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1、召喚、手違いで異世界

彼女の名前は『榛名』。

緑川榛名(ミドリカワハルナ)


母方の田舎にある山から付けたと聞かされた名前を、名付けてくれた両親はもう居ない。


母親は幼い頃に。男手一つで育ててくれた父親は、高校卒業を迎える少し前に亡くなった。


元々縁の薄かった親類縁者に頼る気などは毛頭無かったし、年齢的にも自らの決断が出来る歳であると判断したので、ハルナは高校を卒業すると同時に働く事に決めた。


しかし、安定して働ける場所を探すと言うのはそうそう簡単な事ではない。

アルバイトを転々とし、就職した時は卒業から5年の歳月を経ていた。



そうして新しい職場で働き始めてから一ヶ月程過ぎた頃、ハルナにある転機が訪れる。

訪れてしまった……と言った方がいいかも知れない。

ハルナは偶然巻き込まれただけの、ただの被害者だからだ。



仕事からの帰り道。

その日は喉が渇いたので、丁度通り掛かった公園に設置されていた自販機で飲み物を購入していた。


取り出し口から飲み物を引き出したハルナの横を、一人の女子高生が通過した際にそれは起きる。


辺りを包む閃光に、巻き起こる風。


気が付けば、ハルナは深い森の中に女子高生と二人で佇んでいた。


手には先程買った飲み物のペットボトルが一本。

持っていた筈の通勤用鞄は失われている。


(無くなるなら逆が良かったんだけど……)


そう思いながら手にしたペットボトルを揺すった。

透明な液体入りのボトルに、僅かながら入った気泡が揺れる。桃味を示すラベルが貼られたペットボトル。


……一体これで何を為せと言うのか?


「あ……あのっ!」


ペットボトルに持って行かれていたハルナの意識を引き戻したのは、横から聞こえた声だった。

声のした方を見ると、女子高生が不安気な顔をしてこちらを見ている。


「ええと……公園で近くに居たかたですよね……?」


「そうだけど……」


女子高生は「変な事言うかも知れないんですけど!」と前置きしてから言葉を続けた。


「こ……ここって、やっぱり異世界なんでしょうか?あなたと私は何らかの召喚に巻き込まれてしまったっていう……」


飛躍し過ぎかも知れないんですけど……と、自信無さげに語気を弱めていく女子高生に、ハルナは「そうね」と応えた。


「その可能性も十分あると思うわ」


ハルナの言葉に、女子高生は少しほっとした様に、「ありがとうございます」と言った。


別段ハルナは世に起こる全事象を現代科学で解明出来るとは思っていない。逆に、何でもかんでも霊だオカルトだと騒ぐつもりも無い。

なので、女子高生の予想も含めて今ハルナと女子高生が置かれている状況を考えると、


一、異世界に召喚された


二、現実世界の別の場所に召喚された


三、宇宙人に拐われた


四、突風でどこかに飛ばされた


こんなところだろうか。


(『四』の線は無いか)


身体が飛ぶ程の風に吹き飛ばされたならば、今五体が無事な訳は無いだろうから。


だとすると残る可能性は三つ。


「キャトルミューティレーション事案のお仲間入りは避けたいところだけど」


「え?きゃと……?」


ポカンとする女子高生に「分からないなら考えない方がいい」と、ハルナは言っておいた。

知らないならば、あえて懸念材料を増やす必要はない。



「ええと、私は緑川榛名と言います。あなたのお名前を訊いてもいいかしら?」


「あ、はい!私は小泉由紀(コイズミユキ)って言います!よろしくお願いします!」


簡単なお互いの自己紹介を終えて、よろしくね……とハルナが言いかけた時、その場の空気が変わった。

今まで静かだった森が急に騒々しくなり、複数のカチャカチャという音が近付いてくる。


咄嗟に側のユキを庇えば、ユキも同じ様にハルナを庇う姿勢を取っていた。

二人でそのまま身を寄せあって周囲を警戒する。


音が直ぐ側まで迫って来た。


「〜〜〜!」


謎の言語と共に現れたのは複数の兵士だった。

兵士と言ってもテレビ等で見る様な現代の兵士では無く、昔のヨーロッパやファンタジー映画に居そうな甲冑を纏った兵士だ。


(という事は私たちが巻き込まれたのは『一』か……)


ハルナがそう考えていると、兵士の一人がこちらへ向かって口を開いた。

他の兵士と比べて立派な出で立ちをしているので、この人物が集団の責任者なのだろう。


「〜〜〜、〜〜〜〜〜〜〜?」


「え……どちらが聖女かって言われても……」


「あなた、こと……っ」


言葉が解るの!?……と、言いかけて、ハルナは口を噤んだ。

ユキに言葉が理解出来、ハルナに理解出来ないというのは、今は兵士たちにバレない方がいいかも知れない。


(過不足なく言葉が理解出来てるって事は、彼女が『異世界に招かれた方』って事よね)


ここが異世界ならば、ユキがバイリンガルだから言葉が解ったという線は薄いだろう。

そして、現在、兵士はどちらが自分達の招いた『聖女』であるのか決めかねている様子である。


(一番いいのはこのまま元の世界に帰してもらえる事だけど)


必要無い方は打ち捨てておけ……とか、バッサリ切り捨てる……なんて展開もあり得る。


ユキ伝に交渉してもらうという手もあるが、相手の兵士の人となりがハルナからは判断出来ないため、賭けと出るには不十分だった。


それからどんなやり取りが為されたのかハルナに判らなかったが、兵士はハルナもユキも両方共に連れて行くと決断を下したらしい。


兵士に連れられ道を行く間も、それから馬車に乗せられてからも、ハルナは口を開かなかった。

ハルナだけで無く、何故かユキも道中押し黙ったままだった。


そしてハルナとユキはそのまま揃って城の一角に案内される。

通された先には、いかにもな王様といかにもな人々が待ち構えて居た。


「〜〜〜〜〜〜〜?」


いかにもな王様が、何事かをユキに向けて発した。


ユキがちらりとハルナを窺う。


(ああ、そういう事)


ハルナは何となく事情を察した。


「ユキ、答えていいわよ」


「でも……」


「大丈夫」と言ってハルナはユキに微笑んだ。


道中ユキが一言も話さなかったのはハルナと同じ考えに至り、どちらが『聖女』であるかの答えを先伸ばしにしようとしてくれていたからなのだろう。

有難い事だが、ただ、ハルナの見立てではその隠匿行為はもう意味がない様に思う。


どちらが聖女か即座に判断が出来なかった兵士と違い、いかにもな王様は既にユキの方が聖女であるとの見当を付けている様な対応をしている。ハルナに一切視線を向けず、ユキに話し掛けたのがそうだ。

だから、今ユキが話そうが話すまいが、もうハルナへの扱いは変え様も無いだろう。

だがユキが話さなければユキの印象は悪くなってしまうかも知れない。

だからハルナはユキが話しをする様に促した。


この世界の言葉が解らないハルナに出来るのは、ただ成り行きを見守る事だけ。



「〜〜〜〜〜〜〜〜」


「小泉由紀……由紀……と言います」


「〜〜、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」


「日本という国で……学生をしていました……」


……。


……。


いかにもな王様や、いかにもな人々から様々な質問を受けているのだろう。

ユキは戸惑いを顔に浮かべながら、一つ一つに答えている。


(大変だなぁ……)


ハルナは他人事の様にそれを眺めていた。



(……?)


暫くやり取りを見ているだけのハルナだったが、途中からユキが、「はい」とか「いいえ」とか短い返事をしながら再びこちらをちらちら窺い始めたのに気が付いて、訝む。


(何だろう……?)


何か……ハルナにとって嫌なやり取りがされている様な気がする。


「そんな!!だって彼女は!」


ユキが叫んだ。


その後に「私の近くへいたばっかりにここへ来ただけなんです!!」とか「私が世界を救います、だから彼女は……彼女を帰してあげる事は出来ないんですか!?」など続いた事で、ハルナの中の嫌な予感は確信に変わる。


(私について話してる……?それも、思いっきり最悪の方向に……)


ぐっと手を握ると、今まで手にしていたのに忘れていた、ペットボトルの感触を思い出した。


鈍器認定されて取り上げられなかったのが幸いだった。


(殴りたい……あれとか……その辺の奴とか……手当たり次第……!!)


思い出したペットボトルの重さに、ハルナの中でそんな気持ちが沸き起こる。

これで殴れば自分の手は痛くならないだろうから、思いっきり行けるだろう。


いかにもな連中にとにかく腹が立って来たので、この際、不敬罪とかそういうのは、ハルナの中でどうでも良くなっていた。



そして、何故かこちらに近付いて来たローブの男をペットボトルで殴打し。その結果、その辺りの護衛に切り捨てられる覚悟までしたハルナだったが、そんなハルナが咎められる事はなかった。

というより、当の殴られた男が、妙にキラキラした顔でハルナに迫って来る。


何を言っているか解らないが、顔が近い。


「〜〜、〜、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」


「え……ええと……?」


「〜〜?……〜〜〜!」


ふっ……と、男の顔がハルナ顔の右横へ移動する。そして、右耳に何かが触れる。

直ぐに男の顔が左横へ移動して、左耳に同じ感触。


(くすぐったい)


そう思っていると、今度は目の前に男の顔が現れて、唇に柔らかな感触が降りて来る。


(わぁ〜綺麗な顔立ち〜〜目も髪も緑色だ〜〜〜…………………じゃなくて!! これ、き……き……)


男は、どう考えてもハルナに口付けしている。

西洋風な異世界だから挨拶……と受け入れるにしては、はっきりしっかりと口付けられている。


「何するのよっっ!!」


男の唇が離れると同時に、再び振りかぶったハルナの腕は、しかし今度は男に当たることなく、その手でしっかりと受け止められてしまう。


「あはっ、良かった成功だ!」


二度も殴られかかっているというのに、男は大層嬉しそうに笑った。

何が嬉しいのか理解が出来ない……と、考えて。ハルナは、はたとあることに気が付く。


「私……言葉……?」


「うん!だからきみと話したい事も訊きたい事もたくさんあるんだけど……」


そう言いながら、男は、ハルナを荷物の様にひょいっと肩に担ぎ上げた。


「ここで話すのも何だから……彼女、俺がもらってきます。いいでしょ、オウサマ?」


後ろの部分の言葉はハルナではないオウサマにかけて、男は用は済んだとばかりにスタスタいずこかへ歩き出す。


その辺りに居た護衛の者達が、男を引き止めるために詰め寄るが、男が視線を向けると、縫いつけられた様にその場から動かなくなった。

それを見て男は満足とばかりに笑いながら頷くと、また歩みを再開する。


「バートランド!!」


男の背中の方から、低く語気の強い言葉が掛かるが、男は足を止めない。


「おれの仕事って『聖女さま』呼んだ事で終わりでしょ〜?おれ、この会議に居る必要ないじゃん。だから後は勝手にやっといて〜」


全く後ろを振り返らずに、じゃーねー、とヒラヒラ手を振りながら、男はその空間を後にした。


抱えられたハルナは、何も言えないまま男に連れられて行くしか無かった。

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