33、「……ツンデレ?」
「……ん」
雨の中から従者の青年を宿へ連れ帰り。ベッドへ横たえてからしばらくして、彼は目を開けた。
ケイトと交代で従者の青年を見ており、丁度その場に居合わせたハルナは、そんな彼の様子をうかがいながら訊ねる。
「ああ、気がついた?」
「……え?」
「……じゃなかったわね……気がつきましたか?」
ぼんやりとハルナを見ている目は、熱の影響で弱っているからか、未だに相手を認識出来ていないのだろう。
いつもの抵抗は見られないのが幸いと言うべきか。
従者の青年を除く聖女ご一行様はまだ戻っていないので。今、宿で彼を見ていられるのは普段避けられているハルナとケイトの二人しか居ない。
大人しいのをいいことに、不思議そうにハルナを見つめる青年の額に手を当て、具合を確かめた。
「少し熱いか……食欲はどうですか?今、ケイトが宿の人へ何か食べる物は無いか確認しに行ってるから時期に戻ると思うんですけど」
「……水を」
「分かりました」
体温が上がっているから喉が渇くだろうと、あらかじめ用意してあった水差しからコップへ水を注ぎ、青年へと手渡す。
「どうぞ」
「ん……」
青年はこくりと頷くと、素直にそれを受け取り、口を付けた。
「あの……貴女は……」
「私?……一応、あなたたち聖女様のご一行に同行をさせて頂いてるハルナ・ミドリカワといいます。聖女様とは広く言えば同郷という間柄で……」
「それは解っています!いえ、そうではなく……」
人心地がついたのか、ようやくしっかりとハルナを認め、訊ねてきた青年に。既に知っている事だろうに……と思いつつも、熱で記憶が混濁しているのだろうと応えたハルナに、彼はそうでは無いと勢いよく頭を振る。
ただでさえ頭がぼうっとしている筈なのにそんな事をするものだから、案の定くらりと揺らいだ青年の体を、ハルナは慌てて支えながらベッドへ横たわらせた。
そんなハルナの腕を、青年が弱々しく握る。
「どうして……貴女は俺にこんな事をしてくれるんですか?」
青年の手は熱のせいで体温が上がっているためか、少し熱い。
「まだ、みんなは戻ってなくて、今は私とケイト以外居ないんです。でも、熱を出して弱っている状態では何かと不自由でしょう?だから私がこうして手を貸すのは、あなたにとって苦痛かもしれないけれど……」
「そうじゃなくて……そうじゃなくて……俺は!」
そこでカチャリと扉の開く音が小さくして、配膳用の盆を手にしたケイトが現れた。
「あ、すみません。まだお休みかと思ってノックはしなかったんですが……起きてらしたんですね」
だったら丁度よかったかな……と、言いながらケイトは、ベッド横に備え付けられた小さなテーブルのところまで盆を運んで来る。
「食事をとることはできますか?無理そうなら後で……宿のかたの話しだと冷めても美味しい味付けにはしているそうですが、言えば温める事も可能だそうです」
「貴方まで……あなたたちは二人して……」
そこで、従者の青年は言葉を止めた。けれど、何か言いたげに口を閉じたり開いたりしている。
「…………いえ、今いただきます」
しかし、結局、言葉が続かなかったらしく。微かに目を伏せた後、ケイトの持って来た食べ物を受け取って口にした。
ハルナは青年を見たが、答えを得られる訳もなく、だからと言って、じっと青年を見続けても相手は食事が取りづらいだろうと思ってその視線をケイトに向ける。
ケイトも同じくこちらを見たところで、曖昧な微笑が返って来た。
そこでケイトは、何かを思い出した様に「あ、そうだ!」と声を上げて、お盆に乗っていた、もう1つの皿を取り上げる。
そこには、2つのりんごが乗せられていた。
「宿のかたから、僕らにも……って、りんごを頂いたんですよ。一緒に食べませんか?」
「食べる!」
ケイトの見せてくれたりんごは綺麗な紅い色をしており、とても美味しそうであったため、ハルナはうっかり弾んだ声を上げてしまう。
ちらりと従者の青年を伺えば、案の定、訝しげにこちらを見ており、目が合った。
「ええと……大きな声を出してごめんなさい……あの、ここでいただいてしまっても大丈夫でしょうか?」
ハルナの問いに、青年は何も言わなかったが、こくりと小さく頷く。
それを確認してナイフを取り出し、りんごを剥こうとして、ふと。
「あなたも召し上がりますか?」
と、訊ねたら、従者の青年はまたこくりと頷いたので、彼の分までりんごを切り分けた。
その中に幾つかウサギにしたものを交ぜて従者の青年に渡したら、怪訝な顔をしながらも、それをパクリと口に運ぶ。
「不思議な形ですね」
と言ってきたケイトに、
「ウサギの形よ」
と応えたら。
青年は、何故だか思いっきりむせた後で眉を寄せて顔をしかめていた。
食事を取ってしばらくしたあと、まだ少しぼうっとするのか。従者の青年が、うとうとし始める。
そんな彼を、「本調子ではないから」と休ませ様としたのだが、それは、なかなかに骨が折れた。
「聖女様がお戻りになるまでは」と彼は頑なに眠ろうとしないので。最終的に、少し卑怯かと思いつつも雨の中の無茶について持ち出したら、自覚はあったのか、大人しく言うことを聞いて目を閉じてくれた。
それから少しして、ようやく寝入った青年をハルナとケイトが交代で見つつ、時間を潰していたら、日も暮れかけるころに聖女一行が返って来た。
「お帰りなさい」
迎えたハルナの言葉に、「ただいま」と飛びついてきたウィンだが、そこでピタリと動きを止め、じっとハルナを見た後、首を傾げた。
「ケイトとなにかあった?」
「なにか?」
ハルナが訊き返すと、ウィンからは「火の気配と水の匂いがするから」と答えが返る。
「火……は分からないけど、水は雨かな?今日外に出たから」
「いや、そういう水じゃなくて、魔力のほうの水なんだけど……ってハルナ雨の中外に出たの!?なんで!!?」
驚くウィンに従者の青年の事は伏せつつ、気になる事があってケイトに付き合ってもらい宿の外に出たのだと説明した。
「それさ…………いや……残る気配でなんとなく、ほんとは何があったか分かったから……よくないけど……いいってことにしとくけど……」
言うと、ウィンは息を吐いた後でずるずるとしゃがみ込む。
「もう……無事だったからよかったけど……おれがいないとき、勝手にそういうの……ほんと……もう……」
そしてハルナの袖口を片手でぎゅっと握って、上目遣いで睨みながら言った。
「……ばか」
「ばか?」
「ハルナのおばか。おおばか」
「えっと……ウィン……?」
そのまま「ばかばか」言い続けるウィンは、しゃがみ込んでいるのも相まって、まるで愚図る子供の様だ。
ハルナが困り果てていると、まだ従者の青年の様子を見てくれていたケイトが部屋から出て来て、そこを通りかかる。
「あ、ハルナさん。彼、随分落ち着いてきましたよ」
ハルナを認めると、そう言いながら側に寄って来たケイトは、そこに座り込むウィンに気が付き、彼にも「お帰りなさい、ウィンさん」と、声をかけた。
「ケイト……『よかったね』」
ウィンはしゃがんだままでケイトにそう言う。
「はい。そうですね」
ハルナには全くその意味が解らなかったが、それを聞いたケイトはふわりと柔らかく笑って、ウィンに応えた。
次の朝。いつもの様に、食堂で朝食を食べる用意をしているハルナの元へ、つかつかと歩み寄る人影があった。
「おはようございます」
ぎこちなくそう言って来たのは、従者の青年で。昨日の事があったとはいえ、予想外の接近にハルナは驚く。
「なんか用?」と、喧嘩腰に応じるウィンとアルを制して、ハルナは挨拶を返した。
「おはようございます。調子はいかがですか?」
「熱は下がりましたし、一日寝たので何とか」
その言葉と、彼の顔色が良くなっている事に気づいて、ハルナはほっとする。
近くのケイトを見れば、同じく安心した表情を浮かべていた。
「……その……昨日はお世話になりました」
軽く頭を下げ、従者の青年はそう言った。
続けて「あの……」と、言いかけるが、そのまま黙りこくってしまう。
何か言いたいことがあるんだろうかとハルナが見つめていると、しばらく口を開け閉めしたり、視線を忙しなくさ迷わせた後で、ようやく彼は言葉を続けた。
「そっ、そんなに離れてないでこっちに来たらどうですかっ」
「へ?」
その言葉は、これまた予想外で、ハルナは思わず間抜けな声を上げる。
こっち……と言われた場所には正規の聖女ご一行なユキたちの姿。
彼が何を言わんとしているのか理解が追いつかず、そちらと従者の青年をハルナは交互に見比べた。
「いっ、一緒に旅をするわけですし、離れてるのも効率わるいでしょうしっ」
戸惑っていると、従者の青年は「さあ!どうぞ!こちらへ!!」とハルナの手を引き、席の移動を促して来る。
「あいつ、一体どういう心境の変化だ?」
「さあ……?」
引っ張られる様にして立ち上がったハルナに、困惑気味にアルが耳打ちしてきたが、それはハルナにもよく解らない。
「今までのこと謝りもせず棚に上げて手のひら返すとか現金過ぎ……」
「まあ余計な面倒事が減ったんですし、いいじゃありませんか」
アル越しに、ハルナでも判る黒いオーラを纏ったウィンがボソリと何事か呟いた様に見えたが、それをケイトが笑顔で打ち切っていた。
「あれ?今日はみんな一緒にご飯なんですか?」
聖女ご一行さまの近くへ寄れば、ユキが首を傾げながら訊ねて来る。
「そうみたい」
「わー!初めてですね!!」
ハルナの答えに、「これぞパーティーって感じだぁ!」と、ユキは嬉しそうに手を叩いた。
「ギルくんが呼んで来てくれたの?」
「いや……おれ……私はその……」
ユキはそのままの笑みで、先導して来た従者の青年に声をかけるが、そんなユキの問いかけに、青年はしどろもどろになって視線をさ迷わせる。
「あっ……べっ、別に昨日のあれで絆されたとかそういうことではなく!単に今後の事を考え、結束は必要であると思ったんですっ!ええ、それだけですともっ!必要な業務をこなしただけで、呼びに行った訳でも認めた訳でもありませんからねっ!!」
かと思えば一気にまくし立てた後、「忘れ物をしました!部屋から取ってきます!!」と、凄い勢いでその場を立ち去った。
残されたユキはポカンとした表情でそれを見送っている。
「えっと……なんだかよく分かんないんだけど、あれって……」
従者の青年の姿が見えなくなった辺りで、呆気にとられた顔のままでユキが言った。
「……ツンデレ?」
その言葉をハルナは、自分たちがいた世界で聞いたことがあるような無いような気がした。
ただ、意味は思い出せないが、何となく、今の従者の青年を表すのに的確な言葉だと感じたのだった。




