2、寝台の上で
気が付いたら、ハルナはどこかの部屋に居た。
どこをどう歩いたかは分からない。
というより、実際どこもどうも歩いてはいなかったから分からなかった訳だが……。
連れ出した男曰く『会議』の行われていた空間を出た後、周囲を光に包まれたかと思ったら、後はもうこの場所へと着いていた。
「成る程、近場なら軸はぶれないわけね〜……いや、魔力を持ったおれたちの方がそもそも世界の境界を越えられない訳だから原因は別に……それとも世界移動と空間移動では要領が異な……」
「あの!」
着くなり、自分を抱えたままブツブツ呟きながら何かを思案し始めたので、慌ててハルナは男に呼び掛けた。
抱えられたままの放置は居たたまれない。
その前に、抱えられている状況が既に居たたまれない。
ハルナに言われて男は「ああ、ごめんごめん」と言いながらハルナを下ろしてくれた。
しかし……
「……」
次の瞬間ハルナが下ろされた場所は、どう見てもベッドだった。
一見がらくたに見える物やら本やら色々な物が置かれて少し周りが雑然としているが、白いシーツの敷かれたそれはふかふかで大きな間違う事無きベッド。
「自分の部屋だと思って、遠慮なく寛いでいいからね〜」
「いや……遠慮なくって言われても……」
会ったばかりの名前すら知らない男から、ベッドの上にポンと置かれて、自由に寛げる女性が居たら、是非ともお目にかかりたい……と、ハルナは思う。
けれど、他に適した場所があれば着席場所の移動を願い出ようと思って周りを見渡したのに、それらしい場所がなくて、ハルナは移動を諦めそのままベッドに居続ける事にした。
当然、他に場所が無いので、男も当たり前の様にハルナの横に腰掛けて来る。
ベッド自体は大きいので十分に距離を取る事が出来る筈なのだが、男の間合いは妙に近かった。
近いので、それと気にしなくても男の姿がよく分かる。
緑の目に少し長めの緑の髪。それは、ハルナの居た世界だと天然では見掛けない色彩だ。
容貌は整った綺麗なもので、そこに眼鏡までかかっているので、通常なら理知的に見えるところだが、瞳に好奇心を湛えた光を宿し、表情がくるくる動くので人懐っこい子犬の様な印象を抱く。
男は、その好奇心に輝く瞳のままで口を開いた。
「ええと、先ずはきみにさ……きみ……そう言えば、聖女さまの名前は聞いた様な気がするけどきみの名前を聞いて無かった……名前は何て言うの?」
言いかけてからハルナの名前を知らなかった事に気が付いたらしく、男は内容を改めハルナの名前を訊ねて来る。
「緑川榛名」
「ミドリカワハルナか」
特に隠す必要も無いので素直にフルネームを答えたら、それを一つの名前だと思われたみたいだったので、すかさず訂正した。
「名前は榛名よ。緑川は姓」
「ああ、成る程、『ハルナ』が名前ね、了解!よろしくハルナ!……それじゃあハルナ、訊きたいんだけど……」
「待って」
そこで男がそのまま自分の話を再開しようとしたため、ハルナは待ったをかける。
「私、あなたの名前聞いて無いんだけど」
恐らくハルナにとって良いものでは無かったあの会議の場所から、助けてもらってはいる。が、男の事を何も知らないので敵か味方かも判断しかねるのが正直なところだ。
名前くらいは知っておきたい。
それに、こちらは名乗ったのだから、せめてそちらも名前くらいは教えてから話を進めてもらえないだろうか……。
そう思って名を問うたハルナの言葉に、男はきょとんとして首を傾げた。
「あれ?おれ会議の時、名前言って無かったっけ?」
……が、直ぐに状況に思い至ったらしく、「ああ」と頷く。
「そっか、ハルナはあの時言葉が解って無かったんだっけ……それじゃ改めて……おれの名前はウィンニフレッド。ウィンニフレッド・バートランド。ウィンって呼んで。あと、一応、職業は宮廷魔術師って事になってる」
「魔術師……」
ファンタジーなんかの場合、魔術師と言えば召喚の儀式に関与しているのがセオリーだとハルナは記憶している。
先程、移動の術の様なものを使っていたし、聖女を交えた会議の場に居た事を考えると、この世界へハルナたちを呼んだ召喚にこのウィンが関わっていたと推測出来る。
もしかしたら、彼は自分を元の世界に帰す方法を知っているのでは無いだろうか……?
「魔術師って事はもしかして私を元の世界に帰してくれたりする事は……」
あの時、ハルナからは同じ世界から来たユキの言葉しか聞き取る事が出来なかった、だから帰れないという結論は自分の思い込みだったのかも知れない……そう期待を込めて訊ねたが、ウィンの返事はハルナの期待に反する物だった。
「んー……ごめんね、それは出来ないんだ」
「そっか……」
やっぱりそうなんだ……と、気を落としたハルナの肩にウィンの手が置かれる。
「出来ないけど、安心して!『今は』ってだけだから」
「どういう事!?」
その言葉で、ハルナはウィンにやにわに掴み掛かった。
ウィンはにっこり微笑んで頷く。
「ハルナを連れて来たのはそのためなんだ」