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3、魔術師の夢と寝物語

研究と実験に協力して欲しい。

と、ウィンはハルナに言った。



聖女以外の人間が、異界に渡る方法を彼は探りたいのだという。


ウィンの話によれば、聖女が二つの世界を行き来するだけならば、その方法は昔から確立されているのだそうだ。


この世界へ一番初めに聖女が召喚されたのはいつの事か判らないが、古い物で千年も前の文献から既に聖女を異界から招く方法は記されていたらしい。

だから、条件が揃ってさえいれば、聖女の召喚はそれをなぞるだけであり、それは面白味も何も無いものだとウィンは言った。


そして、今回の聖女召喚も、そんな風に滞りなく、面白味も無く、行われる筈だった。


「ところが、蓋を開けてみると今回は今までと結果が違ってた。ハルナ……きみという存在がね」


「私?」


従来通りならば聖女は、召喚によって王宮にある魔法省の一角に出現する筈だった。

それが、此度の召喚では召喚術を終えてもその場所に聖女は現われ無かった。

すわ。召喚失敗か……と危ぶまれたがそうでは無く、直ぐに、近くの森で聖女の存在が感知されて事無きを得た。


しかし、いざ聖女を迎えに行って見れば、別の事実が発覚したのである。

その場には異界の人間が二人居たのだ。


「驚いたよ。それまで聖女以外の人間は世界の境界線を越えられないって考えられていたから」


こちらの人間をあちらに送ろうとした事と、聖女以外のあちらの人間をこちらに呼ぼうとした事は、実は過去にもあったらしい。


だが、結果は失敗だった。


こちらの人間は世界の境界を越える事が出来ず、聖女ではないあちらの人間は、こちらからその存在を捉えて引き寄せる事が出来なかったのだ。


だから、「あちらとこちらの世界を越える事が出来るのは聖女だけ」と、この件はそう結論が下されていた。

筈だった。


「ところが、今回聖女さまと一緒にハルナが世界を越えて来たことでそれは覆されたってわけ。これでおれの仮説も証明出来る。ハルナはまさに奇跡の存在だよ!」


こちらに来るまで平凡な会社員をやっていた、そしてこちらに来たのも手違いだった人間が、奇跡とまで絶賛されてしまうと、ちょっと……いささか……かなり……大分、むず痒い。


「あれ?でも『仮説を証明』って事はあなたは『聖女以外の人間も世界を移動出来る』と、考えてた訳よね?」


奇跡というむず痒い単語以外にも、ウィンの言った言葉には気になる物が含まれていた。

その言葉の意味を考えると、『世界を越える事が出来るのは聖女だけ』と結論が出されていたにも関わらず、ウィンはそう思っていなかったという事が窺える。


ハルナが問えば、ウィンは直ぐ側に置いてあった本を一冊引き寄せて来た。


「これはね、五百年くらい前の、ここから遠い国の事が書かれてる本なんだけどさ……」


そう言いながら、ウィンのすらりとした指が本のページを繰る。


「この村の様子を書いた一文に『出自も言葉も解らない人物』の記述があるんだ」


残念ながらその文章をハルナは読めなかった。

その事をウィンに伝えたら、「そっか読む方の事をすっかり忘れてた」と苦笑した。


「誰も気にしない、たったこれだけの文だから、気のせいだとか思い込みだとか言われるかも知れないけど……それでもおれはこの文を見付けた時に夢を見たんだ……」


出会ってからずっと、ハルナの見たウィンの目はキラキラと好奇心で光っていたが、今のウィンの瞳はそれ以上の輝きを放っているとハルナは思った。

そしてそれは何だか可愛らしくて好ましくて、応援してあげたい……と思えた。

だから……


「そうね……あなたの研究に協力するって話、受けようかな」


ハルナがそう言えば、ウィンの顔は殊更嬉しそうに輝く。


「ほんとっ!!」


「だって、あなたは自分の夢が叶えられて私は元の世界に帰りたいって願いが叶っうって、悪い話じゃないもの……でしょ?」


「うん。座標がずれた原因とかいろいろ探らなくちゃいけない事があるから今すぐにってわけには行かないけど、絶対安全に帰れる様にするっ!!」


「うん……」


「それから、朝昼晩の食事もしっかり約束するよ!」


「うん……?それは助かる」


「お菓子もつける!!」


「それも嬉しい……かな?」


「大切にするね!」


「ありがとう……?」


「優しくするから!」


「何を?」


「どうしようハルナ……おれ、嬉しさで明日死んじゃうかも知れない……」


途中から支離滅裂な事を言い始めて、ウィンの表情がへにゃりと崩れる。

どれくらい前からの夢かは分からないけれど、それが手の届く範囲にあるかも知れない喜びに何を言って良いのか判らなくなっているのだろう。


ハルナはそんなウィンの頭に手を置いて、そっと撫でながら言った。


「死なれるのは困るわ。だってこれからの私の運命はあなたにかかっているんだから」


「そっか……おれとハルナは運命共同体なんだ」


「そう。だから宜しくね、ウィン」


「うん……」


再びウィンがへにゃりと笑った。



それから、ハルナの持っていたペットボトルの飲み物で、二人細やかな結団式を開いた。


空のペットボトルをウィンが欲しいと言ったので渡したら、彼はそれをベッドサイドに飾っていた。



その後、就寝時になって自分の寝る場所がウィンと同じこの部屋のベッドであると知って、ハルナは「さすがにそれは……」と、束の間の抵抗を試みる。

しかし、「他に場所ないよ?」というウィンの言葉でそれは敢えなく終了を迎えた。


何しろ一日仕事を終えてからの異世界だったのだ。

床に寝て疲れが残るのも何だし、幸いこのベッドも広い事だし、気にしない方がいいと、そう結論付ける。


布団に潜り込み周りを見ると、こちゃこちゃと色々な物が目に付いた。

そういえばさっきはペットボトルをベッドサイドに飾っていたな……と思い、寝るのに邪魔じゃ無いのかとハルナがウィンに訊ねたら、ウィンからは


「寝室は夢を見る場所だからだよ」


という答えが返って来た。



ハルナが徐々に眠りへと誘われそうになった時、


「だからハルナとも一緒に眠るんだ」


というウィンの声がした様な気がしたが、最早夢か現かハルナには判断出来なかった。


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