41、山吹
「ヤマブキ?」
「そう、おれの名前。ヤマブキ、おれのかあさまの好きな花だって」
道中、ハルナを連れた青年は、『ヤマブキ』と名乗った。
山吹──晩春の頃に黄色の花を咲かせる低木で、山吹色などの色の名前があるように、ハルナたちの居た世界では馴染みのある植物だ。
形態的に、少なくともハルナの知るこちらでは聞かない名前である。
「おれのかあさま、貴女と同じ世界の、同じ日本から来た。五百年前、同じように聖女さま呼んだ時、巻き込まれて」
青年……ヤマブキと初めて会った時に、ハルナがしていた予想は半分当たって半分外れていた。
彼は、ハルナやユキと同じ世界から来たから日本語を知っていた訳ではなく、日本人の母親の言葉を聴いて、日本語を覚えていたらしい。
「でも、五百年前って……」
どう考えても計算が合わなかった。
ヤマブキの見た目は、とても五百歳に見えない。
これまでこちらの世界で過ごして来た限り、時間の流れがハルナたちの世界と違っているとは感じられなかったし、聞いた事はない。
いつもの訊かない事は教えられないパターンかもしれないが……境界を越えられる聖女が、特に問題もなく行き来しているらしい事実からも、時の流れに大きな違いがあるとは思えなかった。
歳の取り方だって、ハルナはこちらの人たちにそれほど多く接したという訳ではないけれど、その人たちと過ごしていてもそういう違いを感じた事はない。
そう言って、ヤマブキを見れば、彼は一つ頷いてからその疑問に答えてくれた。
「おれたちの一族、他の国が『邪気』って呼ぶ魔力、持ってる。その影響で、魔力が高くなる……成人くらいの年齢から、肉体、年を取るの、遅くなる」
闇の属性を持つ魔力は、時の流れに影響を及ぼす力を使えたりするものだが、力がかなり強い傾向にあるヤマブキたちの一族は、体にその影響が大きく出ているのだそうだ。
「闇の魔力、強い場合、肉体の能力、最もいい状態を保ったままで活性化されること多い。だから、闇の魔力持つ人、戦士、多い。かあさまの近くにいる、闇の王子さまも、そうでしょ?」
「闇の王子さまって……もしかしてアルのこと?」
ヤマブキはこくりと首を動かした。
王子さま……は、アル本来の立場のこと、闇の……は、彼の力のことを指しているのだろう。
気配が似ているからという理由でハルナのことを『かあさま』と呼んでみたりと、ヤマブキはどうやら力や気配で相手にあだ名の様なものをつける癖があるみたいだ。
「かあさまが始めにいたところ、遠かったから、こっちの大陸に来てからだけど……かあさまの噂が聞こえた時に、こっそり見に行ったから、かあさまの周りにいるひとはわかるよ。闇の王子さまと、双子の子と、あの子」
でも……と、そこでヤマブキは訂正した。
「あの子の事は、もっと前からしってた……かな」
「あの子……?」
『闇の王子さま』はアル、『双子の子』はケイトの事を示しているのだろう、と、ハルナも知る、彼らの力から予測出来る。
けれど、『あの子』だけは、他の二人と違って、力を指して付けたあだ名ではなかった。
ハルナの周りの人たちを指しているのなら、該当するのはウィンになるけれど……。
「かあさまの近くにいる、魔術師の子。あの子のことは、昔からしってた」
魔術師ということは、ヤマブキの指す『あの子』はやはりウィンのことを言っているようだ。
エルシュミットのお城でステラ王女から聞いた話だと、ウィンはこの国の出身だということだったから、ヤマブキのいる国が近くだというのなら、昔からの知り合いということもあるのだろうか?
そうハルナが訊ねれば、ヤマブキは、今度は首を横に振った。
「おれ、一方的に、あの子、しってるだけ。あの子はきっと、おれのこと、しらない」
言いながら、ヤマブキは、じっとハルナの瞳を見る。
その目を見詰め返して、ハルナは、無意識に自分の胸元に手置いた。
(……あれ?)
そこで、ある違和感に気がつく。
いつもなら、その場所には硬く小さな石の感触が待っているはずだった。
ウィンから貰った、自分とウィンとを繋ぐ大切な首飾りの感触が。
「ない……?」
慌ててあちこち探ってみるも、どこにも首飾りは見当たらない。
(どうしよう……)
いろいろあって気に留める余裕が無かったが、どこかで落としてしまったのかもしれない。
あれはウィンが持つもう一つの石に繋がっているものだから、見つけられないという訳ではないけれど、ウィンが見つけた時にそこにハルナが居なければ、きっと心配をかけてしまう。
そんなハルナの胸の内の焦りを察したのか、ヤマブキが小さく笑んでから言った。
「首飾り、目的あって、ちょっと、借りた。……そのことも、ふくめて、おれの国、ついたら話すね」




