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31、雨天決行

「なんだか雨が降りそうな空ですね」


宿の二階にある部屋の窓から外を眺めていたケイトが言った。


言われてハルナも、窓の側へ行き空を見上げる。

そこには確かに、今にも降り出しそうな曇天が広がっていた。


「ほんとね。みんなが戻るまでに降り出さなければいいけど……」



浄化の旅の一行は、隣国へ着くと早速こちらへの挨拶廻りと、浄化箇所の確認と汚染場所を確かめに出て行った。


そちらに協力出来ないハルナは、現在、滞在場所で留守番となっている。


「そうですね……お城にいる時か、こちらに戻った段階で雨が降るなら、大丈夫でしょうが……」


同じく居残りとなっているケイトも、気づかわし気に空を見ながら言った。


「あら?」


そこからふと目線を下げたとき、ハルナの視界に見覚えのある人物の姿が入る。


「あそこにいるの、ユキの従者の子よね?」


「え……本当だ。どうしてこちらにいらっしゃるんでしょうか?」


彼は今、本来なら浄化の旅の一員として、聖女と行動を共にしているはずだった。

それが今なぜか窓の外に見える通りを歩いている。

それに……。


「なんだかふらついていますね……」


「ええ……」


その足取りは危なっかしく、今にも倒れ込みそうである。


「少し、心配ね……」


「はい……」


「様子を見にいきましょうか」


「ですが、僕達が行って、素直に応じてくれるでしょうか?」


「それはそうなんだけど……」


彼が頑なに拒絶の態度を取るのは、実はハルナだけでなくケイトに対してもそうだった。


己の出自や与えられた役割に誇りを持ち、聖女や貴い身分の者に尊敬の念を抱いているがゆえに、素性の判らない者を許容出来ないらしい彼は、幼い頃から魔法省の預りになっており、自分の家を持たないというケイトのこともまた、こちらに寄る辺のないハルナ同様、聖女の側には相応しくないと考えているらしい。


そんな人物が二人も揃っているのだから、手助けしようにもそれを拒絶される可能性しか見出だせなかった。


「でも見るからに危なっかしそうな人を放っておくわけにもいかないわね……」


そうハルナが言った時、従者の彼が走ろうとし、転倒する姿が見える。


「あ……」


ハルナはケイトと顔を見合わせた。


「とりあえず、何かあったら手助けできる距離で見守りましょう!」


「そうですね、あれでは心許ないですから」


外出のための簡易な用意を済ませて、ハルナとケイトは宿を出る。


「帯剣は必ずしておいて下さい。それと、念のため雨避けの外套を羽織っておきましょう」


「ええ」


ケイトの言葉に返事をしてから、少し考えて、ハルナは自分の羽織る分とは別に、余分に外套を持って行く事にした。



剣を準備したり外套を羽織る間があったとはいえ、そんなに時間は経っていなかったはずだが、従者の青年の姿はそこになかった。

周囲にも見当たらない。


「こちらの城へ向かったか、どこかの建物の中へ入ったのであればいいんですが……」


先ほどは、彼が今なぜ聖女一行から離れて一人でいるか分からなかったが、様子を見るに、体調を崩したから待機を命じられていたのかも知れない。

それで、他の面子を追いかけて合流しようとしていたのなら、今日聖女一行が訪れる予定地のどこかに向かった可能性がある。


「この時間ですから……向かったのが、外の……浄化に関係ある場所な可能性はありますね……」


ケイトも同じ考えに思い至ったようだった。


「この国の周辺で汚染されているのって、森……だったわよね?」


「僕達が知る限りの情報では、そうですね。詳しい位置は今日王宮での打ち合わせで確認しているのだと思いますけど……」


「そちらに向かっているのだとしたら危険じゃないかしら……森って魔物が出ることもあるんでしょう?」


今までも道中も偶然なのか魔物に出くわすことはなかったが、ハルナを保護してくれたウィンを始め、ハインツベルクでの知り合いたちからはそう聞かされている。

国周辺の広大な森林へ向けての討伐隊が組まれていたのは国庫の動きで確認していた。


「彼の場合、僕やハルナさんよりは魔物遭遇の危険も少ないとは思いますが……」


ケイトは言いかけ、


「……いえ、彼は今弱っていますからその限りではないかもしれませんね」


そう言い直し、首を振る。


「ともかく彼を探すのが先決ね。森のどの辺りか分からないから手分けして探し……」

「いえ、ハルナさんは決して僕から離れないで下さい」



反射的に「どうして?」と訊きそうになり、口に出せなかった。


行き先が分からないなら、それぞれが別の場所を探した方が効率はいい。

しかし、それはお互いが自分の身を守る術を持ち合わせている場合の話しだった。


そもそもケイトの同行理由がハルナの警護であるし、他にも、ケイトがハルナと行動を共にしている理由がありそうだとは思っていた。


「分かったわ」


だから、訊ねるかわりにハルナは頷いてそう答える。


その時、頬にぽつりと水滴が当たった。


ハルナもケイトも同時にはっとする。


「急ぎましょう!」


頷いて二人は森の方角へ駆け出した。

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