20、天の岩戸
「流石、聖女に用意された部屋の扉……豪奢だなぁ……」
扉を見て、ハルナは感嘆の声を漏らした。
大きさだけなら、ウィンの部屋もそれなりに大きな入り口をしているが、ここは装飾の造りが明らかに違う。
「あれ?」
扉へ近付くにつれて、中央付近に張り付く人影が確認出来た。
「聖女様!扉を開けて下さい!!……いえ、開けて下さらなくてもいい、せめて何か口になさって下さい!あなた様の御身に何かあったらと思うと……聖女様!!」
文字通り扉に張り付く……というかぴったりすがり付いているのは、年若い一人の青年だった。
すがり付きながら、何事かを必死に叫んでいる。
ハルナは右隣のカイン王子を仰ぎ見た。
「カイン王子……あの方は?」
「聖女……ユキの従者を務めてもらっている者だ」
「従者……女性付きって、身の回りの事とかもあるし通常女性がやるものだと思ってたんですけど、男性の場合もあるんですね」
「護衛も兼ねているからな。勿論身の回りの世話をする侍女も居る」
「ん?侍女と従者って違うんですか?護衛って騎士とかがやるんじゃ??」
「え?」
「え?」
どうやらお互いの話しが、微妙に噛み合っていない。
今、相手は何を言ったのだろう…と思い、ハルナは首をかしげながらカイン王子と顔を見合わせる。
すると、左隣に立つアルが、横からハルナを小突いて来た。
「あいたっ!」
「何見つめ合ってんだよ?今はそんな場合じゃ無いだろ」
「ああ、そうだった」
「今お前がなにを勘違したかは分かったから、それは後で俺が教えてやる」
「……ありがとう?」
相変わらずハルナの腕にすがり付くアルに促される形で、ハルナは聖女……ユキが居る部屋の扉の近くへと進んだ。
『突然不躾なお願いだが、ユキと話しをしてもらえないだろうか?』
城下の街で、カイン王子から言われたのはそんな頼まれ事だった。
ユキから、「私の気持ちなんてわからない」と言われ、頑なに拒まれて籠城されてしまい、途方に暮れているのだという。
失礼ながら、同い年の男性が女子高生に振り回され、しょぼくれているという図式に生暖かくも微笑ましいものを感じなくは無いが、それはさておき。
(古典でこういう話あったわね……なんて言ったかしら?)
太陽の神様が、弟神の横暴な振る舞いを悲観して洞窟に立て籠る話だったと記憶している。
確か……。
(天岩戸の岩戸隠れ……だっけ?)
太陽の神様と光の聖女とはなんとも類似性があったものだ。
話の中では、女神が上半身裸で踊りを踊って神様を誘い出すシーンがあったはずだが、その作戦を、ここで実行する事は出来ない。
先ずはユキと接触を試みるより他は無いだろう。
「アルを上半身裸に剥く訳にもいかないし」
「は!?」
如何にアルの顔の造作がよかろうと、きっと事故案件だ。
うっかり口に出してしまった一言に、「裸ってどういう事だ!?」と問いつめてくるアルを宥めて、ハルナは、カイン王子へと訊ねた。
「ユキは全く取り付く島も無い感じですか?」
「いいや、元気が無いながらも扉越しに応じてはくれる。ただ、二言三言交わすと大体話した通りだ」
「そうですか……あの従者の方は、ユキと接するときいつもあんな感じに畏まった態度で?」
「ああ。彼は救世の聖女を尊敬しているからな」
「なるほど……」
何と無くだが、状況と理由が分かった様な気がする。
「あの、カイン王子。すみませんが、従者の彼を、少しの間、扉から遠ざけていただく事は出来ませんか?あと、王子自身も暫く離れておいていただけると……」
「俺は?」
「アルは、まぁ、居ても大丈夫かな」
「なら居る」
「……よくは解らないが、それで何とかなるんだな?」
「保証は出来ませんが、恐らく」
ハルナの言葉に、カイン王子はたっぷりと間を取って考えた後、返事を返した。
「…………分かった」
そうして、頷き合うと、カイン王子は扉の前の従者の元へ向かう。
そこで従者とやり取りした後、相手を伴い戻ってきた。
「宜しく頼む」というカイン王子とは対照的に、従者の青年は不審な者を見る目を隠そうともせずにハルナを見ている。
それに対し食ってかかろうとするアルを止める為に腕を引き、ハルナは、彼らとは入れ違いにユキが居る部屋の扉の前へ歩みを進めた。
「どうして何も言わない!」
ハルナの横で、代わりに憤慨してくれるアルにギリギリ届くか届かないかの声でハルナは答える。
「大切な聖女さまに、同郷とはいえ身元の解らない人間が近付けば、ああいう顔をしたくもなるでしょう」
「お前……父の件といい、もっと怒っていいんだぞ」
「国王さま(あなたのおとうさん)には既に怒ってるから問題ないわ」
最も、ハルナが、直接怒りをぶつけた相手は、ウィンであり、目の前のアル自身なのだけれど。
それに……と、ハルナは続けて言う。
「魔法省の人たちが受け入れてくれたから充分」
ハルナのその言葉に対して、アルが何か言いかけたが、それを紡ぐ前に、タイミング良く扉の前へ到着した。
ハルナは、アルに制止をかけ、部屋の扉をノックする。
扉の持つ厚みのせいで、中の気配は判らない。
「ユキ」
「………………どなたですか?」
声を掛けると、やや間が空いて、力無い声で返事があった。
時間が経ってしまい、あの時の彼女の声を思い出せる訳では無いけれど、国王その人にハルナを庇って立ち向かってくれたそれとは違った弱々しい声……。
その声は、随分と疲弊してるみたいだった。
「ハルナです。あなたと同じ世界から来た……覚えてるかしら?」
「ハルナさん!?」
瞬間、ユキの声に力が戻る。
それを聞いて、まだ、大丈夫だ……と、ハルナは思った。
「ドラグナー先生やバートランドさんからお話しは聞いてたんです!……お元気ですか?」
たった少しの間だけしか一緒に居なかった人間の事を、ユキは、別れてからもずっと気にかけて、心配してくれていたのだろう。
自分が巻き込んでしまったと、責任を感じていたのかも知れない。
恐らく、色々と背負い込んで。それでも。
「元気よ。ユキ、あの、顔を見てお話し出来ないかしら?」
「えっと……」
「カイン王子と、従者の彼にはお願いして離れてもらっているわ。一人お供が居るけど、噛み付いたりはしないから」
「おい、ハルナ……」
「……」
がチャリと音がして、それなりに重い扉がゆっくりと開かれた。
「銀の……カイン……?」
そこでアルを目に止めて、ユキの目が見開かれる。
感想がカイン王子を見た時の自分とほとんど同じだったので、ハルナは思わずクスリと笑ってしまった。
「よく似てるでしょ?でも、全くの別人だから安心して」
序でにこんな感じだから害も無いわ……と、アルがすがりついている左腕を上げて見せたら、ユキからは笑みがこぼれて、アルはムスッとそっぽを向く。
ユキが、笑顔を作る余裕のある事に安心したが、その顔色は少し悪い。
先ほど、従者の青年が「何も口にしていない」と言っていたのでそれも原因だろうと思われた。
どれくらいから食べて居ないかはわからないけれど、とりあえずは何か口にしてもらうのが先決かもしれない。
だから、ハルナは言った。
「ユキ、あなた、ホットケーキはお好きかしら?」




