5、「子供っぽい」男と「変わってる」女
「いーーやーーだーー!!」
「嫌だ、ではないっ!バートランド!」
ハルナが扉を開けると、駄々を捏ね壁にしがみつく緑色の美貌の男と、怒鳴りつける眉間に深い皺を寄せた男。序でに、それを呆れ顔で見守るかわいらしい少年という中々にシュールな光景が繰り広げられていた。
ウィンがケイトに頼んでいた布の束は、ハルナの為の着替えだった。元々着ていた服は、寝るときもそのまま着続けていて皺だらけだったので、有り難くそれに着替える事にした。
ウィンとケイトが一旦部屋を出、ハルナが着替え終わったら二人を呼ぶ事になっていた訳だが、着替えを終えたハルナが見たのは件の光景だった。
「あの……ケイト……これ、何が一体どうなってるの?」
ハルナは取り敢えず呆れ顔で立っているケイトに状況の説明を求める。
「ああ、ウィンさんのお迎えですよ。ウィンさん、今日は別の場所での仕事だったのに、さぼってここに居たみたいですね」
まぁ、大体いつもの事ですが……という答えが、ケイトからは返ってきた。
眉間に皺を刻んでいる男は、ウィンを連れに来た同僚であるとの事だ。
「いつもの事ってウィンそんなに仕事しないの?」
「しない訳ではないんですけど……迎えに来てる相手が相手なので条件反射みたいなものはあるかと思いますが……今日はハルナさんが居るというのも抵抗の一端でしょうね」
「え!私のせい!?」
「大丈夫ですよ。仕事の他に興味のある物があると、一切仕事をしようとしなくなるのもよくある事なんで」
呆れはしますが気にしてはいけません、というケイトに、それってちっとも大丈夫じゃないんじゃ……と、ハルナが思った時だった。
パリパリッという音が直ぐ側から発生して、次いでヒュオーッという音と共に、冷たい風が巻きおこる。
「あー…あ、能力の無駄遣いが始まっちゃいましたか……」
呆れ顔を更に呆れさせて言うケイトの視線の先には、雷撃を纏う眉間に皺を寄せた男と、土壁を築きその間から冷風を発生させているウィンの姿があった。
「巻き込まれたら大変ですので、行きましょうハルナさん。僕はウィンさんと違って今日特にやることは無いので、この辺りを案内しますよ」
「え……ちょっと!これはこのままでいいの?」
言うが早いかスタスタとその場を離れ様とするケイトを追いかけハルナが問えば、やがて丸く収まりますんで放っときましょうとケイトが答える。
確かに、自分が居ても何も出来ないし、本当に巻き込まれたら事だし、ケイトが丸く収まると言うのならそうなのだろう。そう思う事にし、ハルナはケイトと共にこの場を離れ様と決めた。
少し歩いた所で、ウィンたちの居る方角から「ドゴォン」という怪音が聴こえた気がしたが、それは気のせいだと思う事にした。
それから、魔法省の中の案内を少し受け、暫く歩いた後で、突然ケイトが訊ねて来た。
「ハルナさんは、女性……ですよね?」
「そうだけど……?」
確かに、ハルナは顔立ちが平凡なので男女どちらとも見えるのかも知れない。
短髪がそれに拍車をかけているかも……とも思う。
けれど、声は低めではあるが、男性っぽくは無いし、身長だってケイトよりは高いが女性平均の範疇だ。
何より、体型は立派とは言えないがどう見たって女性のそれな筈なので、ケイトが何故その質問に至ったのか分からない。
そう思って、「男性に見えるかしら……?」と聞いてみたら、ケイトは慌てて謝り、言った。
「いえ、ハルナさんが男性に見えるとかそういう事では無いんです!ただ、ウィンさんとの距離感が、女性にしては全く警戒心がないなぁ……って」
「警戒心?あぁ……それは……」
確かに、昨日のある時点まではハルナにもウィンに対する警戒心はあった。
異世界に連れて来られ、その関係者と対峙し、いきなりキスされて誘拐紛いにその相手の部屋へ連れ込まれたのだから、そこは仕方ないと思って貰いたい。
ただ、その後ウィンと話をし彼の夢を聞いた辺りで、警戒は薄れていた。
キスの件にしたって、ハルナと意志疎通を図れる様にする為のものだったみたいだし、気にするのは負けだと思う。
何より、
「ウィンが子供っぽ過ぎるからねぇ……」
この一言に尽きるだろう。
ウィンは見た目以上に中身が子供だ。
行動言動共にいちいち気にしていたら身が持たないと昨夜の時点で分かったし、学んだ。
「子供っぽいのは確かですし、ああいう外見をしてますが、ウィンさん男性ですよ?」
「知ってるけど……?」
ウィンは女性的で綺麗な顔立ちをしているが、体格は割かししっかりしているのできちんと男性に見えるし、それは分かっている。
そんな風に答えたら、ケイトは、
「ハルナさんは……変わってますね」
と溜め息を吐きながら言った。
「まあ、ハルナさんだけじゃなくて、ウィンさんのハルナさんへの執心ぶりも大概おかしいですが」
「研究がどうのって言ってたから執心とは違うと思うけど……貴重な研究材料が見つかって興奮状態って感じ?」
と言ったら、それは否めませんねとケイトは苦笑した。
「勝手に大事なハルナさんを連れ出してしまったんで、僕、後でウィンさんに怒られてしまいそうです」
怒られはしないだろうが、仲間外れにされたと拗ねる可能性は充分にあり得るかもしれない。
なので、ウィンが喜びそうな異世界の話をする事で機嫌を取ろうとハルナは考えた。序でに異世界の食べ物だと言って料理でも作ればいいかも知れない。
どれだけ自分の世界と共通する材料が揃うか分からないし、大した料理の腕はしていないが、そこはもの珍しさという方向で誤魔化そうと思う。
ケイトに甘い物は食べられるかと訊ねたら、「大好きです」と答えが返って来たので、ケイトにはお菓子を作って渡す事にハルナは決めた。