待てよサンタクロースゥゥゥ‼︎」




磔に処されたリーダーは必死の形相で呼び止めるも虚しく、サンタクロースは振り返る事なくその場から去っていった。








・・・



暫くして、牡丹の元にサンタクロースは帰ってきた。その顔はつい数時間前のように穏やかで、優しい笑顔だった。まるで何も無かったかの様に、元よりこうだったかのように祭りは再開された。サンタクロースは牡丹の前で大きな袋を開け、小さな箱を取り出した。




「勇気あるお嬢さんや。君には特別にこのプレゼントをあげよう。サンタ印の非売品だ。」



サンタクロースが手渡した小さな箱を、牡丹は呆然としたまま開封した。サンタクロースから直々に貰えるプレゼントだ。驚きを隠せるはずが無かった。


渡された箱の中に入っていたのは、美しいイヤリングだった。雪の結晶のように幾何学で、対称的な模様のイヤリングだった。



牡丹は感極まって思わず涙を流した。



「・・・ありがとう。」



そんなやり取りを終えた瞬間、辺りから一斉に大袈裟なまでの歓声が上がった。それはサンタクロースに対しての歓声でもあり、今宵のMVPでもある牡丹に対しての歓声でもあった。


牡丹は今日という日を忘れる事は無いだろう。観客は拍手を惜しみなく送り、サンタクロースも褒誉の声をあげた。普通では無い。立派なまでの非日常だ。こんな機会は最早無いと言ってもいい。その位、牡丹にとっては晴れ舞台だった。平凡の殻を破った新たな自分の誕生日だった。












こうして殷賑を極めた《聖なる夜》は、宴と共に幕を閉じた。

どうも、ほんわか八咫烏です。


「あ、今日クリスマスイブじゃん!」


ってな感じで殴り書きした話だったので読み辛かったかもしれません。正直書いている私でさえ、「あれ? 内容飛んでね?」みたいな感じでした。


でもまぁ、クリスマスに間に合った(?)ので良かったです。



・・・


この短編での主人公は『牡丹』さん。


普通が大嫌いな普通の女の子です。


挿絵(By みてみん)




まだ連載途中の『12つの宝石』も完結に向けて書いていきたいので、今後ともよろしくお願いします。

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