30、寛大な料理
「うわぁー…野菜たちが煌めきを失ってぐったりしてるぅ……」
皿に盛られている野菜よりもよほど新鮮な緑色が言った。
「これがおれたちの今日の取り分かぁー…食べるのがたー…のー…しー…みー…だー…なぁー……」
「すまない……ほんっっとうに、すまない」
そんな緑色の言葉を受けた金色が平伏する。
「いいえ、こういうのはお互い様?ですから……」
その、うちひしがれた様子が流石に憐れで、黒色……ハルナは言った。
「ハルナも疑問形になってんじゃん」
「ええと……」
しかし、気にするなと言ったつもりがあまり助け船になっていなかったらしく、ウィンから突っ込みを受ける。
カイン王子がさらに項垂れてしまった。
王族貴族聖女が揃い踏みとは言え、旅の食事は必ずしも専門の者が作った安定したものを食べられるとは限らない。
そもそもその日の宿を確保できないことだってある。
そんな時は旅の面子のみで寝食を何とか調えなければならないのだが、そこで小さな問題が発覚した。
曲がりなりにも皆、王宮で暮らしている高貴な身分。
剣を手にした事はあっても、包丁など握った事はないという者ばかり。
そこで、調理担当として白羽の矢が立ったのが、一応料理をこなせるハルナだった。
カイン王子も、それを見越してハルナに同行を提案したところもあるらしい……が、ここで当初より横たわっていた議題がのし掛かった。
予想通りと言えば予想通りだが、ユキの従者の彼が、
「高貴な身分のお方にどこの馬の骨とも知れない人間が作った料理など、食べさせる訳には!」
と、主張したのだ。
この売り言葉を買って出たのが、言われた当人のハルナでなくウィンだった。
「だったらそっちの食事はそっちでどうぞ〜。おれは魔法省勤務のしがない魔術師なんでハルナの美味っっしい料理を食べさせてもらいます〜」
そう言って、売られた喧嘩を高値で買い取ってきたらしい。
それに、アルが
「俺も魔法省の人間だからな、ハルナ側で食事を取らせてもらおう」
と、乗っかり。
「魔法省でしたら私も権利がありますねぇ」
なぜか、ハイネ・ハインリヒまで便乗してきたそうだ。
結果、食事の間、旅の面子の食卓は二つに分かれてしまう。
そして、ハルナがいない側の調理担当に名乗り出たのがユキだった。
「学校で調理実習あったし、お母さんの手伝いしてたしね!任せて!!」
ということだったらしい。
ところがその数日後、疲弊した様子のカイン王子がハルナたちのところへやってきて、言った。
「一つでいい……一つでいいから、そちらの料理をこちらに分けてはくれないか……」
判ってはいたことだが……ユキの作った料理は……なんというか……残念なものだったらしい。
それでも、ユキが一生懸命作ってくれたものだし、曲がりなりにも食べ物……ということで頑張って食べていたのだが、とうとう限界が来てしまった……ということだった。
その時の憔悴仕切ったカイン王子の様子があまりにあまりだったので、ウィンすら何も言うことが出来ず、「どうぞ」と料理を差し出して、今に至る。
料理が増えるとユキが不審がるからと、お互いの料理から一品ずつを交換して、そっと目眩ましの術で誤魔化しているという念の入れようだ。
ならばもう全とっかえした方が面倒くさくなくてよいと思うのだが、そうすると最初の問題に帰って堂々巡りになる。
そして、交換された料理はどんな出来だろうと食べ物なので、食べないわけにはいかない。
……ゆえの、現状になる。
「あの……私も教えられるほど立派なものとは言えないですけど、近くで調理するところを見ておいて、何か違うことをしそうになったら、それとなくユキに伝えましょうか?」
それなら作っているのはユキなわけだし、調理中だけ従者の彼の目を他に向けていてもらえば何とかなるだろう……そう思ってハルナがした提案に、カイン王子がふっと遠い目をして、その隣にいた護衛の騎士が乾いた笑い声を上げた。
「城にいた頃……料理が好きだと言ったユキと、宮廷の料理人が一緒に料理をしていた時期があったんだがな……」
カイン王子が沈痛な面持ちでそう切り出したので、ハルナは思わずごくりと唾を飲み込む。
「確かに指導の元、同じ場所で同じ材料で同じ手順で同じものを作っていたはずなのに、出来上がってみたらユキの料理は全く別の料理になっていた」
そう言って、カイン王子はとうとうその場に突っ伏してしまった。
「料理か!?むしろ料理なのか、あれは!?じつは料理に見せかけた魔法や術とかではないか!?!?」
心なしかカイン王子の全身が震えているように見える。
そんなカイン王子を、ウィンが呆れ顔で見ていた。
「ていうかさ〜、なんで聖女さまにそれをちゃんと言わないのさ」
そのほうが回りくどくなくていいじゃんと言うウィンに、カイン王子は大きく頭を振る。
「キラキラした笑顔で『召し上がれ』とか言われるんだぞ……そんなことを言えるはずないだろう……」
「いや、おれ別に聖女さまに惚れてるわけじゃないから知らないし」
「惚れっっ……!!」
ウィンの言葉にカイン王子が分かりやすく動揺してがばりと跳ね起きた。
「そこ拾われても困るんだけど……っていうかナニその純情な反応。オウジサマそんな奴だったっけ?もう料理のこと伝えるついでに告白でもしちゃいなよ、めんどくさいから」
「こくっ……ついっ……何を言っているんだウィンニフレッド・バートランド!!」
「ヘタレ」
「グゴッッ!!」
「ウィン……」
ウィンの口撃で、カイン王子は、王子にあるまじき声を出して撃沈する。
「ついでになんて……」とか「世界浄化をしている今そんなことは……」とか「そもそも料理が……」とか何やらぶつぶつと続けていたが、遂に手のひらで顔を覆ってしまった。
……たぶん泣いている。
「なぜだ……なぜなんだ……ユキ……なぜ……あれで……自分の料理に対して……あんなに自信満々なんだ……」
「あの……ちょっと分量を間違えただけで、味の変わってしまう料理もあったりするんで、レシピを渡して計るようにすすめてみるのは……」
料理には慣れれば目分量でいけるものもある。
日常的に料理をしている者や、まして専門職な者ともなれば、材料の計量を記憶していたり感覚で出来るから物によってはいちいち計ったりしない場合もあるので、宮廷の料理人たちのそこをユキが真似てしまったのが原因ではないか……と、一縷の望みをかけてハルナは言ってみたが……
「宮廷の料理人から習っていた時、彼らはユキにきっちり分量を伝えて計量していた。きっちりだ……きっちりやって……あれだった……」
「ええと……本人、味見とかしてないんですか?味見をすればさすがに……」
カイン王子が左右に首を振った。
いわく、自分が作って、出来上がった料理を食べても、ユキは、「ちょっと味うすかったかな?」程度の反応なのだそうだ。
「それは……もう味覚の問題ですね……」
「いやでも聖女さま美味しいものは美味しいって理解してるし、自分が作ったもの以外の美味しくないものは美味しくないって言うよね?」
「「……」」
もはやハルナは有効な解決策を見いだせなかった。
同時に絶句したカイン王子も同じだろう。
とりあえずは、隣国に着くまで現状維持しかできない。
『ユキはなぜか自分の味に対してだけ寛大過ぎる』という結論だけが出る形となったのだった。




