4、子供の執着
本や実験道具に囲まれた部屋は、学生の頃に見た理科準備室の様でも図書室の様でもある。
その部屋の中にカリカリとペンを走らせる音が大きく響いていた。
「とりあえず当面のところは情報収集と近場への移動での検証とー……」
「……ウィン」
「んー……?」
ハルナが声を掛けると、ウィンからはこちらを全く見ずペンを走らせたままの生返事が届く。
「裾、放してくれないかな?」
再びハルナが言うと、今度は書くのを止めて顔を上げたウィンが、ジト目でこちらを見上げた。
「……分かった」
そして、裾から手が離れたと思ったのも束の間、その手が今度は腰の辺りを抱き込む様にがっちりとホールドして来る。
ハルナは溜め息を吐いた。
そして、近くに設えられた机とソファーを見やった。
(せめて座りたいんだけど……)
ここは王宮内にある彼の仕事部屋兼研究室であるらしい。
「お城からの仕事って面倒くさいんだよね〜」と言いながら、ウィンは本日、ハルナを伴ってこの場所へ赴き……恐らく本来の仕事をほっぽって……こうしてああでもないこうでもないと言いながら、自身の研究へと時間を費やしている。
そして、ここに連れて来られてから……正確には今朝から、ハルナはこうしてウィンに捕まったまま動きを制限されていた。
(というか片手が塞がってて書き辛くないのかなぁ……)
もう一度ハルナは溜め息を付き、三度口を開き掛けた。
「あのね……」
と、同時にコンコンッと部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「あ〜、ケイトか。入って〜どうぞ〜」
ウィンは扉の向こう側に居る相手がまるで分かっているかの様に、一切そちらに目を向けず応じた。
ウィンの許可を受け、「失礼します」と、室内に入って来た人物は、しかし室内へ入った途端目にした光景に、固まった。
「……何してるんですか?」
「あはは……」
初対面の相手に出会い頭で冷たく言われて、ハルナは乾いた笑いを上げる。
ウィンにケイトと呼ばれ、部屋に入って来たのは一人の少年だった。
年の頃は12〜14歳といったところだろうか?
ハルナの顎の辺りくらいまでしかない低めの身長に、丸みを帯びた輪郭をうす茶色の柔らかそうな髪が縁取っている。
大きめな水色の双眸が、呆れを含み、且つ冷気を放って細められていた。
その目が明らかに「こいつら何仕事サボってふざけてんだ」と言っている。
「で、ケイトは何しに来たの?」
漸くウィンが顔を上げて言った。
相変わらずハルナからは手を離してくれない。
「何しに来たのって……頼まれてた物を届けに来たんですよ。ウィンさん、あなたが言って来たんでしょう、今朝僕のところにわざわざ使いを寄越して」
「あれ?そうだっけ?」
「そうですよ。はい、これ」
そう言って少年は幾つかの布の束を差し出した。
両手が塞がっているウィンに代わって、ハルナがそれを受け取る。
すると、少年がまじまじとハルナを見ながら言った。
「このかたが例の異界のかたですか。ウィンさんが勝手に会議の場から連れて帰ったっていう」
「勝手じゃないよ。ちゃんともらってくって言った」
「それ、勝手に連れて帰ったのとどう違うんですか……」
ウィンの言葉に少年は溜め息を吐く。
そして、少年……ケイトは取り敢えずウィンの事は置いておくと決めたらしい。
「初めまして、僕はケイトリンと申します。ケイトとお呼び下さい。魔法省に所属する魔剣士なので、ウィンさんの所に居るなら、これからお会いする機会は多いかも知れません……お名前を訊いても?」
握手を求める様に片手を差し出して、ハルナに自己紹介をして来たので、ハルナも慌てて持っていた布を小脇に抱えてから片手を差し出す。
「ハルナです。呼び方は……お好きな様に」
ケイトは「それではハルナさんとお呼びしますね」と言ってから、ハルナに訊ねた。
「ところで、ハルナさん。先程から……正確にはこちらに入室した折から気になっていたのですが、お二人のその状況は一体何なのですか?」
ケイトが部屋に入って来た時と同じ冷めた目で問い掛けて来た。
ハルナを名指ししたのはウィンではまともに答えが返って来ないのを知っているからだろう。
「えー……と……これは……」
「ハルナが悪い」
歯切れ悪く言葉を紡ぐハルナが言い切る前にウィンがそれを遮った。
「と、言いますと?」
眉を潜めてケイトが訊ねる。
話は今朝に遡る。
早い時間に目が覚めたハルナはとても喉が渇いていた。
水が飲める場所をウィンに訊ね様かと思ったが、彼は隣でぐっすりと眠っていたので起こしてしまってはと思い、ハルナはそっと寝台を抜け出した。
そして寝室と続きになっている部屋の扉を見付け、更に水差しやらコップやらも発見して。無事喉を潤す事が出来たハルナは、その部屋にソファーがある事に気付いた。
また寝室に戻るのも……と、思ってソファーに腰掛け、「何だ、ソファーがあったなら夕べもここで寝ればよかった」と考えながらそこでハルナは二度寝に入ってしまった。
それから数時間して起きたウィンは寝所にハルナの姿が無い事に驚いた。
「……とまぁ掻い摘まんで話せばこんな感じで」
「居なくなったハルナが悪い」
「……と言って、また居なくならない様に私を掴まえて離してくれなくなったわけで」
そうハルナが話し終えると、それを聞いたケイトは、深く息を吐いた後、何と言いますか……と、続けた。
「一緒の寝台で寝ている件とか所々疑問を差し挟みたい箇所はあるんですが、それは置いておいて……ウィンさん、あなたは玩具を取り上げられた子供ですか」
ウィンもハルナよりは年下に見えるが、ケイトは確実にそれよりも下の年齢だろう。
そのケイトに子供扱いされて、かつ呆れられてもまだウィンは納得出来ないという顔でギュッとハルナを抱き締める。
「だって他と違ってハルナは居なくなったらどこに居るか全然判らないんだよー……ケイトには解んないだろうけどさぁー……」
ウィンがそう言うとケイトは、
「熟練の術師や魔法使いじゃあるまいしそんな事は……」
と言いかけて、ハルナをじっと見た後に、「……確かにそうみたいですね」と締め括った。
しかし、直ぐに、「それにしてもですよ」と続ける。
「何も、そんな風に四六時中ベッタリ引っ付いて行動する必要性は無いでしょうに。それこそ目印なり首輪なり何なり付けておけばいいじゃないですか」
そのケイトの言葉に、ウィンが「それだ!」と声を上げた。
「首輪!そうだ首輪だ!」
と、何度もうんうん頷いている。
「ハルナに首輪を用意しよう!うん、そうしよう!」
そんな、いやに興奮しているウィンの様子に、ハルナは戸惑った。
そして、
「自分で言って置いて何なんですけど、何でウィンさんは目印じゃなくて首輪の方拾っちゃったんですかね?」
と、呟いたケイトに、ハルナはそれは激しく同意したのだった。